第一章⑩ 輪廻鎧〈羅睺〉と襲撃者。



「な…〈羅喉らごう〉じゃと?!」



そう叫んだのは…ミナコだ。


「ほお。〈皇帝〉とやら…。…卿は、随分〈塔〉の〈輪廻鎧リーンカース〉事情に詳しいのだな…?」

姉は、相も変わらずの 厨二スタイルで尋ねた。


「…まあの。これでも長く、世界中を散歩しとるしのう…」

ミナコが、ちょっとシニカルに笑う。


「…それ程、驚くような代物なのかな?」

姉も同じような笑顔を返す。


「妾が以前…。…とある〈行者ぎょうじゃ〉に、対象者ごと行方知れずじゃと聞かされ 捜すよう頼まれた代物じゃしの…。…何でも〈北〉の、同業者共との共同開発の新製品で…。…〈塔の秘宝〉とも聞いておったからのう」


「…!?」


「いや 待て待て、早合点するでない!……別段、其方らが略奪したのでは と問うておる訳ではない⁉」


「……?」


「但しのう…。…もう一つ、その行者に頼まれ事をされてはいるのじゃよ」

そう言う彼女の手には…。


「……!」

何処から出したのか…。

穂先から石突までが不思議な輝きを示す、一体成型の桃色の剛槍が握られている。


…い、いつの間に!


しかし…楯奴隷 轆轤も、いつの間にか楯の主である姉の前に自然体で立っていた。


「……⁈」


轆轤……虫女って、こんなに動けるんだ…。


「もし…件の〈楯〉が、相応しき主に従っておらなんだ時は…」


ギュイイン!


「……滅すべし!」


「……!」

……は、速い。


同じく 構えらしい構えもしていなかったミナコは、一瞬で『槍の間合い』まで詰め…。

…虫女の 正中線に沿って 胸部、腹部、頭部の順に槍をシゴいた。


しかし、驚くべきは…虫女の受けだ。


初撃を半身になって交わし…。

次の腹部への突きの際には、交わしながら半歩ほど踏み出す事で…。

槍の、ミナコの間合いを封じ、顔面への突きの確実性を落としたのだ。


手長てなが(長物)用の見事な崩し…。

…その上。


「…ぅ、くぅ!」

ミナコが左肩を抱いて、間合いを置いた。



そうだ…あの一瞬で。

間合いを詰めた虫女は、奇妙な手型の…手刀で、ミナコの肩を『突いた』のだ。


「…!…ぐうぅ、〈蛇拳使いスネークワーカー〉じゃったとはな…それに」

彼女は…未だ、力なく垂れ下がったままの左腕を見てから。


「…くぅう…単なる拳打か組打ち術かと油断したわ…まさか、今時〈仙道フォースマジック〉まで使えるヤツじゃったとは…。…久しく 英雄豪傑らとも戦っておらなんだからか、忘れておったわ……お主」

ミナコが、含みのある話し方で、更に何かを言い募ろうした瞬間…。


「!」


ミナコの語りかけを無視…?


いや、被せるように、『何か』を誤魔化す為なのか…虫女が、ミナコに襲い掛かった?!


…ギャギィン!!


「…な?!」

驚きながらも、その場から跳びしさって離れるミナコ。

ミナコが退いた場所では、轆轤が…。


…『何者か』の攻撃に対して、防御姿勢を取っていた!


そして直ぐさま…その何者かは、間合いを取るべく虫女から離れる…。

…そう、虫女…轆轤は 別段、ミナコに襲い掛かった訳ではなかった。


ただ、背後からミナコに襲い掛かろうとした何者かからの攻撃を阻止したのだ。

でも、コイツは…。


「角無し…?」


「違うぞ、アユミ…」

ミナコが言葉を被せて来る。


「〈ヒト〉》じゃ…そして…」


ミナコは、自らのオリハルコニアの鎧から大剣と、形状は歩兵盾ヒーターシールドで高さが騎兵盾カイトシールド級の盾…?…盾がたの壁(もはや…)を派生させ…。


「…妾の、散歩の理由じゃ!!」

そう宣いながら、襲撃者を睨み付けるのだった。






「さて…妾の散策に付き合って貰うぞ、許されざる異界の、塵芥ゴミ…よ」


「…?!」

心胆寒からしめる口調で言うや否や、薄く桃色がかった大剣を構え直し、ミナコは…。


「風よ!」

と叫び、嵐のような〈風霊〉の加護を全身に纏った。


…ヒュ グオ、ォウゥゥ…!!!


