第一章③ 蟲と 皇国の人手不足。



 姉の背後に気配無く控えるソイツを、視界の端で一瞬だけ捉えてからアタシは…。


 …眼前に広がる荒野に、集中する。



 上方から日光が降り注いでいるにも拘わらず、かなりの寒気を覚えるのは…結構な深さの霧が出ている事と何か関係しているのだろうか…。


 …見るからにゴツゴツした足場の悪い瓦礫の山。


「――!」


 その上をヨタヨタと横行する、結構な数の人影らしきモノが見えて来た。


 モノという言葉は、最低でも二種類を使い分けなければ痛い思いをする、という事実をこの商売をしていると痛感する…。


「あれって…やっぱり〈かばね〉かな?……それともヤバい奴?」と姉に尋ねる。


「フム、惜しいな愚妹。あとヤバいヤバい鬱陶しいぞ?…」

 と、姉はひと腐り入れ…。


「…だがまあ、あの不自然な程ぬるぬる動く影は〈蟲き〉特有のものだな。…以前、導師級魔術師でもある大学の同僚に聞いた事がある。聖学せいがく技術と古代反魂はんごん呪法の融合から生まれた〈黄泉よみ蟲〉とか言う魔術寄生体を屍に投入し 操るのが、俗に言う死霊魔術ネクロマンシーであるらしい、よって 投入された蟲が多いほど、上等なんだ…そう、な…そ、うな…な……ぅな………ぁ…」


 姉の声から覇気が無くなり、フェイドアウトしてゆく。


「そうな…な…なっ…て…え?! いや、そんな所で終わられても 全く何も分かんないんだけど?ヤバいし!」


「そ…う、か……以上……上…」

 多少長い説明をしたからか、疲れたとでも言いたげに黙ろうとする姉。


「だから…終わんな、つってんでしょ! マジでヤバいでしょ!」

 情報が命のこの商売で、貴重なそれを持つ者をただの傍観者にさせてなるものか!


「お、おう。えーと。……おう、そうだな! その蟲は被寄生体の劣化抑止や神経伝達速度の維持の為、かなり低温の冷気を発生するそうだ」


「うん、で?」


「うぐ…だ、だからだなー? 夏という季節柄かなりの陽気にも関わらず 霧が立ち込めてる、だろう。 なあ? …不自然だろう?」

 姉は 何故か、心底 億劫そうにグダグタと 吐露する様に語る。


「へ? ああ、まあ。……何でかな?」


「ひぅ、ぐううぅうぐ…。…今ここはスリ鉢の底のような感じで、風も無い!」


「………うんうん。…」


「…………だから 気流も生まれないから、霧が晴れ難い!」


「…ん、まあ確かに…この階層に来たら随分涼しくなったよねって言うか、寒い位だよね」


「だろ?! 寒いだろ?! なら、何故寒い?どうしてだろうか!」



「……うみゃー。んん?……薄着だから?」


「ぐううあぅあうああああああああああああああああぁっ!? だっから嫌なのだ!いつも体温ばかり高い脳筋愚妹に説明するのは!…つまりは だな!こんな巨大空間を、常時準冷凍状態に出来る程の〈蟲〉をキメられた…。それこそアンタの危惧した通り!…」


「姉さん、口調戻ってる」


「…あ。……ウホン!」

赤面する姉…。


「…とにかく!愚妹が懸念したところの〈死せる剣豪ハイマスター〉級の特殊動死体…いわゆる〈黄泉兵よみへい〉が、この階層に常駐しているという事だ!……という事で…」


「…何よ?」


「 引き返すか?」と、当然の如く宣う天才錬金術師。



「……いや、あのね。そういう訳には行かないでしょ? 物騒なこのご時世…。気軽に〈嵐塞郷〉なんていう〈B+級危険指定〉魔境に、ホイホイ来れないんだから…。大体、例の〈秘宝〉を直に見たい・触りたい、て言って。こんな割に合わない危険な依頼を たかが20サーコぽっちの受託金で、それもお!?…」


