第二章④ 女〈楯奴隷〉の 戦い方。



結局、姉は…納骨には間に合わなかった。



何だかんだ、独り言を呟きながらも 列車の発車時間ギリギリまで地上数百mにある納骨堂で待っていたけど…。

…無駄に終わった。


アタシって、もしかしなくても…他者への依存性が高いのかも知れないとは思った。


それは…『施設』での自主性無き奴隷生活、『姉妹達』との別離、そして…母との死別であり…。

…この上、姉を…ヒマワリを失うという恐怖感を、この頃のアタシは持っていた。


でも、結果としては…帰って来てくれた。

当日の早朝だったけど…母の『四十九日』法要に間に合うように帰って来てくれたのだ。


ただ…問題があった。


有り体に言えば、『瘤付き』になっていた…。

…それも、かなり大き目の……奇妙で、歪な瘤だった。



もっと言えば、この異形の女は……変態だった。



…〈轆轤〉。


アタシが想像していた…又は、かの〈塔〉の一階層に広がる〈楯商〉達による無数の市場バザーで チラホラ見掛けた〈楯士シールドマン〉や〈楯師シールドマスター〉らとは一線を画す、どころか…。

……異次元への跳躍という比喩が妥当だろう。

そう言う他無い程の 理解不能な発想の体現者…その権化が、姉の背後に佇んでいた。


その御者にして主である 姉ヒマワリによって 最初は…。

………〈ビッチ〉と『銘』されていた(変えさせたけど…。)…白髪はくはつの異形者。


そして…『姉しか守らない女楯士』。



背は、並みの皇国人男性より高いのは間違いない。


…物理戦闘者として恐るべき事実として、踵部分が…ピンヒール型の具足グリーブを着用してアタシより10㎝位高いから、まあ アタシと同じく170㎝前後ってトコかな。


総合(討伐探索開発混合)冒険業者パーティー『曇天の王国アッシュ』の〈黒き王ダークロード〉である姉…。

…そして、その唯一の〈黒騎士ダークナイト〉。

『完全なる無抵抗者』たる大陸最低位階者…〈楯奴隷シールドスレイブ〉に自ら堕ちた哀れなる存在。


しかして、その戦闘スタイルは 最弱の?

いや〈異次元の戦闘者〉と言うべきものだった…。



アタシは、この虫女以外 他の楯士等の戦いを見た事がないけど…。

この連中…というか、この女の戦い方が 他の壁役となる直接物理戦闘者達とは違う、という事は分かる。


『特定の敵』以外との戦闘に於ける この虫女の戦い方は、正に…『物』として主に代わり ひたすらダメージを受けるという、単純かつ苛烈極まりないもので…。

……初めて目の当たりにしたアタシは、信じられなかった。


〈嵐塞郷〉への道中で 青鬼ゴブリンの襲撃が数度発生した時も、わざわざ この虫女を『最前線に待機させ』…。

…青鬼達が、つっ立ったまま抵抗する素振りも見せない虫女に群がった所を、遠間から小銃で一体一体 狙撃するという…意味不明な戦闘スタイルを熟したのだった…。


……そう、アタシの知らない…そして、信じられない事実関係や意図がこの主従には存在していた。


姉は、無能とは程遠い皇国有数の要人だ…。

元とは言え、侍衛軍で中隊どころか大隊の訓練指揮も執っていた少佐なのである。

そんな姉が、こんな三名パーティーの戦力運用を違えるなどあり得ず…ましてや、無意味に貴重な戦力を損なう戦術指揮を行う理由が、アタシには納得どころか 理解さえ出来なかった。


しかし…戦闘が終わった後。

治療の為に駆け寄ったアタシは、理由の一つを理解した。


……『傷が無かった』


最初から、かなり酷い 打撃や斬撃を受けたり、至近距離からの光系魔術を食らったはず…。

…更に コチラに向かおうとした数匹の青鬼を、普段 胴巻きにしている金属製のつなで絡め取る事で、自分のみに敵を集中させたりした為…引き倒されて、1分間近く小剣や短剣で嬲られ続けたのに…。


………無傷だった。


引き倒された際に付いた街道の泥以外、出血どころか内出血の痕さえ無かった。



この状況に至り、アタシはある伝承を思い出していた。


この大陸、というか世界には…希に〈大呪持ち〉と呼ばれる〈忌み子〉が生まれる。

その〈忌み子〉達に纏わる伝承で、最も有名なのが…古の皇国建国記で活躍し、太祖『探偵王』…万能の英雄女王 菊莉きくりを護り切ったとされる 偉大なる『大楯師』達…〈麝香兵〉の物語だ。

彼ら〈麝香兵〉は、全てではないが…〈大慈大悲〉と呼ばれる、生まれながらの強烈な『呪詛』を孕んでいたとされ……虫女と同じく、とても死に難かったのだという。


つまり…この虫女が 伝説の〈麝香兵〉達の係累ならば、多少の数を集めても 青鬼程度からの攻撃では死なない…という事なのだろう。

でも、そうであっても…旅の同道者が 討伐A級冒険者にして女勇者(公称!)であるアタシである限り『余程の事情』が無ければ、大陸最下層位階奴隷であっても こんな非道な扱いを許しはしなかったと思う。


そう……『余程の事情』が無ければ…。

本道中 初めての戦闘の後、あんな…主従の会話を聞かなければ…。


姉、曰く。

『ふははははははは!どうだったビッチ…じゃなくて轆轤。初めて青鬼共に蹂躙された心地は?!』


虫女、曰く。

『……ハイ、有リ難ウゴザイマス…主様ヌシサマ♡…デモ、未ダ…未ダ、タ…足リマセヌ……痛ミガ…傷ガ…モットモット、大イナル…♡』


あ、姉……曰く。

『ふはははは!そうかそうか!まあ待て、次はもっと凄まじい痛みと苦難を与えてやろう !!……』



………………………。


その一件以来…。

…アタシは 普段、敢えて この轆轤を…いや、変態虫女の事を……無視している。

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