ミナコの周りにある砂礫や埃が、スゴい勢いで彼女から遠ざかって行く。

多少、両足に力を入れる必要がある程の気流の変化が生じていた。


やはり、ミナコは英雄級の魔術騎士なのだろう。

先の戦闘で見せた〈火球〉呪文も、今の加護も…現代では失われたとされる秘法である…〈現象系魔術エレメンタルマジック〉だ。


まあ、いくら英雄級でも…地水火風雷+αの〈喪失六天ロストシックス〉全てを扱える、とは思えないが…。

…間違いなく、彼女は天才的な戦闘魔術師と言えるだろう。

しかし、今は…。


襲撃者の奇妙な出で立ちが、アタシの目をひいた。


黒髪の、若い男…。


…背はアタシより少し高め。

外套越しでも分かる位の痩せぎすの体型…。


見たことの無い『詰襟のある黒い軍服(学生服かな?)』みたいな物を、外套の下に着用しているのがチラチラと見える…。

胸甲ブレストアーマーなどの防御装備は、見えない。


あの痩身具合いから、衣服以外は着けてないとは思うけど…。

そんな観察や考察をしていると…。


「くそババアァが! さっきので死んどけよ!!」

場末のチンピラ然とした、いきり立った男の声…。

…でも、意外に若々しい というか、幼い声。


「…………」


「 やっと、あのクソ女の 追跡を振り切った、てのによおおおお!……と!?」


そんな、襲撃者の戯言たわごとを、聞いてか聞かずか…。


「……!?」


…ガ、ギュウ ィン…!


ミナコが右袈裟の凄まじい斬撃を放っている。


襲撃者…男に向かい合った瞬間…。

…ミナコは、直ぐ様 間合いを詰めて打ち掛けていたのだ。

ミナコに不意を打たれ、受けに回らざるを得なかった男は…。


「…なした、 小太刀で?!……それにコイツって…」

攻防の際に外套が翻った為、一瞬見えた…。


「…か、片腕?!」

隻腕でミナコの…?!


アンデッド化していたとは言え、剣豪ハイマスター上忍ハイアサシン2体を見も蓋もない倒し方をした、英雄級の剣撃を!?


「―― !?」


コイツは……掴んでいた。

いつの間にか…。

…本当にいつの間にか、白い柄の短刀を……歯牙で?…いや。


……舌を巻き付けて。



その短刀の刀身には、男が手にする小太刀と同質の煌めきがある…。


…二振り共に 〈血刀〉だった。


アタシには、前に……血刀使いと闘った事があるから分かる。


この…〈瘴気〉とも呼ばれる、吐き気を誘う独特の…。

…そして、強烈な血臭…。

いや、もっと酷い例えがあるかな…。


……腐った臓物の、アレだ。


つい 3、4年前程までは、皇国の何処にでも漂っていた…。


…そう、終わった命の……臭い。


でも、そんな悠長な思案などしている余裕は、アタシ達には 無い。



「…え?!」

アタシは 自らの目を疑った…。


ミナコの身体が…声も発せず崩れ落ちる光景が目に飛び込んで来たからだ。


「…ミ、ミナコォォッ?!……くうう!?…姉さん、お願い !!」

薄く血濡れた短刀を、長い……蛇のように長くなった〈舌〉で、器用に掲げる男から目を逸らさず、姉に それだけを伝える。


まだ…まだ、間に合うはず!

