第18話 光の嵐

 ミントの、かの『星滅』の一撃によって、取り巻きの少年の一人が十数メートル先へと吹き飛ばされた。その様を見て唖然とするもう一人の取り巻きと親玉。彼らはようやく理解した。さっき感じたもの、それは後悔であったことを、絶望であったことを。今目の前にいるのは、ただの大人ではない。ただの能力者ではない。決して触れてはならないものに触れてしまったのだと、強制的に理解させられたのだ。


 「い……痛えぇよぉ~! うう、いっぱい血が出てるぅ……お、俺、どうなっちまったんだぁ~!?」

「だ、大丈夫か……うわぁぁ!」

健在の二人が殴られた少年に駆け寄ると、そこには背筋が凍るような光景が広がっていた。歯は数本吹き飛び、顔は真っ赤に腫れ上がっている。数時間後には大きな痣が顔面左半分を覆うだろう。だがそれよりも恐ろしかったのは傷口だった。まるで巨大な返しのついた銛で突いて、力任せに引き抜いたように、広い範囲がズタズタに裂けた、おぞましい傷から大量の血液が流れ出ていた。

「おっとぉ、つい力が入ってしまったなぁ~! まったく私としたことが、大人げないことをしたなぁ~! ここは二百分の一の力の場面だったか? それとも一千分の一だったか? だが安心しろ。私の手は、少なくとも錆びた空き缶よりは清潔だよ」

ミントはわざとらしい喋り方で怒りを表し、彼らの恐怖を煽る。彼らは外敵であり、殲滅対象として認識されたのだ。


 リーダーである小太りの少年が、ミントから距離を取った。


 お前など容易く捻り潰せる。言葉ではなく、態度、仕草からそう伝わってくる。だが、彼らは最早後には退けない状況にある。

「お前なんか……お前なんか怖くねえ! うあああああ! ウエイト倍加ぁぁぁ!!」

魂の叫びと共に繰り出される突進。危機的状況が生み出す、所謂火事場の馬鹿力というものだろうか、先程ゼラを弾き飛ばしたそれよりも、さらに数段上の勢い。まともに食らえば一撃で勝敗が決まると言っても過言ではないだろう。


 勝敗は、確かに決まった。通常であれば、あり得ない形で。

「嘘だ……こんな……」

ミントは突撃してきた小太りの少年を、あろうことか片手で受け止め、さらには本人の言葉を借りるならば、ウエイト倍加によって百キロ近くあるという体を、これまた片手で持ち上げ始めた。少年は頭を万力のような力で掴まれ、徐々に体が浮き上がる。そして一気に頭上に掲げられ、地面に叩きつけられた。


 小太りの少年は受け身も取れず全身を強く打ち、呻き声を上げてのたうち回っている。ミントはそこにさらに顔面を、地割れを起こすのではないかという程の力で踏みつけて追撃する。

「汚い声を出すんじゃない」

ミントは呻きに対して不快感を顕にし、踵で喉を踏みつけ、気道を塞いで声が出せないようにした。


 ミントは自分の足元にあるそれを、足の方を掴んだ。バタバタともがいて抵抗されるが、意に介せず引き摺るように持ち歩き、先程のズタズタになって突っ伏している少年の前にまでやってきた。

「いやあ、キミ達は実に親切だ。ちょうどいい蠅叩きまで提供してくれるなんて……なあ!」

掴んだ小太りの少年を振り上げ、取り巻きの少年を力任せに殴打する。飛び散る血飛沫はどちらのものか判別などできないが、その量は目を背けたくなるほどだった。


 二人が蹂躙される中、もう一人いた取り巻きは、腰を抜かして震え上がり、歯を小刻みに打ち鳴らしていた。

「あ……ああ……化け物……!」

上がらぬ腰を引き摺ってその場から立ち去ろうとする。だがそれを見逃してもらえるわけはない。

「逃がしはしない……!」

ミントは手に持った小太りの少年を振り上げ、逃げる相手に狙いを定めて投げ飛ばした。彼には抵抗する意思など残っておらず、ピクリとも動かず、されるがままに宙を舞う。


 体当たりなどの比ではない超高速で突っ込んでくるそれを、腰を抜かしたまま避けられる道理など存在するはずがない。受けられる道理もまた存在しない。出来ることはただ一つ。刹那を怯えて過ごす。ただそれだけだった。


 「すごい……なんて強さ……でも、止めなくちゃ! このままじゃ……」

ゼラは鈍く痛み、軋む体を強引に動かした。肺いっぱいに空気を吸うと、胸がひどく痛む。それでも力一杯叫んだ。

「もうやめてください!」


 だがミントは止まらなかった。ゼラとの接触という当の目的すら忘れ、ただただ怒り狂っている。

「やめる? 何故? 私は敵から身を守っているだけじゃないか」

言葉には反応し、応答もするが、語気からは微塵も冷静さを感じられない。

「でも……このままじゃ、このまま攻撃し続ければ、彼らは死んでしまいます!」

「死ぬからなんだというんだ! この虫ケラにも劣る屑共の命が砕け散ったところでなんだというんだ!」


 ゼラは悟った。ミントは既に正気ではないことを。感情に、怒りに支配されていることを。自分の言葉など届かないことを。いったい何が彼女をこうまでさせるのか、それはわからなかったが、こうなってしまった以上、戦うしかない。しかし勝算など無い。あるはずがない。拳一つで裂傷を負わせ、百キロの体を片手で受け止め、棒切れのように振り回す。片や自分はその棒切れに弄ばれ、今なお息絶え絶え。結果は火を見るより明らかだった。


 だが、それでもゼラは退かなかった。退けないからではなく、退いてはならないと感じたからだ。先の攻防からして、まず攻撃が当たるかどうかすらも怪しい。だが当てなければならない。出来ないは理由にならない。

「……そもそも、突然現れたあなたは何者か、なぜそれほどの戦闘力を持っているのか、なぜ顔を傷付けられたことにそれほどまでに怒るのか。わからないことだらけです。ですが! それを考えるのは後です! 今はただ、あなたを止める! ただそれだけです!」



 目が眩む程の青空に手を伸ばし、ゼラは祈るように目を閉じた。


 チャンスは一度だけ。失敗は出来ない。倒せなくてもいい。せめて、自分に注意を向けさせるだけの一撃を。


 狙った所に攻撃する……一度だって成功したことはなかった。それでも……!


 「太陽さん! 私に力を貸してください!」


 ゼラが叫んだその直後、一瞬。ほんの一瞬だけだが、周囲が影の中のように暗くなった。そして、ゼラの掌には小さな太陽のような、光の球が輝いている。

「これは……! この力は……! やっぱりそうか! 光の……」


 次の瞬間、ミントは光の嵐に呑まれた。

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