第三章④ 特才転移者と『姉妹大戦』。



「つまり、ミナコは…その〈血刀ブラディア持ちの特才転移者チーター〉を追っているのね?…その、アレじゃなくて…」


「そうじゃ。あやつは チーターではあるが、たまたま見付けただけの…小物、雑魚じゃ」



「…ケッ!」



「……聞くからに 強力そうな相手みたいだけど。 貴女の装備からして〈狩り〉…討伐を目的としているって事ね?」


「うむ、そうじゃな」



「ハハッ!」



「…………た、単独で追ってるの? 依頼者とか居るの?」


「いや…厳密には単独では無いのう。わらわ達〈連団れんだん〉では、二名一組ツーマンセル以上での行動が義務付けられておる」



「……………………へ?…〈連団〉って、ミナコ 貴女?! 〈教導師団〉の隊員なの?!」


「…ま。一応、の…」



「ブフゥー!! ギャハフヒャヒャ!…ヒョシュガ!…」


アタシは、焚き火を挟んで対面左に座る姉とその後背に立つ虫女の 上空を 一足飛びし、そのまま…半捻りから後方宙返りを経た威力を以て、嗤う黒服男の下顎したあごへ 膝を抉り込んでみた。


「ウッザイわね ! さっきから!!…虫女! アンタ、ちゃんと コイツの口塞いどきなさいよ !」

そう、アタシが 吐き捨てる様に言い放つと…。



シャラシャラ と音を立て、黒服を拘束していた鈍色のつな達が蠢き…。

…伏した男の顔下半に群がり、口腔に侵入する。

「……ア?!…アグ、オゥエッ! ヒャメ…ロ…ヒャメ…?!……!」


宵闇の街道沿い…小川のせせらぎよりも静かに 沈黙させられた黒服男は…。

…それでも 尚、数分ほど 抵抗していたけど、暴れ様とする度に強くなる締め付けで 動けなくなった。

凶悪で狡猾な〈血刀持ち〉である黒服…見た目 年若い男性が……無抵抗で拘束される様という遭遇した事の無いシチュエーションに…アタシは…。

……ゴク、リ。


………密かに、何か…奇妙な興奮を覚えて…しまう訳で…。


「……………………は!?」

アタシは、何故か 口内から溢れる寸前だった唾液を飲み込み。

耳の熱さを感じながらも、失礼にも腐った生物を見るかの様な視線に堪えながら…そちらを振り向く。



やはり、コチラを見ていた…いや、観ていた姉に…。

「…………な、何…何でコイツ…殺さないの。姉さん」

と、聞いてみる。


「ふ! …我の中で蠢くサナダ虫53号が、そう…つぶやくからに決まっておろうが!!」

「…53って飼い過ぎでしょ。バッちい わねぇ…んで?」


「む? おお! そうそう…んん!『飼っちゃえよ! とっくにデケえ虫も飼ってんだからさ? 今更どおって事無いだろ? ………ココだけの話だけどさ。今ならさ……タダだから。あと、登録も無料…』」

「イヤ!?イヤイヤイヤ! ソレってもう、手遅れだから! 『いらっしゃいませ…既にサナダ53号様、脳にてお待ちです(終~了~ !)』…だから! あと最後の方、絶対 詐欺だから!!」


「ふ ! 所詮、愚妹は愚妹のまま……という事か。この〈黒き王〉が体内飼育するニート王…絛虫が、そこいらの消化器寄生なんぞで満足するほど 器が小さいはず無かろう!!」

「……イヤもう、寄生虫小噺とかは イイから 普通に引くから……何で、アンナ奴連れてくの ?…あと、愚妹言うな」


「……何となく」

「………………は?…ゴメン姉さん。い、今 何て?」


「何となくだ」

「……『何となく』って、ソレって…確かな理由も無く、超ヤバい 特才転移者を連れ歩くって…分カッテル?」

アタシは、内なる業火を抑え込もうと語尾を震わせながらも 姉に問う。


「無論である!」

事も無げに ヒマワリは、そう言い放ったのだ…だから。


ヒュ!…。


「このバカ姉!本当に脳みそ虫涌いてるんじゃないの!?」

そう言いながら…アタシは我慢出来ずに、ヒマワリを 引っぱた…いた?………いや。

風切音しか…。


「ほう。アユミにしては中々の『ツンデレりょく』だ」

見ると…いつの間にか、ヒマワリが側面に回り込み、半ば片膝を着いた状態で、かつアタシの脇腹に掌底をかざしていた。


「…!?」

直ぐ様 アタシは、その掌を払おうとするが…接触直前に ヒマワリは引っ込める。

更に アタシが掴み掛かろうとするが、三手とも往なされ…見失う。


…何で?!