早めに止血すれば…まだ助かる見込みがあるミナコを、あの男から早めに引き離せれば…。

…それら可能性を考察しながらアタシは、ミナコ達の方へ駆け出しつつ、背中から石剣を抜き放ち、また、叫ぶ。


「馳せ駆けよ、白帝びゃくてい!!」

アタシの全身を白雷が包み、途端に身体が軽くなる。


本日、二度目の〈霊震〉状態 だけど、何とか意識は まだ 保てそうだ。

でも、アタシの加速系〈霊震〉『迅雷功じんらいこう』の発動持続時間は、精々 30秒が限界だ。

しかも 明らかに相手の方が 格上で、恐らく 戦闘経験でも上回るかも知れない男…。


…あの邪眼じみた凶視に、アタシの動きが捉え切られる前に…。


……ズグン。


突然…。


「…!?…う、うぁあ!!」

…焼ける様な、感覚が 右肩、に…?


や、ヤバ… !?!


じ、自制を !!

反射的に 背筋が、仰け反ってしまう…。


…硬い何かに 骨を削られた際の あの薄ら寒い感覚、骨の奥底からの鋭く甲高い悲鳴に応じて 掻き鳴らす様に鼓動が、絶叫を上げ始める。


自制しない、と…!?、!…。


…思わず、体前面の正中線(急所)を敵に晒してしまいそうな激痛が、ジワリ…と襲って来る!


耐痛制御訓練を…300時間以上受けた(強制的に。)アタシでも半身になって男から数歩の距離を置くのが関の山…。

…このまま右肩を抱いて、膝を着きたい衝動を押さえ付けながら…。

…でも、男からは目を離さない。


すると、男は…。

「〈英雄見習い〉如きに…。…本気になると思わなかったあああー?……ハッ!『迅雷功』なんか 自由に使わせる訳ねーだろ、 この乳牛にゅうぎゅうが !!」


そう背後から声がしたと思った矢先…。


ドフッ…。

…という鈍い反響と痛みが脇腹を貫き、アタシは恐らく 数mはフッ飛ばされた。


「うぅ、…ぁ」

…しまっ、た…息が…。


正確に…横隔膜、持っていかれた!


コイツは一見、頭オカしいだけの狂人の様相を呈しているけど…。

…もしかして コイツ…計算で装ってたの ?!


読まれ…いや、コイツは 多分…〈雷系霊震〉の事をある程度知ってるんだ…。

それこそ〈見習い〉程度のアタシなんかより 多分、詠唱内容も、発動までの時間も、効果も、長所も欠点も、そして勿論…。


…使用するだろうタイミングさえも。



なら。打つべき手がないアタシが、次に…。

…打つべき、手は?……。


「……!」

アタシは突如立ち上り、既に透刃化させていた 野太刀〈金剛杵ヴァジュラ〉を、未だ うつ伏せで横たわるミナコに向けて投擲し…。


「…ぅつ…ぜ、善見ぜんみの堅城よ !!」

整えたばかりの〈仙気フォース〉の全てを用いた術を解き放つ!


…コオオオオオゥッ!


ミナコの脇に突き立った〈金剛杵〉を中心に……白く、巨大な塊の…何かの幻影が見え、た…。


「…や、った。…姉さん、あとお願……い…」



「……こ、このエロガキ!やってクレんじゃねぇか ?! あああぁー !?」


男は片腕で…アタシの負傷した右肩を掴むと…。

…そのまま、アタシを持ち上げ…。


「…ア、グッ……はは、は……ザマぁ、気○い…ザマ…ア…アアアアアァ !!」

そして 傷口に親指を、何の躊躇もなく捻入ねじいれて来るし…。


…はは、やっぱり…最低なヤツ。


正直、見た目は好み……なのになあ。



…………ん? ……何…。


…アレ? ヤバ…もう目が霞んで、来たかな……何か 影が。


影…?…。


〈影〉?……鉛色なまりいろの……?



「ギャハハハ!言うじゃねぇかメスガキが !?アアァ !? アアアアァ !? もうマジ! 普通の犯し方じゃ済まさねえええぇ !!」


喚き散らしている男が、今何を言っているかは知らないし……分かりたくも、ない…。


…でも、そんな事より…も。


猛り狂った、男の後ろ…に、いつからかたたずむ、さながら 死神の様な…。

…鈍色の影?…いや。


「…………ろ、く…轆轤ろくろ…?…」

それだけしか言えず、アタシの意識は…。


…暗く、重たい何かと。



強烈になって行く麝香じゃこうの薫りに圧し潰され、ていっ…た…。

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