第20話 胎動する凶気

 いったいどこから現れたのか、ランはミントの背後に立ち、静かに笑っていた。

「中々貴重なものが見れて、僕は大満足ですよ。私はいったい何を――」

ランはわざとらしく、大袈裟にミントの言葉を再現してみせた。それに対して、ミントはなんとも渋い顔をして、ランに聞こえるようにため息をついた。

「やめないか。まったく、いつから見ていたんだ?」

「起きる辺りから。声の出し方とかが、ちょっとわざとらしいかな? って思ったんですけど、大丈夫そうで何より」

ミントが振り返ってランの目を見ると、彼は満足げな笑顔でミントの目をただ真っ直ぐ見つめてきた。底の見えない黒の瞳からは、何も読み取れない。


 「それで、大芝居を終えて今のご気分は?」

「気分だって? 最悪もいいところだよ。髪は汚れるし、顔に傷は付くし、全身痛い。いろんなところを虫に刺された。多少はゼラが治してくれたが……」

最悪だ。そう言うわりには、ミントの顔に苦痛は表現されていなかった。

「それはそれは。随分嬉しそうな最悪で」

「これが喜ばずにいられるか! 私は希望を見つけたんだ! これで全て片がつくんだ。ロメリアにも伝えておけ! 私は勝利したと! あははははは!」

ランが喋り終わるよりも先に、ミントは早口で喋り、狂ったように笑い始めた。

「ゼラ!! キミは確かに、紛れもなく! 私のヒーローだ! 救世主だ! あはは! なんていい気分なんだ!」


 ひとしきり笑い終えた後、ミントはランの存在を無視して、フラフラとした覚束無い足取りで去っていった。

「いやあ、まったく。弱々しいものってどうしてこうも愛でたくなるのかなあ……」

ランは目を細めて、遠くを見るようにしたそう呟いた。



 後日、ミントはエミィ宅にて、事のあらましをエミィに説明した。


 二人は隣り合って椅子に座り、紅茶を啜りながら話していた。

「そんなことが……でも、どうしてそんな、トラブルにわざわざ……」

「そう。それで、本題はここから。どうしてあの場に行ったか、なんだけど」

ミントは紅い水滴がわずかに残るカップをしばらく眺めた後、エミィの顔を見つめて言った。

「私は、あの子に『星滅』を継がせようと思う。あの子を『星滅』として活動させる」

「そんなこと出来るの? それに噂との整合性が……」

「大規模な光を扱うオーバースペックなら、『星滅』の噂とも整合性が取れているし、戦闘力も素質がある。アキラにも遅れを取ることはないと思う。それで、そのための計画なんだけど、私の見立てではゼラは――」


 「何を言ってるの……? ミント、本気なの?」

エミィはミントの肩を強く掴んで、倒れこむようにミントに寄りかかった。

「エミィ、あなた今、そんなのかわいそうだって思ったでしょ。何が? どうしてかわいそうだって言うの? 子供だから? そういうのは良くないよエミィ。ゼラは戦いを恐れてはいない。むしろ戦いたがっているくらいなんだよ? そう確か……ヒーローになって人を守るだとかなんだとかでね。せっかくやりたがってるのを止めちゃ、それこそかわいそうだよ。大丈夫。誰も傷付いたりしない」

「お願いミント、冷静に考えて! 大丈夫なわけないでしょう! あなたは自分の能力の強さを、嫌と言うほど知っているはずでしょう! それをそんな……」

エミィは掴んだ肩を前後に揺する。しかしミントの目は一切表情を変えない。


 ミントはおもむろに立ちあがり、エミィを睨んで声を荒げた。

「じゃあ何! そんなに嫌なら、私を止めてみる? ドラマみたいに、金切り声をあげて、みっともなく泣きわめいて平手打ちでもしてみる!?」


 しばらくの静寂の後、ミントは再び座り、エミィの肩を抱いて自分の体に引き寄せて話を続けた。

「エミィ、大丈夫だよ。きっと成功させる。これで全部が丸く収まるはずだから……」

大丈夫。それはエミィが不安がるミントに対して、繰り返し言い続けた言葉。しかしミントから発せられた同じ言葉は、エミィを安心させることは決して無かった。



 ランは拠点の廃屋にロメリアを呼び出した。ロメリアは髪を下ろしていて、武装をしていない状態だった。心底嫌そうな顔で椅子に座ると、足を組んでそっぽを向き、露骨に機嫌の悪さを主張する。

「あのさあ、あたし今日はこっちの活動はしないって言ったはずなんですけどぉ?」

「まあまあ、そう怒らないでよ。本当に重大発表だからさ。」

ランは火急の用である、と伝えてロメリアを半ば強引に連れてきたのだ。余程重要な事柄であるのは彼女も理解していたが、それはそうとして不愉快であるのには変わりはない。


 機嫌を損ねた人間の相手を長々としたくはないということか、ランは早々に本題を伝えることにした。

「新メンバー加入のお知らせだよ。ミントさんに意見が通ったみたいでね。即戦力とはいかないみたいだけど、相当なレベルらしい。最終的には僕らを完全に超える。まさに最終兵器ってやつさ」

ロメリアは足を組むのをやめて、背けていた顔もランに向き合わせた。

「ねえ、その……新しい仲間って、どんな子なの?」

自分を苦しめる『星滅』にまつわる一連の出来事に終止符を打つ切り札。それが手に入った知らせだというのに、ロメリアの表情は暗かった。

「たしか、十歳かそこらの女の子だったよ」

それを聞くとロメリアは天井を見上げて、長く大きなため息をついて、再びランに向き直った。

「もうやだ……よりによってそんな子供を脅して……」

「安心しなよ。関係は良好らしいからさ。脅したりはしていない。」

「はあ、だといいんだけど……」


 ロメリアはしばらくの間、落ち着きなく視線をあちこち動かし、服の裾を握っていた。ランは妙にそわそわした様子のロメリアを不審に思い、声をかけた。

「どうかした? 何か言いたげに見えるけど?」

ロメリアは依然黙っている。何かを言うべきか否か迷っているようだ。

「新入りのことかい? さっきも言った通り、キミみたいにぞんざいな扱いは受けてないから安心しなよ。まあ、ロメリアとの関係の築き方は、失敗だったって判断なのかもね。僕はあの人じゃないから、実際のところはなんとも言えないけどさ」

「失敗……うん、そう。まあ、いいんだけど、それは……」

ロメリアはその後、何かを言いかけて、やっぱりなんでもない。と言って、それきり喋らなかった。

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