第22話 光輪

 ミントとゼラの出合いから一週間、二人は再び顔を合わせていた。もちろん、偶然の再開等ではない。ミントがゼラの動向を事前にランに調べさせていたのだ。

「やあ、ゼラ。元気か?」

「ミントさん! はい、元気です!」

ゼラは至って行儀よく、声が大きく、まさに良い子そのものであった。

「それは良かった。ところで、少しいいかな?」

「はい、なんですか?」

「ちょっと頼みというかね。少しここじゃ話しづらいから、そうだな……私の家でいいかな? 近くなんだ」

「はい、大丈夫ですよ」

ゼラはほとんど時間を置かずに即答したが、ミントはそれに対して少し戸惑っていた。

「えっと、その……自分で言っておいてなんだけど、そんな二つ返事で付いて来ていいのか? 絵面的にはほとんど誘拐だしこれ……」

「あはは! 大丈夫ですよ! あなたが悪い人じゃないことくらい知っていますから」

ミントは髪を弄りながら、ううむ、と唸り、目の前の女児の純朴さと素直さに少し危うさを感じるのだった。


 ミントの自宅は、どうにも殺風景なものだった。装飾らしい装飾は無く、家具も必要なものが必要な場所に置いてあるのみ。特徴といえば一つの大鏡と、大量の化粧品が置かれた化粧台、そしていくつかのトレーニング用具だった。

「物が少ないですね……あっ私こういうのなんて言うか知ってますよ! たしか……ミニマリストさんですよね!」

「はは、別にそういうわけじゃないよ。たしかに物が少ないと、片付けるのが楽で良いけど、私はそれに拘ってはいないよ。まあ、お金の掛け方の問題かな。可愛いぬいぐるみとかも嫌いじゃないけど、それよりも買いたいものがあるってだけ。化粧品とかね。揃えると結構高いんだよ?」

ゼラはミントの言葉を聞いているのかいないのか、化粧台の上に並んだ瓶や道具を、へえーと声を出してまじまじと見つめていた。


 次にゼラは、トレーニング用具に目をやった。マットにダンベル、握力グリップ等が置いてある。化粧台とはうって変わって、彼女がイメージする女性の部屋とは異なる物体に興味をひかれたのだ。

「それが気になる? でも触っちゃダメだよ、危ないから。そのダンベルは重さが四十キロあるし、グリップは握力が最低でも五十キロはないと動かない。子供が触るものじゃないよ」

その規格は、およそ普通の女性が扱うものではないどころか、並みの成人男性でもそうそう用いないような代物だが、ミントは普段、これを使っているのだ。先日の暴走で見せた、子供とはいえ人間を片手で振り回すほどの怪力を証明しているかのようだ。


 ゼラが一通り部屋を見渡し終えた後、ミントは部屋中央のローテーブルの横に座り、手招きをしてゼラを横に座らせた。

「それで、お話ってなんなんですか?」

「キミはヒーローになりたいんだって言っていたよね。人を助けたいんだって。そこで、私からお願いだ。この街の夜の平和を守ってほしい」

「夜の……ですか」

「そう。知っているかもしれないが、夜になると、力比べだなんだと言って、騒ぐ連中が多くてね。別に勝手に楽しんでいる分には良いんだけど、人に迷惑をかけるのなら話は別。時折ちょっと度が過ぎているのがいるから、そういう連中をこらしめてほしいんだ。私は……知っての通り危険だから」

ミントの願いを聞くゼラの表情は暗い。不安や恐怖というよりも、何か、言いたいことがある、という顔だ。

「えっと、その……私を頼ってくれるのは、嬉しいんです。でも…………実は私、夜は戦えないんです」

ゼラは申し訳なさそうな顔でミントを見る。しかしミントはこの告白に対して全く動じない。なぜなら、これも全て想定済みだったからだ。


 ゼラの能力が光の吸収と開放であることは、既に把握済み。そして先の戦闘での、太陽の力を借りるという旨の発言から、ゼラが太陽光の及ばない場所や時間での戦闘が不可能、あるいは大幅に弱体化することは予測済みだった。


 ミントはおもむろに立ちあがり、化粧台の前に移動して、引き出しから何かを取り出した。そして取り出したものを握り、ゼラに手を広げるように促すと、その手の上にそれを置いた。