「…そ、それも?」


「アタシの冒険者ランク 利用して、今回の依頼引き受けたでしょ? 姉さん」


「―――― あ、あら。し、知ってたの~?! ア~ちゃん」


「母さんのマネしてもゴマ化されないわよ?! 勿論、知らいでか!〈探索系〉で かつ登録仕立ての姉さんは知らないかもだけど……アタシ、一応は討伐ランクA級なのよ? 知り合いや窓口の娘達から自然と情報が入って来るの!」



〈国際法人:探索・討伐等仲介機構〉……通称、冒険業者ギルドからの依頼は…。

…通常、当該ギルドの外郭組織〈合資商会:探索等業者位階選定公社〉の定める『登録受託側冒険業者ランキング』以下の依頼しか受託出来ない。


 但し、高難度クエストの殆どに関しては大パーティーのリーダーらによる競争入札や業界製談合が主とは言え、一週間以上受託業者が選出されない場合に限り パーティー内にC+以上の…いわゆる上級冒険者が、所属・随伴していれば受託可能なるという緊急回避的な特例がある。


「ふははは。我が国の人手不足は かなり深刻であるな、愛しき妹よ?」


 それだ、皇国の人的資源の枯渇…。


 …正味 17年以上も、国内が 継続的に混乱していたのだ。

そして、その間の国家間外交は 全て没交渉状態…その他商業貿易の禁止等、完全な鎖国政策を堅持していた皇国は、やっと約半年前に諸外国との通商条約を締結…。

 …経済や人の流れは再開されたものの、広大な穀倉地帯を有する皇国南部地方以外の あらゆる生活生産活動基盤インフラが瓦解している為、南部と皇都のある東部中央までしか…現状、物資も人足も行き渡らないのだと聞く。


 実際の話…。

 …主食であるお米なんて、母の葬儀の時に姉ヒマワリが軍から香典代りに貰って来た以外には、ここ一年以上 マトモにお目にかかってない。

予備主食と言われる小麦のパンも……いや。


雑穀ブレンドのライ麦パンさえ、高くて手がでない!


 ……最近。

 薩摩や男爵ばかりしか食べてない。


 あ…。

 …外に出たら、炒り豆買っとかないと。


 うぅ、思い出したら…。



 ………………………はあ、また痩せる。



 つまり、今は…… 『食』に直結する、所謂 第一次産業ブームなのだ。


 お百姓さんや漁師さんと猟師さんが、子供達は勿論『皆がなりたい職業』な訳で…。

 狂乱じみた争いの時代が去り、誰もが冷静さを取り戻すに連れ……職人や商人、はたまた王侯貴族らに至るまで思い知らされたのだ。


 国家と国民の『真の生命基幹ライフライン』が、第一次産業であるという 永遠不変の事実に。


 それ故だろうか…。

 …かの 救国の英雄にして、摂政宮皇太女であった〈九頭龍姫〉の肝入りで施行された 農奴を含む奴隷制撤廃令。


 それが為された後の 現在での人口分布は、何とも皮肉なもので…。


…農業集落への一極集中だった。



 当然、冒険者の絶対数も激減。


 そして、未だ収まらない凄まじい物資不足インフレの改善が 国策上優先されている現状。

 緊急性や危険度の高い 高報酬のS、A、Bランククエストを受けられる高位冒険者ならともかく…。

 …並みの傭兵や冒険業者では食べて行けない程 依頼達成報酬が安いのである。


「つまりは『戦、未だ止まず…』…だ。まだまだ 人命より物価の方が高い、という訳だな。世知辛いものだ…」


 不思議な輝きを放つ隻眼を曇らせ……姉は、背後に控えるもう一人の護衛者を 振り返った。


 すると…。


「……止マズ?…マズ?」

 たどたどしい大陸公用語で 姉の語尾をオウム返するソイツの姿が、通路出口の明かりにて確認出来た…。

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