第一章④ 鵺と 盾無しの虫女。



「……………………」


 アタシは普段、敢えてこの不気味な女戦士…姉に〈轆轤ロクロ〉と 『銘々』された異形者いぎょうしゃを、無視している。


 姉も一般的には異形に分類される異様だけど、ロクロの異形と戦い方は 次元が違うのだ。

 腰より下まで垂れた 長く美しい真っ白な髪は、細かいドレッドに編まれ…。


すす艶消つやけしされたような 不思議な色合いの金属製全身鎧フルアーマーまとっている…でも。


 その鎧は……『虫』、そのモノだった。

 ソレは まるで『人型ひとがた擬態ぎたい』し損ねた、巨大蠍(つまり、尻尾もある)の様だった。


 確かに 古くから皇国には『益虫信仰』があり、貴族らの中には好んでソレらを自前の装備の『意匠デザイン』にしている者もいる。

 しかし、この女戦士のよそおい方は、さながら『寄生』されている様にしか……アタシには、見えない。


『蠍のはさみ』に当たる部位が 丁度、手甲ガントレットのように肘から先を 大きく包み込んでいる為だろうか…。

 …一般的には、異相の仮面『拳士モンク』と、見えなくもない。


 でも、コイツは……そんな平易の戦闘者なんかじゃあ、無いのだ。


 姉 いわく処の、防御系特殊戦闘作業者〈楯士シールドマン〉というパーティーの壁役担当という事らしい…。

…だけど、コノ〈楯士シールドマン〉とやらは 正味…。


…『姉しか』守らない。


 また雇った際に接触した、とある『宗教結社』との交渉時に かなりの不穏さを感じた事も、コイツに対する理由無き嫌悪感の 正体の一つかも知れない。



 三ヶ月前…。


 …姉は、亡き母の葬儀を終えた直後に 突如「〈塔〉に行く」と言い出し、結局 そう言い張る姉を止められず アタシも着いて行き…。

 …そして「お徳用だった」等と、姉だけが喜びながら入手したという『かなり曰くのある』壁役登用 だったのだ。


 まあ とりあえず『壁役』の主な役割は、パーティのダメージコントロールだ。

 戦列中段以後に陣取りつつ、高い物理耐久性か大盾等の装備を用いての護衛対象防衛や物理防御や回避の低い仲間の防衛等を行うのが 主な作業内容で、通常 大柄で 耐久力が高く、かつ 力負けしない 力士の様な怪力の者が 引き受ける……集団戦闘に於いて 極めて重要で、かつ危険な重役だ。

 時には 序盤から最前列で 敵を、盾や肩、肘や蹴り等で吹き飛ばし、敵前衛と仲間後衛の間合い調整の為の陽動をも熟す、攻守の要でもある。


 だけど、『攻撃こそ最大の防御』の戦訓が示す通り。


 戦闘作業者業界に於ける 楯士一年目の生存率は、20%以下と言われていて…。

 …4年前までの戦渦のせいで 元々『貴重レア』だったモノが、更に『稀代ハイレア』な作業種にまで昇級クラスアップしてしまっているのだ。


 ……でも。

 ここまでの道中に於ける『盾を持たない』女楯士なるモノの戦い方は、聞き及ぶ限りに於ける楯士の在り様とは 余りに違い過ぎた。


 そんな事を考えていると…。


「むう! 気付かれた。…こっちに来るぞ」と姉が気軽に警告して来る。


「う……あーもぉ~! どーせアイツら倒さなくちゃ。また、あの暗い通路を 彷徨さまよう羽目になるんだから!」

 アタシはそう言うと、姉を『盾を持たない楯女』の方に押しやり…。


 …霧で視界がけぶる荒野(隕石でも落とされたようなクレーターの底)に降り立つ。



 こちらに向かって来る武装した亡者達が、ギリギリ視認出来た…。


『巨大な、日除け付きの闘技場みたいになってるそうですよ…』

 …そんな風に組合から、遺跡の被災概要は聞いてはいた。


 でも コレが、この穴が…。

…まさか 迷宮のほぼ中央を、吹き抜けヨロシク!な感じで 地下24階層までも コンナ真っすぐブチ抜いているなんて、思っても見なかった。

 アタシ達は、途切れた通路を何度も何度も引き返しながら、降りて来る羽目になったのよね……本当に、ヤバかったわ。


 大体 どんな文化的意義で 大都市の、それも『王城直下』に 50階層もの巨大迷宮を「良し。…こさえよう!」なんか考えたんだろ?


「とにかく、もお戦う! どうせ、この階層で調査終わりだし! ええっとぉ……敵総数 13で 全て亡者系、内1体は剣豪級ハイマスタークラスっぽい。 リーダー、指示頂戴! 」


「ふ…。…良かろう愚妹よ。ならば、最初から〈霊震れいしん〉を使って、とにかく雑魚の数を減らすのだ!それから一番強い奴との一騎討ちに持ち込めい! 残った雑魚は勿論……我が引き受ける、以上だ!」


「……了解!」

 アタシは、背負いし白亜の大刀を正眼に構え、仙気を込め「忉利とうりに座する天帝よ!」と叫ぶ。


「…!…くぅ」

 一瞬だけ、視界が暗転しかける…。


 恥ずかしながら アタシはまだ、この最強クラスの魔術武器群、通称 〈英雄具ヒロイックナンバーズ〉の一つ…。

 …〈金剛杵ヴァジュラ〉の機能を十分には扱えない。

 精々せいぜいが、第二形態止まり。

 第一形態であるさや(大理石製の大蛮刀)の状態から、透明な刀身を有する優美な大太刀に変化させるまでしか出来ない……ちなみに。


 第三段階は、つかが極端に伸び 長巻き(大薙刀)状になる のだけど、アタシは一度も……その形体変化には 至っていない。


青睡蓮しょうすいれんと呼ばれる蒼い虹彩内に…花びらの様な 紋様を呈する、不思議な瞳。


 〈金剛杵〉の…元の持ち主でもあった『イケスカない女』が、この武器を渡す際に 見せたのを 一度だけ見た事があるだけなのだ。


「……はあ」

 つい、情けなさで溜息が漏れるが 敵は目前だ。


 続けて「…調伏ちょうぶくせよ!」とアタシは吠えつつ、刃をかたどる稲妻を 敵に振るう!


 障害物もなく、間合いの至近に達していた最前列5体の軽装武者は 跡形もなく四散…。…その後列5体も……同じく、後列組の上を跳躍して交わし…。


「左右両端の奴、まだ動ているぞっ!!」


「…!?」

 姉からの警告に即反応し…。

 …後背方向に意識を向け、大きめの雷霆を放出。


 グルッガ!…ハウオォオォオォーーンン…ン…!!


 〈鵺〉…。

 …アタシの 異名の由来となってる、獣の遠吠えみたいな放電音。


 我ながら、相変わらず奇妙な雷鳴だ、と思いつつ…。

 …かつ、それを聞き流しながら雷撃で得た その衝撃を推進力に、高台を仁王立ちで陣取る〈剣豪級(仮)〉他二体のもとへ駆け上がる。


 そこには、既に細身の中型剣を抜き 半身を反らし、かなり特殊な 低い態勢で待ち構えている剣豪級(仮)が…。



 …アタシを待ち構えていた。

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