第13話 親交【後編】

砂浜に引かれた線が、長方形を成している。

中央にそれを二分割する線があり、ミントとエミィ、ランとロメリアの組にそれぞれ別れている。

そして四人の頭上には、一つのビーチボールが浮かんでいた。

エミィの頭上へとボールが舞い込むと、それを手首を柔らかくしならせて受け、

一瞬掌で包んだかと思うと、ゆるやかな軌道で弾き出した。

「ミント!決めちゃって!」

「おっけぃ!」

ミントは助走をつけ、息を大きく吸い込んで地面を蹴って高く飛び上がると、目一杯引き絞った弓のごとく体をしならせ、

全身の力を余すこと無くボールに伝え撃ち放つ。

ボールは相手側のコートの角ギリギリに、目にも止まらぬ速度で猛進する。

地に着くと同時に、爆弾のような轟音を鳴らして砂を大量に巻き上げ、ちょっとした嵐の様相を呈する。

結果、砂に線を引いただけの簡易のコートは、およそ三分の一が消えてしまった。

ランとロメリアの二人は、全く反応出来ずにボールを見送ることしか出来なかった。

「やったやった!私達の勝ちだよ!エミィ!」

笑い、跳びはね、抱き付き、ミントは全身を使って喜びを表現した。

「あはは……今のはちょっと大人げないんじゃないかなぁ……えっと、大丈夫?」

抱き付かれながらエミィは相手側のコートに目をやると、

ロメリアは口を開け、目を丸くして呆然と立ち尽くしていた。

「そっち行ったんだからさ、ちゃんと取ってよ。」

「いやいやいや!無理だって!あんなの受けたらバラバラになっちゃうって!」

平和な海水浴場に突如として爆発音と共に砂塵が舞う異常事態。

ざわめく人々、泣き喚く子供、逃げ惑う老人、吠える犬、駆けつけるライフセーバー、怒られるミント。

場は混沌を極めていた。


全身満遍なく日焼けした、体格のいいライフセーバーの男が、苦虫を噛み潰したような顔をしてミントを叱責している。

「またあなたですか全くもう!今度は何杯お酒飲んだんですか!?

というか何をしたんですか!?迫撃砲でも撃ったんですか!?

次はありませんからね!今度問題行動を起こしたら出禁ですからね、出!禁!!」

まくし立てるライフセーバーに対して、ミントは黙って頷き、エミィはひたすら平謝り、ランとロメリアは遠巻きにそれを眺めていた。

ひとしきり怒られ終えた後、ミントは膝を抱えて座り込み、静かに海を眺めつつ砂をいじり始めた。

「ねえミント、そんなところにいたら暑いからパラソルの下に行きなよ。」

「いいもん別に。暑くないし。」

ミントは膝に顔をうずめて、すっかりむくれてしまった。

エミィはミントが何かを言う度、何度も何度も、うん、うんと頷き、手を繋ぎ、頭を撫で、背中を優しくトントンと叩く。

「す、拗ねちゃった……あんな子供みたいに……ホント分かんないわあの人。」

「いやあ全く。癖になるよね。」

「あんたって肉の臭みを美味さって言うタイプね。悪食ってやつ。」


エミィがミントをなだめるのに四苦八苦している様を二人で見ていると、

背後から何者かが接近する音が耳に入ってきた。

「よう。しばらくぶりだなあ。この間はフォセカが世話になったらしいな。」

声に反応して振り向くと、そこにはアキラ達の姿があった。

「あんた……『虚人』……!なんでここに!」

「なんでもクソもあるか。見ての通り海水浴だよ。」

ロメリアは心臓の鼓動が、いつもより早くなるのを感じた。

鼻先にじっとりと汗が広がる。照りつける日の熱で既に顔に汗が広がっていて、

既に汗の分別などつかない状態ではあったが、洞察力に優れたアキラは、その微妙な変化を見逃さなかった。

「なんだよ。俺と出くわすのがそんなに芳しくないってか?ん?」

詰め寄るアキラから顔を逸らし、ランの目を見る。

今までの付き合いの中で、大抵の場面で動じず、饒舌なランに助け船を出してもらおうという算段らしいが、

はたしてランがそれに答えてくれるかは、ロメリアにはわからなかった。

もしかしたら、にやにやしながらずっとこちらを見続けているかもしれない。

しかしそんなロメリアの不安とは裏腹に、ランがアキラとロメリアの両者の間に割って入って見せた。

「生憎僕ら二人であんたを倒す算段を考えてるんでね。あんまり見られちゃ困るのさ。物真似名人さん。」

一回り以上背丈の大きなアキラに対して、見上げる形ながらも顔を付き合わせて食って掛かるラン。

ランの言葉を聞いて、アキラの口角はぐっと上がり、

「ほお……ククク。そうかい、楽しみにしてるぜチャレンジャー。」

そう言ってランの頭を掌で軽く叩いた。

「やめろよ……」

ランは頭の上の手を、心底嫌そうにはね除けた。

「……で?そこでふて腐れてる色んな意味で危ないねーちゃんはお前らの連れか?