「これは……指輪……ですよね?」

ゼラが手にしたのは、一つの指輪だった。控えめな銀色に光る本体に、星一つ見えない夜空のような黒の宝石が取り付けられている。

「ただの指輪じゃない。それはキミに新たな力を与える物。具体的には……私の光の力の一部が封じられている。それがあれば夜でも戦えるはずだ」

ゼラは指輪をつまみ上げて、様々な角度から見ては頻繁に瞬きをした。

「それってつまり……変身アイテムってことですかぁ!? そうでしょ! そうなんですよね!!」

「へ? ま、まあそう、なるのか……? ああいや違う! 変身とか、そういう機能は備わってない!」

突然息巻いて笑顔になるゼラに怯むミント。この反応は全くの予想外だったのか、すぐに訂正したものの、適当な返事をしてしまった。

「じゃあ、パワーアップアイテムってことですね! すごい! すごくそれっぽい! ああ、どうしよう、決め台詞に、ポーズに、色々考えないと……」

「いや、ゼラ? ゼラちゃん? ちょっと話は最後まで聞こうか? ね?」

ゼラは、はっと目を見開いてミントを見る。現実に引き戻されたゼラは、顔を手で覆って小さな声で返事をする。指の間から覗く肌や耳は、真っ赤に染まっていた。


 仕切り直しと言わんばかりに、ミントは数回咳ばらいをして話を続けた。

「それでだ、要するにその指輪はキミの言うようにパワーアップアイテムなわけだが……当然そう易々と使える代物ではない。何せ私の力なんだ。そこらの木の棒を持って振り回すのとは訳が違う。」

ゼラの顔に真剣さが戻る。ミントの力の凄まじさを、実際に目の当たりにしたゼラには、その言葉の意味がわかる。

「私に……本当に使えるんでしょうか?」

「ふ……そう思ったから渡すんだよ。キミは力の制御に関しては私より優れている。きっと上手く使えるはずだよ」

ミントはゼラに優しく声をかけて、頭をそっと撫でた。


 人は心にも思っていないようなことを言う嘘には敏感に反応するが、そこに本心が混ざっていると、途端に見分けられなくなる。ミントの言葉と行動も、自分のためにゼラを利用するための嘘であると同時に、彼女に期待する心は本物であった。それ故に、ゼラはミントの言葉の裏に隠れた思惑を見抜けなかった。


 「さて……その指輪の力は私のものだが、使うのはキミだ。故に、使用にあたってはキミの制御能力を今の状態よりも高めなければならない。現状はあくまで素質があるだけ。今のままではその指輪を使ってもまともに戦えないだろう……そこでだ、キミが望むのなら、稽古をつけてやってもいい。能力の制御は感覚的なものではあるが、ある程度は教えられる。さあ、どうする?」

その問いに対して、全く間を置くこと無く、ゼラは言葉を返した。

「お願いします! ミントさん! いえ、師匠!」

「ああいや、そういう呼び方は別にしなくても……」

言いかけたところで、ミントは黙ってしまう。ゼラの目に灯る真っ直ぐで澄みきった光に怯んでしまい、師匠呼びを受け入れることしかできなかった。


 数日後、ミントはラン、ロメリア、そしてゼラの三人を、ラン達が拠点に使う廃屋に集合させた。集合の目的は三人の顔合わせと同時に、ゼラの実戦訓練のためだった。


 廃屋内にはランとロメリアが先に入っていて、ミントとゼラは後から来るのだという。二人を待っている間、いつものように菓子をつまんでいると、ロメリアがランに向かって不機嫌そうな声で話しかけた。

「ねえラン、そのゼラって子さあ、なんか随っ分ミントさんに気に入られてるっぽいけど、何なのいったい?」

「何なのってそりゃあ新戦力だよ」

「ただの? んなわけないでしょ。ただの新入りにあの人が同伴なんてことある? 無いでしょ。それもこんな汚いとこにさあ」

紙パックジュースのストローをガジガジと噛み潰して、いつもより数段低い声を出すロメリア。

「なんだよ。嫉妬かい?」

特に親しいわけではないが、共に行動しているだけあって、ランは彼女の考えはおおよそ察せるようになっていた。

「はあ? いや、あー……まあ確かに待遇の差に不満はあるわ。嫉妬って言うのかは知らないけど」

「まあ、待遇の差は致し方なしってやつだよ。なんせあの子は切り札なんだ。最終的には僕らは完全に越えられる算段らしいしね」

「ふぅーん……用済みの役立たずは消えろーなんて言い出さなきゃいいけど」

ロメリアは頬杖をついて、髪を指に巻き付けては解きを繰り返していた。ランでなくとも、誰が見ても落ち着きが無くそわそわしているのがわかる。時折部屋の入り口を眺めたり、ちょっとした音にも反応して動きが止まる。その様子は警戒状態の小動物のようにも見える。


