第三章⑪ 変態女の吶喊と〈初見〉の合銀弾。



そうだ…アタシは、今『ホッとしている』…。




「…!?…ハギ…ャァアアアアァ!! …ィタ♡イイ痛 !…イ♪………!…!?…」



断末魔だんまつまが…いや〈末魔まつま〉と言うべき 絶える事無き『末期の激痛』だけが…。

…いつまでも…何時迄も、彼女だけを 離さない。

大悲だいひ〉の大呪だいじゅを持たぬ常人ならば、事切れずとも 既に声など 絶対に出せないはずなのに…。


…これが〈楯〉。

〈麝香〉に堕ちた彼女が望み…手にし、用意した…とても…。

…とても狭い…『自分だけの地獄』。



「………浅ましい」

アタシは 辛うじて…でも 確かに、彼女に対して吐き捨てる様に言った…。

…有りったけの嫌悪と、憎悪さえ込めて。

でも、いつの間にか握り締める…。

…亡き母の形見である、護符を…止まらない震える手で…。


そんな アタシの呟きが聞こえたのか…振り向きもせず、おもむろに 姉が話し掛けて来る。

「ふ。なあ 愚妹よ。…アレの…〈ロク〉をあれ程にさいなむ『自責』や…『後悔』とは何だろうな。……ふはは! 〈獄気-カルマ〉…自らの過去への〈怒気〉か、何かかな?…」


相変わらずの厨二スタイルでだが、語気には…鬼気迫る 何かが、含まれていて…。


「……姉さん?」

少し心配になって、アタシは姉の顔を 横から覗き込む…すると…。


「…………!?……」

…アタシと同じく姉も、護符を握り締めていた。



「ふん!……まだまだだ、愚妹よ。これは、こんなものは未だ…前戯なのだ、アレを蝕む〈獄気〉は『餌』を…ロクの絶望と、悲嘆を欲しておる…ヨッコイ、ショ…とい!」

姉は 如何にも悪そうな感じを装おいながら 地べたにうつ伏せに転がりながら…。


…ジャキキ!…ン…ン!!


………地面に…体重と腕力だけで 蜘蛛みたいな八脚アンカーを打ち込み、その上に…小さな台座? みたいなモノを手早く据え付けた。


〈人形〉…ゴータミィの魔術照射は、未だ衰えていない…。


…虫女による あの、奇跡の…というか、変態的一人吶喊とっかんのお蔭で 熱源から遠ざけられた事で、コチラに伝播する熱量が下がったのだろう、この辺りの気温がみるみる下がり始めていた…。



「………あの、姉さん。ナニを?…」

そんな、アタシの当然過ぎる疑問には答える気がないのか、黙々と何かを…。


「……?!」

外套マントから…自らの身長の倍はありそうな、見た事もない巨大な対聖騎士用狙撃銃を引き出し…。

…見る間に 台座への固定を、完了してしまった。


「…た、大砲…?」

姉が固定した それは、もう…銃というより砲と言った方がシックリ来るほどの長大さで…明らかに〈嵐塞郷〉で使用した対物銃とは違っていた。


それから姉は、その回転式ボルトアクションに類別される見るからに凶悪な軍用狙撃銃を、 ゴータミィに向けて構えると…。

「…良し、愚妹よ。…我が後ろに控える事を 許そうではないか。あと 念のため『牛』か『象』を予備起動しておくが良い」

かつて…妹に、これ程 尊大な発言をした姉が存在しただろうか…?


