第19話 交差する光

 草の揺れる音と、少女が肩で息をする音。それ以外には何も聞こえなかった。ゼラは勝利したのだ。

「やっ……やった……!」

しかしグズグズしてもいられない。ミントは倒れて動かないが、再起不能なダメージを与えたとは考えにくい。いつ起き上がるかわからない。ゼラはすぐに次の行動に移った。


 倒れた少年を引摺り、彼らを一ヶ所に集める。幸いリーダーの小太りの少年以外は、大して太っているわけでも筋肉質なわけでもなかった。

「うぅ……んしょ! お、重い……」

しかし小さなゼラにとってはそれでもかなりの大荷物だった。


 「はぁ……はぁ……よし、これで……!」

ゼラは光で彼らを包み込んだ。春の日差しのような、柔らかく、エネルギーに満ちた、暖かい光。

「うぅ……」

彼らが光の中で目を覚ますと、傷が塞がるとまではいかないが、出血は少量になり、痛みが薄れていた。


 「生きてる……俺達生きてるぞ!」

「お、お前が助けてくれたのか?」

「女神だ……お前は俺達の女神だ!」

「下らないことを言ってる元気があるなら、早くこの場から立ち去ってください! 脅威はまだ去ってはいないのです。いつ彼女が再起するかわからない以上、これ以上あなた方の治療に時間は割けません。立てるだけの処置はしたはずです。さあ、早く!」

ゼラの剣幕に圧され、そそくさと逃げ去っていく三人に対して、付け加えて忠告をした。

「それと、今起きたことは、決して誰にも話さないように。特に彼女の事は絶対に他言無用ですよ。興味本意で接触を試みる人が出てきたら、またあなた方のように危険な目に合うかもしれませんから。」

「ええ!? そ、そうは言うけど、この怪我母ちゃんになんて説明したらいいんだよ!?」

「そうだ! 後でお前が完全に治してくれたら、それで……」

そう言いかけたところで、ゼラは大声で言葉の続きを掻き消した。

「知りません! 野良犬に襲われたとでも言っておきなさい! そもそも女性に、いや、女性でなくとも、人に物を投げつけて怪我をさせるなど言語道断! 恥を知りなさい! 残りの傷は天罰だと思って持ち帰りなさい!」

ゼラが怒鳴ると、少年らは蜘蛛の子を散らすように、散り散りに去っていった。


 「さて……それにしても、いったい何なのでしょうか、この方は……?」

ゼラは倒れたミントの顔を覗きこんだ。突然現れ、突然暴れ、暴虐の限りを尽くしたこの人物に、ゼラは全く心当たりが無い。

「そういえば、暴れ出す直前に、私に話があるとかなんとか言っていたような……とりあえず起きてもらわないことには、話が進みませんが……」

心当たりが無い以上、本人に訊くしかない。しかし、果たしてまともに話をしてくれるのかわからず、ゼラは起こすのを躊躇していた。


 あの三人組から取り返したボールを、早いところ元の持ち主に返してやらなければ。そんなことを考えていると、ミントの指が微かに動いた。

「うぅ……ん……」

妙な艶っぽさを、幼い少女であるゼラにも感じさせるような、そんな声だった。だがそれどころではない。ゼラの中で、心臓がぎゅっと締め付けられるような緊張が走る。一度気絶したことで、彼女が冷静さを取り戻してくれればいいが、そうでなければ――


