第15話 星を滅する者

ミントは冊子を読んでいく中であるトピックに目が止まった。

決して大きくはない、写真や挿絵があるでもない、ほんのおまけでしかない、その小さなスペースが彼女の目を引いた理由。


『星滅』

一部で存在が噂される謎の能力者。

強大な力を持ち、凄まじい光を放つという。

その星の光を掻き消す程の輝きから、

星を滅する者、『星滅』と呼ばれる。

しかしながらその容姿、能力の詳細などは不明。

数件の目撃例があるのみで、半ば都市伝説の類となっている……


―それは、他でもない『星滅』、彼女自身についてのことだったからだ。

腹の底が熱くなる。今すぐにでも顔を歪めたいのをぐっと堪え、決して声が震えぬよう、ミントは一つ質問をした。

「そういえば、キミ達は『星滅』とやらのことを随分気にしているようだが……何か理由でもあるのか?

例えば……そう、恨みでもあるとか。」

当然ながらミントには恨みを持たれる理由など微塵も思い当たらない。

彼女はその力を以て我が身を守ったに過ぎない。

それでも恨みを例えに出した理由は、彼女にとって他人を攻撃対象とする最たる理由がそれであったからだろう。

アキラはビームの構えがどうだの、名前はどうするだので盛り上がっていたが、

『星滅』という言葉に反応して動きを止めて、うーんと唸って質問に答えた。

「いやあ恨みて……んな物騒なもんじゃなくてなあ……

俺ら別に相手がムカつくからとか、潰してどうしてやるとかで戦ってるわけじゃないんだよ。

んーそうだな。ハク姉にも分かりやすく説明するとだな……サッカーはボールが憎くて蹴っ飛ばしてるわけじゃない、って感じか?」

端から見れば喧嘩そのものの殴り合いだが、そもそも彼らにとって、オーバースペックを用いた戦いは、相手を攻撃することが目的ではない。

じゃんけんや腕相撲のような、ただの遊びに過ぎない。競技性を持った、言わばゲームのようなものだ。

ランとロメリアのような―正確には彼らに指示を出しているミントのような、降参した相手に執拗な追撃を加えるといった、

攻撃自体を目的とした行動は異端と言える。

「成る程な……じゃあ、『星滅』に拘る理由は?」

「そりゃあやっぱり、どうせ同じことやるなら、うんとレベルが高い方が楽しいだろ?

なんてったって『星』を『滅する』だぜ?ちょっとキラキラしてるだけじゃこんな大層な名前付かねえって。

きっととんでもねえ強さのやつだ。俺の勘がそう言っている。」

うんうんと頷き、アキラに賛同するのはエレバスだった。

「強者との闘い、すなわち魂の語り合い。これほど心踊る事象はそうあるまい。」

「ま、カッコつけるとそういうこった。強え奴とやり合って、

どうやって勝とうか考えたりとか、自分が知らねえすげえやつが見れるってのが面白いんだ。」

そう言う彼の顔は、ビームについて語る時と同じように無邪気な笑顔だった。

「……フォセカ、キミは?」

深くため息をつきたいのを押し殺し、フォセカへと目線を移す。

「僕は……うーん、なんて言うか、あんまり『星滅』と戦うってことには興味無いんだ。

ただ、気になるかな。どんな人なんだろうって。凄い力を持っていて、そういう自分をどう思ってるのかとか、色々話してみたいかな。

ただならぬ存在ってどういうことなのかな、なんて……」

「合う前からあんまり美化しすぎるなよ。期待外れだった時キツいぜ?」

そんな事をアキラに突っ込まれながらも、『星滅』に対してある種の憧れを持っているのだと語るフォセカ。


そんな『星滅』を熱く語る三人に対して、少々冷ややかな目をしているのはトーガンだった。

「『星滅』探しねえ……物好きだなお前らも。ありゃただの都市伝説だろ。もっと言えば風の噂だ。」

「なんだよ、毛根と一緒に夢とロマンまで死んだか?」

「俺の毛根は死んでねえ。剃ってんだよこれは。……ってそうじゃなくてだ。

その『星滅』が仮に実在して、光の力ってのがただの目眩ましとかじゃなくて、

バリバリ戦闘向きの超絶パワーだったとしてだ。戦おうぜっつって応じる率がいくらあると思うよ?

内容がビームだかパワーアップだか知らんが、使えば星が見えなくなる程光るなんて代物、

どう考えたってどこかで戦ってれば一発で判る。

それが目撃例が最初の一回以降無いってなると、戦う気が本人にねえってことだろ。」

「じゃあ、勧誘文句も考えとかねえとな!」

『星滅』との接触が現実的でないと、長々と説明したにも関わらず、一切悩むこともなくアキラはそんなことを言ってのける。

トーガンもこの返しは予想外も予想外。ずっこけるばかりかひっくり返って頭から地面に突っ込んでしまった。

彼が石頭でなければ流血騒ぎになるところだ。

「お、お前なあ……」

「まあいいじゃねえかよ。楽しい事はみんなで共有すりゃあよ。」

「さてはお前本物のアホだな?」

突然、ミントはアキラ達に背を向けて立ち上がった。

「ん?どうしたハク姉?」

「私は……帰るよ。もう日付けも跨いだ。睡眠時間を削るのは美容に良くないと言うしな。」

手にした冊子をアキラへと渡し、ミントは逃げるようにその場から立ち去った。

「どうしたんだろ?あんなに急いで……」

「さあ?深夜ドラマでも見るんじゃねーの?」


歩幅は広く、少し前のめりで、多めの呼吸で夜道を歩く。

途中で足を止め、空を仰いで大きく息を吸い、声が混ざる吐息を吐く。

意図せずに深呼吸がため息になったこと。そしてその声が思いの外大きかったことに、自分で驚いてしまう。

今ここに鏡があったのなら、きっとひどい顔が映っているのだろう。

そんな風に思いながらも、ため息が止まらない。

「はあ……噛み合わないなあ……戦いが楽しい、か……」

彼らの言う事も、全く理解不能なわけではない。

自分が持つ力を、思う存分使い、評価され、友と交流ができる。

それが楽しいことであるのは、ミントも同じことだ。

そして彼らにとって、その楽しいことが戦いである、ただそれだけのこと。

傷付け合う為ではないこと。対戦相手には互いに敬意があること。

ルールもある。加減もする。彼らを見てきて、それは理解できた。

もし正体を、自分が『星滅』その人であると明かしても、

彼らは決して悪意を持って接してくる事はないだろう。

それを理解した上で、ミントは認められずにいた。

戦いには痛みが伴う。なぜそれを楽しまねばならないのか。

加減しようと怪我もする。なぜそれを受け入れねばならないのか。

なぜ自分が自分以外楽しみのために傷付くことを許容しなければならないのか……

「……もっと……もっと、ずっと。悪い子だったら良かったのに……」

ミントは空を見た。厚い雲の隙間から、暗い空が覗く。

そのまま少し歩くと、目線の先に街灯が被った。

さっきまで見えていたはずの星が見えない。

「『星滅』……か。」

目を痛めてしまいそうなので、急いで視線を外し、再び暗い道に目が慣れるのを待ってから、ミントはゆっくりと歩いて家に帰った。

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