……兵隊出身の悲しき性か、それでもアタシは 引き吊りそうな頬や眉間を手で押さえながら、姉の所作を確認する。



元 皇国最高の『銃師号』授与者にして龍騎兵(機動打撃騎兵)を含む、狙撃聯隊長退役少佐…。


…長き 皇国侍衛軍の歴史上、唯一…『錬金銃兵』なる特殊兵科の創設を提唱し、自らがそれの体現者となり 多くの将兵の、畏敬対象である姉は…。

…戦場に於いて『単独かつ無補給で、戦闘続行可能な』特殊過ぎる継戦能力を有する…。


「……………」

…そんな彼女は、またまた懐から…砲弾みたいにゴツい尖頭型の銃弾を取り出し、鼻唄を交えながら ボルト内にそれを差し込み、コックを逆回しして薬室に送り返し ハンドルを固定し 装弾を完了した。


「…………何で、素直に『危ないから 下がってなさい』とか 言えないかな~?」

まあ、そうボヤきつつ下がりながら 作業確認はするけど…憎まれ口の二つ三つは 勿論、叩く。


姉は 未だ、指を掛けない…引き金には 。



楽しそうに 身体全体を揺らし続けつつ 姉は言う…。

「……愚妹よ、ワクワクだな?」

「…何がよ?」


「…………14.5mm超硬度ミスリル合銀弾頭式 徹甲弾。勿論、貫通特化仕様の為…世界に優しい〈Non『灰無カイム』〉だ…まあ、残念ではあるがな」

「…?………あの、14.5mmなんか聞いた事ないんだけど…」


「ふ、当たり前だ。 実体弾は元より…この対物用 八旋条銃自身、初錬成だからな。コイツはスゴいぞ、計算では巨象も一瞬でほぼ消滅させられ…」

「……………いや、いやいやいやいやいやいや!?…え?! 今、何つった?『初錬成』…そう『初錬成』つったな、おい!?」


「…む。言ったな。うむ……『ピカピカの初錬成』、本邦初公開だが、何か?」

「……『初錬成』って つまり、開発実験歴も運用試験データも 何も無い…信頼性皆無の海賊版って事でしょ?…」

別段、斬り付ける積りはないけど…自然に手が、銘〈預言者の永月〉に伸びる。


「ぬお?!…〈ロク〉の献身的吶喊で射線が開けたぞ!?」


「…ちょ、撃つの?! 本当に!?」



「ああ、勿論だ…」


「……ロ、ロク…虫女は退か…」



「退かせん、ギリギリまで。…貴様の未熟な『象』では、あの光天砲の直撃を 5秒も持たせられん。…仲良く蒸発して 終りだ……大体、コレで死ねる様なら アレも本望だろう?」

もう、完璧な狙撃姿勢に入り スコープを覗く姉の指は…トリガーガードに掛かっていた。


「…!?」

反駁する材料が見付からず、仕方なくアタシは 姉の後ろで片膝を着き、鞘から抜いた〈預言者の永月〉を 正面の地面に突き立て…。

…そこを中心に 半径3mの範囲を、白い霧で包んだ…。


その瞬間…。


「…アユ…!?……ら…ミィ…止……?!」

向う側…ゴータミィの背後に陣取っていたミナコが、何かを言っ…。



ドゴ …ッンン ンン!!!!!



砲弾の弾着地点にいるかの様な、衝撃と発砲音が大気を揺るがし…一瞬だけ平衡感覚が喪われた様な錯覚に 襲われる。



結果は…?


ゴータミィの胸部に命中した様に見えた…けど、衝撃を逃がせなかったみたいで 際どく交わしたミナコの脇を、10m以上フッ飛ばされて行った。

そちらを振り返り 対象を確認しているミナコの背中が見える。


良かった、無事らしい…。



…………そして、虫女…。


……コイツは、本当に…………何なんだろう。


無事だ…というか『無傷』だ…。

…三つ編みに纏められた、膝まで伸びる白いドレッドにさえ…焦げ目の一つも 無い。


そして…。

…本当に、いつ戻ったのか…普段 使用している自動小銃に持ち替えた 姉の前衛に、微かな麝香を漂わせ…立っている。


ただ………両腕の手甲が…。



…巨大な甲殻類の様な、蟹鋏が無かった。

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