 「っ痛た……あれ、キミは……?」

目覚めたミントは、さっきまでの暴れぶりが嘘のように大人しく、ゼラに攻撃してくるどころか、むしろ穏やかささえ感じられた。

「もしかして、さっきのことを覚えていないんですか!?」

「さっきの……? 私はいったい何をして……? ええと確か、何か強い光が見えて、それがなんなのか気になって来て、そしたらここにキミが……」

ミントは顔を押さえながら、自分が覚えていることを順を追って話した。その時、手に何か違和感を感じた。何か妙な感触が伝わってきた。

「なにこれ……傷……?」

ミントは自分の頬についた傷の存在に気がついた。そしてそれを見たゼラは背筋が凍った。彼女は今度こそ暴れ出す。そう感じたゼラはミントから距離を取ろうとした。


 だが、結果的にそれは無意味であった。ミントはゼラの予想に反して、傷の存在に気付いても一切暴れることはなかった。

「傷……まさか私、また暴走を……!?」

「暴走……ですか。少し、詳しくお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」

ゼラはミントの側に静かに歩み寄ると、そっとしゃがんで、続きを言うように促した。

「もし話しにくいことであれば、言わなくても結構ですが……」

「いや、話すよ。……私は、異常なほどに強力なオーバースペックを持っているんだ。それこそ、人なんか簡単に殺せてしまうような」

「はい……私も見ました。あの恐ろしい力を。圧倒的という他ない、凄まじい戦闘力でした」

ゼラはついさっきの光景が脳裏を過り、震えそうになるのを抑えていた。あれほどの力の持ち主を押さえ込めたのは、偶然に過ぎない。本来であれば、あの後自分はどうなっていたか。今になってその恐怖が襲ってきたのだ。

「あんな力、いったい普段はどうしているんですか?」

「普段は使わないようにして生活しているし、制御もできる。だから特に問題はないんだけど、ただ……子供の頃から、怖い思いをしたときとか、危ない目に会ったときとかに、回りを無茶苦茶に攻撃してしまうんだ」

「そうですか……あの性格の凶暴化も、一時的な防衛反応というわけですか」


 ゼラはミントの一連の行動に対して、ある程度理解した。自分の身に危険が迫ったときに、極限の攻撃性によって自身を守る力。それが彼女の強さと、恐ろしいまでの容赦の無さの根底にあるものであることを。


 その後、話を続ける中で、ミントはあることについて質問した。

「なあ、私が倒れていたってことは、キミが止めてくれたんだろう? その……怖くなかったのか? キミ一人だけでも、逃げ帰ることはできたはずなのに、どうして……」

「私、ヒーローになりたいんです」

一瞬間を置いてから、ミントは聞き返した。

「ヒーロー?」

「そう、ヒーロー。私のこの力で、困っている人を助けたいんです! 能力の扱いがうまい人達の中にも、悪いことをする人はいます。そういう人達から弱い人を守る。私の力なら、それができるはずなんです」

そう語るゼラの目は、鏡のように強く輝いていた。

「でも、まだまだ上手く扱えなくて……あなたを傷付けた人達も、本当なら、私がどうにかしなければいけなかったのに……私がもっと強ければ、あなたを暴走させることもなかったのに……非力な自分が情けないです。あなたを止めることができたのも、マグレでしかないですし……」

そう言うと今度は伏し目で泣きそうになっていた。感情豊かな子供らしさと、自分を見つめる冷静さを併せ持つゼラに戸惑いつつ、ミントは優しく語りかけた。

「いや、私の暴走は私の責任だよ。キミのせいじゃない。それよりも、暴れ狂う私を前に逃げることなく、キミは実際に止めてみせた。マグレでもなんでも、その勇気がヒーローの証だよ。」

ミントがそう言ってゼラの頭をそっと撫でた瞬間、ゼラの目から大粒の涙が零れ落ちた。

「ありがとうございます……私、頑張ります! もっともっと強くなります! そして、なるんです! みんなが頼る本当のヒーローに! 私がいるから安心できる、そんなヒーローに……」

泣いたかと思えばまた笑顔で希望を語り出す。そんな目まぐるしく変わるゼラの表情に、ミントはついていけていなかった。



 日も傾き、茜色を帯びてきた。ミントとゼラはすっかり打ち解け、互いにまた会おうと約束していた。

「それでは、私はこのボールを、元の持ち主の子に返さねばならないので、もう行きますね。ミントさんがもし暴走をしてしまっても、確実に止められるくらい……いえ! もうあなたに暴走なんてさせないようにしてみせます! 悪は私が許しません!」

「そう言ってくれて嬉しいよ。私も、自分の力を、心を、うまく制御できるようにしないとな。困ったことがあったら、遠慮なく頼ってくれ。私はキミの味方だ。応援しているよ、ゼラ」

ミントはその場で立ったまま、ゼラは走りながら、時々振り返って、互いに手を振って別れた。


 ゼラの姿が完全に見えなくなると、突如どこからか拍手の音が聞こえてきた。一人分の、大袈裟な音だった。

「上演お疲れ様でした。ミントさん。即席の芝居にしては上出来でしたよ」

「人の渾身の名演を盗み見とは、随分な趣味じゃないか、なあ、ラン」

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