第三章⑤ 角煮と ステーキと 新たな敵?。
「ほれ!
かなりの早朝。
街道の反対側の森の中…何かスゴい格好で寝ていた姉とアタシを探しに来たミナコは、何事も無いかの様子で、両手の内 片方に持っていた紙包みを渡して来た。
勿論、アタシら姉妹の身体を気遣う言葉も素振りさえも…無い。
「………オ…オ早ウゴザイマス…」
まさか 一晩中、狭い大木の
…胡座かいたまま、待っていたのだろうか?
正直、起こして欲しかったんだけど…。
…か、身体中が 痛いし。
「…ぅ
色々 釈然とはしないながらも、虫女に挨拶を返してから 眼前に突き出されたままの温かな包みを受け取り…。
「わ、わ~。ありがと♪…料理出来るんだ」
『皇帝なのに…』などの突っ込みは入れず、アタシは 素直に謝辞を述べる。
ミナコに対して お礼以外にも言わなきゃならない事があった、けど…。
………包みから立ち上る湯気と、久しくご無沙汰な#芳__こう__#ばしい香りに抗えず、本来尋ねるべき事と違う質問を投げ掛けてしまう。
「……この香り、も、もしかして 胡椒?… なの?」
貧乏性なのだろうか…おもわず 声を潜めてながら聞いてしまう。
「ほお。流石、大いなる食べ盛りのアユミよな?…そうじゃ、それも中央大陸産の上物黒胡椒じゃぞ? ほれっ、早う食せい」
妙齢の女性(一応は。)に対して 非常に失礼な事をサラリと言われた様な…。
…まあ、それはともかく。
何故か、とても嬉しそうに 食事を促して来るミナコから、手のモノに目を移し。
「白じゃないとは言え、〈
と、嘯きながら包みをめくる。
粗塩と黒胡椒…そして、焼けた肉汁の芳しき透明な刺激が 辺りに放散され…。
「…ゴクリ」
それだけで、止め処もなく唾液が 分泌され出す。
炒めた肉を、皇国では珍しい白パンで挟んだ中央大陸式の簡易軽食…『バーガ』と呼ばれる代物だった。
「美味しそうね? 何の肉を使ったの?」
アタシは『バーガ』を口元に持って行きながら、ミナコに尋ねる。
「ミノt…勿論、牛肉じゃよ。それも普通に流通しておる黒牛の、ミノの部分じゃ。高級品じゃぞ?…」
ミナコに張り付いた笑顔には…精彩さや誠実さという〈説得力〉に不可欠なモノが、欠けていた。
「黒牛のミノって、ミナコ…苦し過ぎるでしょ アンタ?『ミノt…』まで言っちゃ、もう………
「ミ、ミノチ…ミノツ…ノテ……ト………とり。そう、鶏肉じゃ!?」
「連想ゲーム ヤってんじゃ無いわよ!!」
空腹の余勢か…突っ込みの怒声が、3割増しになる。
「…そ、そうは言うても アユミよ。お主、豆しか食しておらぬではないか…折角、昨夜も妾自ら調理した〈
と、家事が苦手な新妻ヨロシク 力無く反論するミナコ。
「…ウプ。…何で そんなモノ、食材で携帯してんのよ? それも、あんな大量に…」
「いや、旨いじゃろ? 中々の美味じゃぞ? あれらは…何でも食べる連中じゃから栄養の偏りも無いバランスの良い食材なのじゃぞ?」
「頼むから、牛豚を…ガチでアタシに推さないで…とにかく、もう豆で良いから アタシは…」
そう言って、アタシが
「愚妹が食べぬなら、我が血肉と化そう」
先程まで寝穢く横たわっていた姉が、アタシの手にある件のモノを横から掻っ攫い…数秒で完食してしまう。
「ちょっ…」
アタシが姉を嗜め様とすると…。
「おお!? 〈黒き王〉…お主は〈鬼喰い〉もイケる口の様じゃのう?」
「ふ。当~然だ!昨夜の角煮も絶品だった! 実に見事な『
バカ姉…ゲテ姉がウザい厨二ポーズでミナコに惜しみ無い賞賛を贈る。
そして、その矛先が…アタシに向けられ…。
「大体だ、愚妹。調理済の豚牛も食えん
聞くに堪えないヨタ話を強制終了させる為、アタシは姉に組み付き…四つに拮抗する。
「訳分かんない…侮辱すん、なあ~!?…あと、金星…乳、牛は…姉さんしか、言って…ないわよ!」
「ふん。例え そう、だとして!…膂力で、我に…勝てる、と…思い上が、って…どう、すると、言うのだ!」
「お主ら…昨夜散々 ヤリ合ったはずであろう?…また、蒸し返すのかえ?」
かなりの呆れ顔で、ミナコが和議を勧めて来る。
だけど…。
「いや、昨夜のケンカん時の後半さあ…。よく思い返したら、アタシらを蹴し掛けるみたいな煽りとか ナレーションとか付けてたの…ミナコじゃなかった?」
アタシは、ミナコに ジト目を送りつつ非難する。
ただ ミナコの指摘通り、お互い色んな意味で限界で…どちらとも無く力比べを解いた。
「…とにかく アタシは、豚も牛も食べないからね?」
「むう。仕様の無い 好き嫌い娘じゃのう…その様な調子じゃ、立派な女傑には為れんぞ?」
「…昨日も言ったけど、アタシは英雄には為りたくないの…それに…」
「…それに?…何じゃ?」
アタシは、亡き母の納まる 二つの隆起の間の闇を見ながら…ミナコに告げる。
「……何か…会うヤツ会うヤツ、その…『乳牛』って言うし。これ以上、大きくなったら…また、何て言われるか…」
「…………そ、そんな理由で少食なのか?!」
アタシのそんな、溜息混じりの切実な乙女心に感銘を受けなかった…いや、
その更に 後ろに、姉と虫女が黙って付き従う…。
はあ…結局、昨夜のミナコがナレーションした通り、ただ 体力の消耗と空虚だけが残されただけで…。
……何の実りも、無かったなあ。
キャンプ地に近付くにつれ、アタシを始め他の二人も異常に気が付いた。
「む。どうした…〈ロク〉よ?」
恐らく、後ろの虫女も気付いたのだろう。
「……!!……ィン!……ガキ!…ギュギン!……」
…戦闘音!?
その瞬間…。
…アタシとミナコは、姉を置き去りにして加速したのだ。
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