第一章② 皇国と姉のアピールポイント



 大陸最大の国土面積と、国史 五千年を超える古き皇統を守る〈角無つのなし族〉をおもに栄えてきた専制国家〈天道連合てんどうれんごう皇国〉。



 だが、その世界でも有数な列強として名高い皇国の隆盛も今は昔…。

 …やっとの思いで5年ほど前に終息したとは言え、17年前に終結した〈やくの大戦〉から繰り返された 幾多の争乱により、瀕死の巨竜の体…。


 …そんな混迷の中、6年前。


 既に滅亡寸前、「連合」とは名ばかりの皇国に突如、救国の英雄が降り立ったのだ。


 その名は、アマクサ…。

 …後の〈皇位継承戦役〉、その早期終結最大の功労者。


 その偉大な功績と、戦役中……八首の多頭型〈帝龍エルダードラゴン〉を使役した事から、一般では〈九頭龍の剣姫アナンタ〉の異名で称された。


 女性だった……そして。


 ただの女性ではなかった。


 太古の英雄王にして皇統の初代……〈探偵王たんていおう〉。


 『その偉大なる古代の女皇の再来』ともたたえられた、大陸 いや……当代最高の英雄皇女の、歴史への登壇であった。


 確かに、この英雄姫が長き皇統二人目の女皇となり親政を執っていれば、その後の復興や かつての隆盛を取り戻すという前途は約束されたも同然だったかも知れない。

 二十年近く続いた戦乱と、彼女の登場による その奇跡的終息。


 それらを目にし、耳にした当時者らはそう思い、また必死に祈った事だろう…。


 「…でも、そうそう上手くは行かないのが世の常って事よねぇ? まあアタシ、英雄って存在自体が嫌いだからいいんだけどね。 ヤバいわ~」

 アタシはそう独り言ち、リーダーにして黒き王……じゃない、姉ヒマワリに視線を戻す。


 正直、我が姉ながら奇妙な生き物だと思う。



 彼女は大陸内外において名を馳せた著名人だ…。

 若干……そう、若干16才にして…。


…皇立西大陸セプテンシア大学校の、栄えある五回生。


有識者らからは、天才錬金術師〈単眼の銀使い《エンシェントシクロプス》〉と畏敬を以て遇される若き賢者……にもかかわらず。


 何故?!


 未だ世情不安な皇国北辺域に、わずか二人の護衛しか伴わずの、フィールドワークついでの…。

 …冒険者稼業(初♡)に繰り出すって?! ヤるっ?普通!?



 奇妙だ……否、異常だ。


 ……ヤバし。



 大体、姉がその気になれば 大学や豪商は勿論の事…。

 …はたまた連合皇国侍衛軍の幕僚総監部か兵器戦術開発局が、最低でも二個小隊分の護衛代を公費で賄ってくれるだろう。



 以前の姉は……こんなじゃなかった。


 こんな、危険で実入りの少ない……無為どころか有害としか思えない行動に、遣り甲斐を見出だすような愚かさとは 無縁の存在だった。


 そう、母が死んでから姉は変わった…。



 …『何か』に。



 確かに変異したのだ…。






 …話は代わるけど。


 非常に残念で、かつ異常な生き物になった姉だが……別段、見た目が悪い訳ではない。

 まあ、超強美少女勇者たる アタシには及ばないにしても…。


 …剣山みたいに硬く、かなりの癖っ毛の銀髪に…瞳孔が見え辛いほど煌めく碧眼。

 ここまでは、まあ普通に可愛いとされてる程々の少女の様相だ…でも。


 「………………」


 その顔の過半を占める、巨大な眼帯…。

 …も、異様なんだけど、アタシが言い淀む原因は、これではなく…。


 …まあ。

 背格好は通常の石切鬼ドワーフ族と、角無族のハーフ少女…。


 …でも、黒い肌。

 まるで 角耳の薬叉エルフ族の亜種で、闇天や火天の加護を受けたとされる…。

 …忌まれし 黒薬叉ダークエルフ達のようだ。


 そして、何よりの毒舌家…。


 …いや、いっそ商売で悪口を垂れる『毒吐き屋』と呼ぶべきほどの口の悪さ。

 だが、それらは元々あったもので他人様なら いざ知らず…家族にとっては 今更、違和感を感じはしない。


 「……だけどね」


 但し、ある一点だけ家族でも何故か目を背けたくなる……そして、看過できない行状が、黒き姉にはあった。




 〈御使いの福衣ホワイト・エンゼル〉…。


 …そう呼ばれる、古代医術師らの女性用正装とされる衣類。



 現在では、専ら それは皇都北東の歓楽街で「客引き」を行う女性らが身に纏う商業用営業衣であり、一般的には娼婦の装いなのだ。

 更に姉は、本来白色無地のそれを わざわざネズミ色に染め上げた代物を好んで着用しているという有り様…。


 本職である諸姉の方々ならば、健全なる父兄を虜とし 営業成績を著しく向上させる一助になり得ただろうが、ハーフとは言えドワーフの姉が着たひには…。


 …正に、陳竹林ちんちくりん氏の衣装としか表現出来ない。



 正に道化師 ! ―― 幼女の姿をした、特殊な道化師 !!



 見ているコチラが恥ずかしい格好の生き物が、華奢な肢体を片腕で抱きながら、空いた方で厨二ポーズを取りつつ、ドヤ顔でアタシを見上げて来る。


 「……ふ」


 うわ。頭が……心がイタひ。ヤバひ。


 「一体、何のニーズに応えてるんだか…ヤバいし」

 目も当てられないほどイタい姉を見て、痛くなった頭を抱えながら…。


 …アタシは、もう一つの懸案を思索せずにはいられない。



 …病状的に現在進行な姉を 異常と称する感覚が顕著になり始めたのは、アタシ以外の もう一方の護衛者が 存在を始めた頃だった…。


 「………………」


 …ふと、そう思ったのだ。



 だが その思索も…。

 …何かに気付いた姉に 袖を引かれた為、中断せざるを得なかった。

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