第二章① 皇国の冒険業者事情と、亡き母。



…母が。


銀杏いちょうが…亡くなった。





Bランク冒険者として、皇国南部に広がる大穀倉地帯に現れた体長15m級の巨大グリフォンの討伐を単独パーティで見事に成し遂げ、意気揚々に皇都に戻った。


『成獣となった魔術合成系害獣の単独討伐』は、無条件で討伐系Aランクへ昇格である。

よって、冒険者組合の規約通り昇格を果たしたアタシは、母に伝える為 昇格手続きを急ぎ終え、実家に向かった。


冒険者組合の報酬規定と高騰しきった皇国の物価状況から、まともに専業で食べていけるのはCランク以上の冒険者から…という極端な階級間経済格差が国内冒険業者らにはあった。

皇国内で冒険業を営むのが可能な者は非常に稀という『超実力至上』の買い手市場だった。


支援を受けられる良家の三男坊などなら着実に自力を上げながら実績を積めるから良いのだけど…。

…まあ、ほとんどの組合登録者達が、元兵隊や傭兵上がりや、ヤクザ崩れの…まともに装備も揃えられない食い詰め浪人と化している有り様で…。

…ちょっとマシなのは地方の農家出身でちゃんと装備を整えて送り出された者達位であり…そんな本来は将来有望な者達も、早めにCランク…悪くてもDランクに達しなければ 兼業野盗に、つまりは早晩…自らが『討伐対象』たる犯罪者に堕ちるのみ、という 厳しい業界だった。


そんな彼らには悪いけど…とにかくアタシはAランクになれた。


Aランク以上は、何故か皇国では『横綱』と呼ばれる特殊なランクで…余程の失態等が無ければ降格されない。

その上、南部緩衝地帯の向こう側の『変な名前の隣国』…帝政ミネルバ人民会議領(通称:帝人領)以外の 希望する国家軍『予備役特務大尉』としての割り増し恩給という特典が付与され、または 各領主軍の高級士官としての招聘も受けられるという 破格の待遇も望める存在であった。


『これで最近、病勝ちな母さんや、多忙を極めている姉に少しは楽をさせられる』

そう、思っていた…しかし。


討伐に向かった 一ヶ月前までは 多少病勝ちでではあっても、それなりに健康だった母が とこしていた 。

見るも無惨に痩せ細り果て、自力では芋粥は勿論、した麦豆粥さえ喉を通せない程…母は、衰弱していた。


冒険者稼業を始めて二年目のアタシにとって、他者の…他の冒険者の死に目にも慣れたはずだった…。

…けど、アタシには母が全てだった。


だから………母がこの状態になった事情等を聞いても、頑なに話そうとしない姉を責め立て、罵倒した。


この時 既に、母が常に着用していた銀色の巨大な眼帯『外院げいん水瓶ミカミ』は、姉が着けていて…。

…その反対に、あれだけ肥大していた母の虹彩が常人と同様のそれになっていた。


『…〈天壇〉が…。…ヲ、ク…の…が動き始め、たのだ…シャ、チー…よ』

そう…アタシと半融合状態の雷霊が、初めて意思疎通を(警告じみた言霊であるが…)本格的に発したのも、この頃からだった。



とにかく、アタシが不在の間に何かあった事は察したけど…そんな警告なんか、目前の『母を亡くすかも知れない』という恐怖の前では些事でしかなかった。


母の容態に映り込む死相は明らかで……なのに、アタシから見た姉の顔には『予定調和』への諦観のみが、支配していた。

そして…そこには『もう、絶対に助からない』といった嘆きや失望はなく…。

…ただ 神さえ超越した超人らの如き冷淡さだけが、姉の肥大し始めた碧眼にはあった。


そんな達観の極致にある姉に失望したアタシは、止める母や姉を無視して大枚をはたいて皇国最高の聖学系医術師から高司祭までの様々な医療分野の権威を連れて来て治療に当たらせた。

しかし、全てが徒労に終わり…結局、病の原因さえ知れなかった。



母が亡くなる前の夜…。


…看病疲れで部屋で寝ていたアタシを、姉が呼びに来た。

母が呼んでいるとの事だった。


急いでアタシは、母の病床を訪れた。


母は 再び、例の〈眼帯〉を着けていて…。

…母のそんな姿を見たアタシは…何かの到来を直ぐ様 感じ取った。


もうアタシには何も…。


…泣き縋るしか出来なかった。

そんなアタシの頭を抱え、優しく撫でながら…。


『ありがとね、アーちゃん…もう、良いからね…』


只々、優しく抱きしめながら…諭すように、あやす様に告げられた言葉が…。



…母の、最期だった。






その日…母の、命日の夜。

姉は、アタシを強引に喪主として…『通夜』というらしい礼典を催した。


そして 姉自らは、灰色の『袈裟』と呼ばれる祭祀服を纏い。

不思議な響きの祝詞のりと…(〈真言マントーラ〉というらしい…)を夜通し、諳んじ続けた。

一心不乱に、翌日の葬儀でも諳んじ続け…。

…昼の火葬を終えても、まだ諳んじ続けるという有り様だった。




母の命日から、六日後…。


忌引き休暇の間中、ずっと〈真言〉を唱え続けていた姉を、アタシは何度も止めようとしたけど…。

結局は止めてはくれず『初七日』と呼ばれる…やはり、秘教の儀式を終えるまで止めてはくれなかった。



初七日の内、長らく ご無沙汰となっていたラフレシア様…いや、卿から…今上帝名代として香典が届いた。


いつの頃からか サガノ陛下の〈盾〉と呼ばれ、また近衛軍でもある皇国第一軍団副司令兼神皇しんのう親衛師団長に就任され、そして噂では…。

…通称『庭番衆』とも呼ばれる…『裏爵位持ち』の隠密侍従大隊〈ゆかり虹蛇くだ〉総領にまで就任し、女皇派…継承戦役を見事に制した皇国中興の祖として期待された皇太女〈九頭龍姫〉を 神皇に推す貴族派閥を粛正して回っている等、まことしやかに囁かれる程 お忙しい身分になられていた。


アタシは 生い立ちが生い立ちなので、軍は勿論 国家の政争にも関わりたくないので 軍や皇国の要人でもあい、神皇拝謁の栄誉も賜った事のある姉に頼んで 返してもらった。



初七日を終えた翌日…。

…姉は、大学と軍を退官していた。


驚くアタシに、姉は更に…『納骨に行って来る』と言い放ち、部屋に荷造りの為 籠った。



その納骨先を 姉は、『鐵の都』…。


…一般には〈楯商の塔〉と呼ばれる特殊な地を指して、言った。

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