第三章⑥ 学ラン男と〈黄金の遺骸〉。



「襲撃者…?」



虫女の様な『消えかけた行灯あんどん』みたいな…そんな、鈍く不景気なきらめき方ではない。

こう…もっと テラテラとうごめつやめく、不思議な照り返しを 間欠的に 発する〈何者か〉…。

…遠目にだけど、そんな風に見える。



戦闘音を伴う 異変を察したアタシとミナコは、全速力でキャンプ地に向かっている…。

まあ、自分らでヤっといて何だけど…。


…キャンプから 結構、離れ過ぎてしまっていた。



唯一 こっちに来てなかった黒服…。


…あの いけ好かない〈血刀ブラディア持ち〉のチーターが、間違いなく戦っているみたいだ。



黒服…。


…あの強力で無慈悲な男が、〈ヒトサピエンス〉ではあっても〈世界師グロリアス〉ではないのは、アタシでも分かる。

しかし…姉によれば〈千年紀〉の度に『厄の獄門』から襲来する異界兵らとも違うらしい…。

…特に、有する装備や聖学的な知識全般で大きく異なるのだと言っていた。


…世界師なら〈精霊〉と〈魔術〉。

異界人なら、〈劣化血鉱石ブラッダイト製の飛翔体〉と 光る〈高熱量聖学式兵器〉。

そして、チーター達なら…第一刻印である優良な〈血鉱石製武具〉と、〈古神グレートオールド〉を媒介とする第二刻印である〈特殊才能覚醒加護〉…。


…そう、チーターとは太古にこの〈デザイア6〉から駆逐された神々の『お手付き《マーキング》』を受け、また それらの導きで〈獄門〉の向う側から転移(意識と経験を保ったまま召喚)されて来た者達なのだ。


そして、この神からの強力な加護を持つ連中が 異界から持ち込む概念や物資の存在こそが、黒服を始め 彼らチーターが〈超大陸憲章機構〉等から手配される 何よりの由縁であった。


その 最も代表的なモノが…〈血刀〉と呼ばれる異界謹製の、対魔術武器群だ。

戦闘と呼ばれるモノが殆ど 魔術を起点に展開される この世界で、ほぼ…若しくは完全に魔術効果を掻き消すとされる この類いの武装が重要視されるのは 当然だけど…これらの所持や使用が国際的に制限されるのには他に…かつ最大の理由がある…。


あと 200mで…現場に着く。

戦闘前の、アタシの儀式とは言え…認識の確認も程々にしとかないと…。


ドン…!


