第三章⑦ カミナリ様の囁きと〈銀の式神〉。



………横倒しの、世界。



重力が無いのか…。


…遥か遠い 最果ての地で…黒服と〈アレ〉が…戦っ、て…る。



身体…が、動か…ない。


指先一つ……さえ、動かせない…。


………痛くて、頭も……働かない。



脈打つ痛、みに 目が回る…チカチカする。



アタシは、多分…倒れ、てる…?


……立てない。






『……捨てよ』


いつの頃からか、アタシの側に在り…ずっと 守り続けてくれた…〈名も無き 雷霊〉。

アタシの〈霊震〉の源にして…恐らくは、超古代の上位精霊…。

…その言葉が聞こえる度…眼球の、奥と脊椎に耐え難い…痛みが、抉り込まれ…る。



「…………何で、よ…?」

そう口にするのがやっとな程…尋常ならざる頭痛と吐気…。

…思考や再認識の度に 更に酷くなる。


「……い、痛っ! 痛い。な…何で?…嫌よ!? アアアイタイ…嫌、ダァアアァアアアアアアアァ!! …ィタイ痛い! い、嫌だ…って、言ってん…」



アタシの何かを…大切な、モノを…。


………また、奪わ…れる。


イヤだ……嫌、ダヨ…。




『…さあ。…〈それ〉を…捨てよ』


あの時と同じだ…。

…『施設』で アタシや〈姉妹達〉に、勝手に色んなモノを期待して…結局 心身共に蝕むだけに終始した男達と、同じだ。



何故、アタシばかりに…期待するの?



「…どう、して…」

…『普通』では…ダメ、なの?


「何で…?」

…『英雄』に 為らなきゃ、いけない…?


「そんなに…普通の、女は…」

…………愛、せない…の?




『…それを捨て、英傑に…楽に、なれ…』


優しく囁く〈声〉…とは裏腹に、凄まじい痛みと、屈辱と…恐怖が、全ての抵抗力を溶かそうと、して来る…。



「…!…ィ……ぅア………!?………!!………」

もう 叫び過ぎて、声も出せない…でも。


……アタシには、この抵抗に意味があるか、なんか…関係 ない。

アタシは、普通では無い……かも知れ、ないけど…それでも、これ以上…。


…いえ、これだけは…嫌だ…。

………奪われ、たくない…。




母の温もりも 死も…。


…『姉妹達』との辛い日々と 絆も。


ラフレシア様との出会いと、憧れも…。


…ミナコとの出来立ての友誼も。


…これまで会った、優しき人々との思い出も。



そして…。


「…ヤだよ…忘れたく、ない…よ。姉さん」

悲哀と恐怖の 黒沼の水が、視界を歪め…閉ざそうとする。


動かない身体でも、涙が出る事さえも…アタシは 忘れるの…かな?…。




『〈情け〉を、〈大慈大悲〉を…〈縁〉を捨て…我が元に…』

と アタシの中を蹂躙する〈名も無き雷霊〉が、更に深く…押し入って来る。



…だ、誰か………助け……て…。



……融合臨界、が…〈合一フュージョン〉の時が、近い。


このままじゃ…アタシ。

〈英雄化〉しちゃ、う…よ、母さん…。



まるで 走馬燈の様に、母との思い出が…そう あの時の事…。


《…あーちゃん♪ 世界には沢山の守り神様が居るのよ~♪》


《…守り神…様?》


《そうよ~♪ 皆 お名前もあるのよ~♪》


《……なら、か…カミナリ様も?!》


《そうそう♪ あーちゃんが大好きな…カミナリ様にも ちゃんとあるのよ》


《ほ、本当ー?!》


《本当よ。カミナリ様のお名前は…》



「…ぅ…え?!…」

気付くと…いつの間にか アタシは、亡き母の遺骸が入った護符を 握り締めていた。


勿論、事態は好転してなどいない。



……でも、何?…今の。




『我と、一つに!…我のモノになれい!…シャチーよ !!』

耐えられない程の痛みを媒介に、巨大な意思がアタシと融け合おうと 全身をまさぐる…。


既に〈声〉だけじゃなく…意識が、理性までもが 敵対し、大切なモノを 奪おうとして来る…。

…肉体そのもの の本能が、無意識が…ゆっくり アタシの抵抗を…解き始める。


もう……無理。



時間も、空間も…平衡感覚もないアタシは、諦めにも似た 焼けで…。


「…だ、助゛け゛て゛! 姉゛さ゛ん゛!!」


両手で自らの肩を強く抱きながら、涸れた喉を酷使して、アタシは求めるままに叫んだ。



その途端、痛みは消え失せ…全ての感覚が戻り…。



「我は ここに居るぞ…アユミ。 ふっ!」


…姉が、立っている。



輝く全体像を現した 朝陽を背に…。

…いつもの厨二ポーズを取りながら、母譲りの褐色に良く映える 白い歯を…シニカルな感じに 見せながら。



「ふっ。滑稽で、無ぅ~様な格好だな?…愚妹よ」


「……………へ?!……は、はあああ?!」

これだよ?!

また、これだから!?

折角の、姉妹の感動が…これ以上無い感じに台無しだよっ!?


…………まあ、姉らしいと言えば らしいけどね?…『ヤバい』けど…あ。


……いつもの口癖、 戻っ…。

「…ぁ。…ふう、はあ…ん。ぉう?…ううぅをぇ?!…ぷはっ」


………別に、変な気分になった訳ではなくて…。


…姉が。

その…文句を言おうと 起き上がったアタシの肩に手を置き…顔を拭いてくれたのだ。


…銀色の式神使い魔…〈悪食あくじき王子〉じゃなくて…銘〈笑々鬼ニコニコオーガくんDXデラックス。〉で…。

…姉が 錬金術で造り出した不定形な式神は、とても優秀で 各種武具への変型、持久力以外の各傷病治療…そして、その…洗体までこなすという 意味不明な高性能さを 誇る。


黒服から負わされた ミナコの深傷ふかでを癒したのも、この式神の功績であった。


「…?!…ちょっ!…ぐぅ。…い、イキナリしないでよ!?」


でも…アタシは。


「ふ。仮にも〈黒きダークロード〉たる〈単眼の銀使いエンシェントサイクロプス〉の愚妹が…いつまでも涎塗よだれまみれの糞尿塗れでは、示しが着かんからな!!」

空かさず厨二ポーズを取る イタい姉。


「ちょ!? …誰が糞尿塗れよ!」



「ふ。なあ愚妹よ…」


「愚妹言うな!…んで、何よ?」



「母上からの手向たむけは…受け取ったな?…お前の中の〈名無神ななしがみ〉の真名マナは…」


「……うん。まあ…」


「…………そうか。ならば良い」

ふと…姉の肩に佇む式神…『笑々鬼くんDX。』と 目(?)が合う…。


確かではないけど…その空虚な眼が…。

…たまに、アタシをジッと見つめている様に 思える時がある。



独自の…。


…意識、意思を持つ観察者の双眸から発せられる、気配の様な それを感じる 今回みたいな事が起きる度 アタシは思う…。




…姉さん。その式神は、何なの?…と。

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