第16話 光明

窓から朝日が差し込む。

小さな部屋が柔らかな熱に満たされ、それに力を与えられるように彼女は動き出す。

「……落ち着かない。ざわざわする……またエミィの所に……いや、あの子今日は仕事だっけか……」

ミントは掛け布団を巻き込みながら、胎児のように丸くなって目を細める。

未だかつて感じたことがないほどの心細さだった。寂しいとは少し違う。怖いとも違う。ただただ、自分の弱さを痛感する。そんな時間が過ぎる。

ベッドの中では不思議と考え事が捗る。今現在、彼女の頭にあるのは、アキラ達のことだ。彼らがもっと邪悪であってくれれば、彼らがもっと憎んでも憎みきれないほどの鬼畜であったならば、一撃のもとに粉微塵にして、八つ裂きと言わず消滅させてしまうのに、なんの躊躇もなかっただろう。しかし、偵察などの名目で彼らと交流すると、気さくで、愉快で、思っていたより悪い奴じゃない。ミントはそんな彼らを嫌いになれなかった。それどころか、友人として認めつつすらあった。

しかし、自分が『星滅』だと明かすことはできない。自分をむやみやたらと傷付けるつもりはない。戦いはただの楽しいお遊びだというのは、彼らが偶然そうであるに過ぎない。

ギークと呼ばれる、オーバースペックを用いる異能戦闘者達は、中には多額の金銭を賭けて戦いに臨む者もいる。怪しげな団体の余興か、それとも仲間内の賭け事が過激化したかは定かではない。いずれにせよそういう者にとって、強いこと、あるいは強者を倒したことは、大きなセールスポイントとなる。アキラ達がスポーツ少年よろしく爽やかに自分を迎え入れたとしても、そういった連中が自分を付け狙う可能性はある。「あの『星滅』を倒せば俺も名が売れるぞ」と。

では、どこか密閉した空間で、他の誰にも見られない状態でならば、正体を明かしてもいいだろうか?これにも、ある問題が存在する。戦いの痛みについては、そもそも指一本触れさせないほどに、彼らを圧倒してしまえば済む。問題はそれを可能にしてしまう程のミントのパワー。超常的で圧倒的、そして過剰にも程がある殺傷力。力を抑えれば反撃を許し、痛みに耐えねばならない。―そもそも、抑えたところで殺傷力は高く、彼らを傷付けてしまうことは避けられないだろう。

「……ん?」

ここでミントはあることに気付く。自分がいつの間にか、アキラ達を傷付けることを選択肢から外したがっていることに。

「なんで私があいつらの心配をしなきゃいけないんだ……こんな思いしてるのも、『星滅』だのなんだの騒ぎ始めたあいつらのせいなのに……」

自分の中に、自分の理解し得ない考えが存在している不快感を感じる。そもそも正体を明かす必要など無い。『星滅』など忘れ去られるのを待てばいい。それだけなのだ。

「あいつら、強盗でもしてればいいのに。バーカ……」

ミントは自分で変なことを口走ったような気がした。思ってもないことを言ったと。しかし、本当に思ってもいないことが口から出るはずもないことを、彼女は知っていた。

「誰か……代わってくれないかなあ……『星滅』……」

そんな事があるはずない。それは自分自身が一番よくわかっているはずだ。星を掻き消す輝き、全てを滅する超常の力。アキラにだってそんな事は出来ないのだ。一体だれが代われるというのだろうか。


「はあ……寝過ぎたかな。」

丹念に顔を洗い、髪を梳かし終えてから外をみると、随分日が昇っている。時計に目をやると、針は午前十時を指している。これから起きてどうこうしようというには、少々遅い時間だ。

「どうも調子が狂うな……」

化粧水をつけながら、朝食をどうするか考える。栄養ゼリーで済ませてしまおうか。それとも少し遅らせて昼と兼ねてしまおうか……いずれにせよ、彼女は普段とは違う一日の始まりに、少し不満を感じるのだった。


ミントの住まいには、全身が映る巨大な鏡があった。常に磨きあげられ、綺麗に越したことはないはずの鏡だというのに、過剰であるように思えるほど煌めいている。そんな鏡の前に立ち、己の全身を舐めるようにくまなく眺めるのが、彼女の日課だ。

鏡の前に立ち、ミントは次々と衣服を脱ぎ始めた。一枚、二枚、ついには一糸纏わぬ姿となり、その姿を鏡に映し出す。

なぜこんなことをするのか。それは自分の体を見ていると、体調がわかるからだ。疲れていないか、栄養は足りているか、食べ過ぎていないか……

そして何よりも、勇気が貰える。ミントはそんな気がしていた。

白く透き通り、柔らかな脂肪を薄く纏う美しい肌、絹のように艶やかな髪、女性的な魅力を演出する乳房、そして力を込めると猛々しく筋肉と血管が浮き上がる四肢。

その全てが自信をもたらす。自らを否応なしに肯定させる。生まれ持った素質、そして弛まぬ努力で形作られた、彼女の誇りにして栄光の具現。存在そのものが彼女に力を与える。先の海水浴での異様な程の高露出の理由がこれだった。

「ああ……いけない。時間を忘れてしまいそうだ。……そうだ。これが私なんだ。これが私の愛するもの!誰よりも美しく!何よりも愛おしく!尊い!そしてそれを守護する最強の!絶対の力!誰にも傷付けさせるものか!」

鏡を前にして、ミントは突然叫びだした。

「そうだ……守るため……大切なものを守るため……何も悪いことじゃない……」

自分に言い聞かせるように……


ミントはひとしきり身体を見終わると、服を着替えた。服はいつもの緑がかった黒色のチューブトップにホッとパンツ、白の長手袋に金色の腕輪。彼女が自分を最も美しく見せると感じた服装であり、普段からこの格好をしている。当然ながらかなり目立つ。ギークが自分の存在をアピールするために着用するバトルコスチュームもかくやというほどの主張の強さである。

そんな衣服を身に纏い、外に繰り出す理由といえば、特に何かあるわけではない。強いて言えば、軽めの運動がてら散歩といったところだった。

昼近くというだけあって、外は強烈な日差しが照りつけていた。雲もなく、快晴という言葉がちょうど当てはまるような空模様。

「暑ぅ……日焼け止め足りてるかなこれ?」

そんなことをぼやきながら、垂れる汗を拭きつつ歩いていると、太陽とは異なる光がミントを照らした。

「こんな住宅地で白昼堂々……迷惑な……」

どこかで誰かが戦ってるだけだろう。ただそれだけのことであれば気にも止めなかった。実際、この時ミントは光が一体どこから来ているのか、まるでどうでもいいと思っていた。しかし、続けて二度、三度。さすがに鬱陶しく感じたのか、光が放たれたと思わしき方向に目をやる。

すると建物の隙間から、一本の光の筋、柱にも見えるものが飛び出し、空の彼方へと消えていった。

「あれは……レーザービーム!?」

昼間で目立たず、見えにくくはあったが、確かにそれは収束された光線であった。

アキラのオーラとは全く違う。清らかな白い光。そんな力を持つ存在など、今の今まで見たことも、聞いたこともなかった。

驚きと同時に笑いが込み上げる。ミントはその長い四肢を最大限に動かして、光源へと全速力で向かった。

「ふ……あはは……!もしかしたら、あれなら!可能かもしれない!」

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