半分とは言え ドワーフの動きを捉えられないの!?


「どうした? アユミ…お前の〈ツンりょく〉は、こんな物か?…」

今度は 背後から、ヒマワリの声が聞こえる…。

「…!?」

陰陽おんみょう〉…双樹神系の幻術?!

いや、ヒマワリは錬金術は凄いけど…魔術は光天も闇天も実戦で使えるレベルじゃない。


「アユミ ! 魔術じゃないぞ?! 〈黒き王〉の上体を見ても虚実でやられるぞ!…足捌きや全体の規則性から〈読み〉をせんと追えんぞ !」

突然、ミナコからの アドバイスが入る。


…単純に 歩法だけ、なの…?


「ふ!皇帝とも在ろう者が 無粋な…姉妹の〈ツンデレ合戦〉にかこつけた、他愛ないスキンシップだと言うに…まあ良かろう。アユミ、お前の〈ツン〉は もう見飽きたぞ。よって 次は『当てる』から…見事な〈デレ〉を…」


「誰が…デレるか!!」

アタシはまず 掌打を警戒して、逆回りに半身を交わしつつ…背後に張り付いたヒマワリに裏拳を放ち 間合いを取る為、飛び退しさっ…。


…ヒマワリは、アタシの逆回りの体捌きに呼応して…。

……いや、〈読まれて〉いて…。


つまり、背後に張り付かれたまま…!?


…そして…。

「ええ?!……どっ、うぅ!」


引き倒され…た…?


…そのまま、背中から。

「…ぅ…ごほ、ごほっ……『当てる』っ、ぅごほ…て…ぇほ…」


「ふ、知らんな。はああああ。…討伐A級の〈鷲獅子騎手グリフォンライダー〉とは言っても、所詮は自称女勇者か…はああぁあああ」



奇妙に熱い、悪寒が…何故か 全身と声帯を震わせる。

「………………へ…へぇー、あ…そう、あ…そう。可愛過ぎる妹に…そこまで、しちゃうんだ?…へぇー、そういう事?………そういう積り?……へへへぇー?!…」


アタシは、ユックリ起き上がりながら…目の前で拳闘士風の挑発を行う姉を眺め遣りながら、拳を鳴らしつつ構えに入った…。






世界には…『犬も喰わない』。



そう、蔑まれる醜悪 かつ関わるのも馬鹿らしい争いがあるという。


だが、敢えて刮目して頂きたい。

この同性の修羅達が これから魅せる華麗極まる闘いを。

異性同士では 決して到達不能な、絶対領域の競演…いや、狂宴を。


そう、姉と妹…各々の存在とプライドを掛けた最終決戦が始まり…そして、決着を迎えようとしていた。




「〈善見ぜんみ〉の堅城よ !!」

アユミは…自らを中心に〈白象結界アイラーヴァタ〉を発動する。


「何?!…」

突然、広範囲での物理系防御結界の展開に、戦くヒマワリ。

そして、次の瞬間…。


……ボヒュ!

凄まじい勢いで 結界から躍り出る人影。


しかし…これは、予測されていたのだろう。

「ふん」

と 小馬鹿にした冷笑と共に、ヒマワリは超速の人影の側面に回り込み…両手を用いての掌打を打ち込んだ。


「…な、これは!?」

ヒマワリは、再度驚愕した。

今ほどに 迎撃、撃墜した人影は 本来の対象では無く…黒服の青年だったのだ。


「…変り身?!…しまった!?…陽動 ぐふあっ!!」

その後、数倍の速度で 直ぐ様飛来したアユミ本体の攻撃により、姉は〈音の壁〉の発生源である妹諸共に…街道の彼方に消えたのだった。



この決戦の顛末を目撃した賢明なる諸兄ならば既にお気付きだろう…。

…闘争は何も生まず、ただ…冒険者達の貴重な体力の消耗と、空虚極まる徒労感のみを残したのだ。




翌朝、姉妹は…クロスカウンターの形のまま、仲良く揉みくちゃの状態で 発見されたという。

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