 古い床板を踏みしめる音が聞こえる。自分達のものではない。一人分ではない、不規則なリズム。いよいよ来たか、と立ち上がって背筋の伸びるロメリアと、それとは対照的にランは依然ふてぶてしく座っている。


 すっかり古ぼけて動きに滑らかさの無い扉が、ぎりぎりと音を立てて開かれる。ドアノブを掴むミントの姿が見えると同時に、小さな影がその脇を抜けて部屋の中に入ってきた。

「わあーすごい! 秘密基地みたいですね!」

駆け足で扉をくぐったゼラが、首ごと視線をあちこち動かして辺りを見て叫ぶ。

「あっはじめまして! 私はゼラと言います。よろしくお願いします!」

ランとロメリアの存在に気がついたゼラが、これまた大きな声で挨拶をする。

「ああ、よろしくね」

「よ、よろしく……なんか、全然イメージと違うんだけど……」

ロメリアのイメージというのがどのようなものだったかは不明だが、ともかく予想だにしない元気と勢いに圧され気味であった。

「師匠ー! 早く早く!」

「……」

ゼラはぴょんぴょん跳びはねながら手招きをするが、ミントの足取りはどうにも重い。

「掃除くらいしとけこの馬鹿共……!」


 この廃屋はランとロメリアが使ってはいるが、常駐しているわけではないこともあって、掃除は非常に雑に行われていた。視界の端に菓子袋の切れ端が落ちていたりする。辛うじて虫が湧かないという程度であり、端的に言ってかなり汚い。潔癖のきらいがあるミントには耐え難い状態だろう。


 しかしミントには現在部屋の清潔さよりも気にすべきことがある。最優先なのはゼラを一刻も早く戦力として使い物になるようにすること。多少のゴミなどを気にしている場合ではない。


 ミントは自分の傍にゼラを立たせ、その頭に手を置いた。

「さて、この子が新入りの……さっき自分で名乗っていたか。この子が私たちの新たな力。状況を覆す切り札となる力を秘めている!」

すぐ横で自分のことを力説されて得意げなゼラ。芸を誉められる犬のように表情が緩みきっている。

「この人達と私の三人で、夜に暴れる悪い人たちをやっつけるんですね!師匠!」

「そういうことだ……まあ、その……厳密には悪い奴らというわけではないんだが、少し調子に乗ってて周りが見えていないから、灸を据えてやろうということだ」

息巻くゼラを尻目に、ミントはランとロメリアを睨む。視線で圧をかけているのだ。話を合わせろ、と。


 ミントはゼラに自分の真意を語っていなかった。彼女自身、自分の考えが身勝手なことである自覚があったからだ。ゼラのような純真で正義感の強い子供は、決して自分にはついてこない。かといって力に屈する相手でもないことを知っている。故にミントは、目的を話さずにゼラを仲間にした。用意したのはヒーローごっこ。指輪の力を使って、不良共をやっつける。いかにも子供が喜びそうなシナリオだ。そして、ゼラはやがて多くの人間に知られる存在となり、彼女こそが『星滅』の正体だったということにする。それがミントの考えた筋書きだった。


 「さあ、ゼラ! 指輪の力を使いこなせるよう、練習を始めようか! ラン! キミが相手をしろ!」

ミントはいつになく明るい声で言った。この時、エミィの前以外では殆ど凍り付いた顔をしている彼女が、珍しく笑顔を見せていた。

「上機嫌だねえミントさん。そんなに弟子が可愛いのかな?」

ランはゆらりと陽炎のように立ちあがると、両手に布の塊を持って床を踏み鳴らした。細いながら筋肉質な腕や肩に陰影が浮かび、飄々とした普段の様子とは、うって変わって力のこもった戦闘態勢だ。

「ゼラ、彼には本気で来るよう言ってある。わかっているとは思うが、強いぞ」

「はい……!」

ゼラは頷くと同時に、右手を顔の前で握り、中指に着けた指輪の宝石を左手の人さし指で触る。そして拳を胸の前に持って来て叫んだ。

「光の力、お借りします!」

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