恐らくはミナコだろう…背後から アタシの頭と背中を 同時に強く押され、アタシは突ん滑めり…。

「…んなぁ?!……な、何を」

地に 片手を着いた姿勢で振り返り、文句を言おうとした瞬間。


強い輝きを放つ巨大な光の槍が、アタシの頭上を走り抜け…そして、その穂先の到達した街道脇の森が 大爆発を引き起こした。


「!?…」

朝焼けに匹敵する一瞬だが強烈な閃光…。


そして、その後に訪れた かなりの熱量を誇る爆風は、変化する事こそ この世の定め とばかりに 過ぎ去り…瞬時に晴れ、無常ならぬ世界の無情さを晒す。


息を飲み、その 有り得ない程の抉れ方をした森の惨状に魅入りたくなる懦弱を…逃げ遅れて一部溶着した髪と共に振り払い、アタシは攻撃者に向き直る。


今のは、現存魔術…双樹神系現象魔術の一派 光天魔術の攻撃だった。

〈世界師〉達が 創始したとされる〈現象系八天魔術〉の一つにして…現代の誰もが使える常用魔術。

特定の者以外は、誰でも使える代物だ。

そう、例えばチーター…〈血刀持ち〉以外なら…。

例えば〈楯奴ヴリトラ〉じゃ無ければ…〈輪廻鎧〉と呼ばれる〈血鉱石製の全身鎧〉さえ着用してなければ、誰でも使える。

〈デザイア6〉で、最もポピュラーな魔術。


「…ありがと ミナコ。…でも………何なのアレ」

既に…歩みを再開したアタシの横に来て、桜色のオリハルコニアを展開済のミナコに尋ねる。

「…………アユミ。アレとは絶対に戦うなよ?」

ミナコもアタシと同様、アレから目を離さずに答えた。


アタシ達への牽制だったのか…それとも単なる流れ弾だったのかは分からないけど。

アレは 今、黒服との戦闘に傾注している様に見える。


「……フーン。アレって どっちの事?」

「…!…お、お主!? …………はあ。勿論、黒服では…無い方じゃ」

ミナコも 団々、このパーティーに慣れて来たみたいだ。


「…それより…良いのか?」

「何が?」

言いたい事は分かるけど、わざとアタシは聞き返してみる。

「………〈黒き王〉…お主の姉君の事じゃ、心配では無いのか?」

「ああ! そうだったわ。……でも、大丈夫よ。信じてるから…一応、虫女も着いてるし」


「……それより…アレは、何なの?」

アタシは歩みを止め、ミナコにアレを視線で示す。

「…………何度も申すが、絶対 アレに敵対してくれるなよ?」

「……まあ、善処する」

「…アユミ?!」

どう 考えても、ミナコはアレを知っている様だ。


走らずに、歩いて近付いた結果…もう、目を凝らさなくても 視認出来る距離まで来ていた。




…?………何故か…スゴく懐かしく感じる。



アレは…何だろう…?


魔術生命体だ…。

…禿頭の女性型『動く水晶像リビングスタチュー』。


テラテラと 齟齬の無い動きをする、無色透明の 高価そうな素材で覆われた角無つのなし族…。

または、ヒト型を模した人工生命。

もしかしたら、アタシの有する〈英雄具ヒロイックナンバーズ〉…〈金剛杵ヴァジュラ〉と同形質 または近似のオリハルコンを用いられているのかも知れない。


しかし、造形の趣向は 在り来たりだけど…コレは、並の魔術生命体とは 明らかに違う。

強いて言えば〈魔動像ゴーレム〉と〈動く屍体リビングデッド〉を掛け合わせた感じかな?


…でも、あの黒服が 未だに倒せない処か いつになく必死に…これまで見た事無いほどの速度と 無軌道さで動き回っている上に、ミナコのあの反応は 只事ではない。


そう…それから 只事ではない点は、もう一つある。


その テラつく透明な肢体の中に仄かに煌めく物体を、収めていた…。

…それは 通常、自然生物…中でも脊椎動物が 体内に有する非常に大切な部位であり、本来 自然ならざる魔術生命には不要なはずの過剰部品とも言うべきモノだ。


過剰部品、過剰改造…とにかく 通常は絶対に存在しない異物が、無色の輝きの中 無言故の圧を以て 自らの存在を誇示している。


〈黄金の遺骸〉…。

…異質に過ぎる ソレを内包していた。




…でも…………何だろう。


これ程までに異質で、おぞましいはずの…ソレに対する当初からの感触が、感想が、感慨が…変わる処か、強まっていた。


この感情は、悲哀? 後悔?



…懐古?




それに さっきから 胸の…護符袋が、熱い。


『…シャ…ィ、ー…止め、よ…』

アタシの中に居る何かが 警告を発している…。

……それ以上、自らの 過去記憶はかるな…と。

でも、アタシはその正体への希求を押さえられそうに 無い。


「…?!……姉、さん?………じゃない」

思わず口ずさんだ感想に、アタシ自身が即否定する。

確かに姉が成長すれば…あんな……感、じに…。


「……! 」

多分、アタシは…戦場で一番の禁忌を犯したのかも知れない。


懐しさを伴う感情の正体は…



……郷愁。



山吹色の骸骨を収めた魔術生命の…。

…身体付き。



………頭が、痛い。



そして…その 顔付きは。



「…え?! …う…ぅあ。…い、痛た…!…」



……や、止め…!?…い、痛い、痛い痛い痛いイタイタイタイタタいやぁ痛い……イタイヨ。




「………ぁ…ぃ…たいよ。……母、さん…」

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