つかあんなエロ……あ、いや、えーと……セクシーなねーちゃんとお前らみたいなのが一体何の繋りで一緒に居るんだよ?」

「友達だよ。広い定義で言えばね。こちとらあんたみたいなバカ騒ぎするだけの貧相な交遊関係はしていないんでね。」

「んだとこのクソガキ……」

アキラはランの頭を掴んで、指に強く力を込めて揺さぶった。

「いでででで……この野郎……!」

ランがふと気がつくと、横で見ていたロメリアが目を細めて、口を押さえて自分のことを見ていた。

「なんだよロメリア!」

「いやあ、いいようにやられてるあんたを見るのって新鮮だからさ。」

しばらくは笑いを押さえていたが、ついには耐えきれずに吹き出してしまった。

何度かランに蹴られそうになるが、頭を掴まれているためにうまく動けないランの蹴りを避けるのは容易く、一発たりとも命中しない。

「あっはは。当たらない当たらなーい!あはは。ねえ『虚人』!あ、名前……えっとアキラ、だっけ?そいつもうちょっと持ってて!たまには仕返ししとかなきゃ!」

拘束されるランの腹を軽く叩いたり、指先で撫でたりしながら笑っている。

ランは頭を激しく振ってアキラの手を振り払った。

「調子に乗んな!このっ!」

ロメリアに向かって拳を振り上げて猛然と突撃する。

しかし体勢が整わないままで速度もなく、ランの攻撃はあっさり躱され、

力任せに腕を振るったランはバランスを崩し、仰向けの状態で砂の上に倒れた。

「おわっ……熱っ!」

背に付いた砂の熱さに驚いて上半身を起こし、砂を払っていると、ロメリアがそれを中腰で覗きこんできた。

「あはは!あんたって、ちゃんとガキっぽいところあるのね。ムキになるとそんな感じなんだ。」

「……はぁ。で?何さ。親近感でも湧いた?それで仲良く出来そうな気がしたとか?」

「うん。ちょっとだけね。」

日頃の仕返しができて満足したのか、普段余裕ぶってるランの年相応な部分が見れたからか、

ロメリアはランに対して珍しく微笑んで見せた。

「なんだ、この茶番は……」

「青春……なのかなぁ?」

蚊帳の外となっていたエレバスとフォセカは、二人のやり取りをただ苦笑いして眺めていた。


「さあて、せっかくだ。お連れのお姉さま方にも挨拶しておくかね。」

そう言うと、アキラはゆっくりとミント達の方へと歩き出し、二人に声をかけた。

「どうもお姉さん方。俺、あっちの二人の……あー、まあ知り合いなんスけど……」

エミィは近づいてきたアキラに気付き、軽く会釈すると、一瞬ミントに目をやってからアキラに耳打ちをした。

「あなた、ラン君達のお友達?悪いけど、今あの子機嫌悪くて……」

「あ、大丈夫っス。任せてください。」

アキラは笑いながらミントに歩み寄って腰を落として話しかけた。

「横、いいスか?」

「……勝手にしろ。」

アキラはミントの横であぐらをかいた。

ミントは相変わらずむくれている。更にアキラと出くわした不快感から、よりいっそう表情は険しくなった。

殺気を叩きつけられるように睨まれて、さすがのアキラも一瞬狼狽えるが、尚も気さくに話しかける。

「さっきの爆発凄かったっスね!ビーチバレーやってたって聞きましたけど……

強化系のオーバースペックっスかね?いやー俺はあんなパワーとても……」

「残念ながら素の力だ。そもそも私はオーバースペックを使えない。」

「うえ!?マジで!?あ、いや、そうスか。……まあ、いいじゃないスか。色々な奴がいるから面白いんですし。

あ、名前言ってなかったスね。俺、アキラって言います。」

ミントは以前変装してアキラ達と会ったことがあるので、当然ながら彼のことは知っていたが、

初めて会った風を装っていた。

「私はミント……で?生憎ナンパは受け付けていないんだ。」

「あーそういうんじゃなくてですね……あいつらと一緒に遊ぼうってなったんで、

せっかくなんでお姉さん方もどうかなって誘いでして……」


ミントとアキラが話はじめてから数分が経過した。

「アキラ、どうするつもりなんだろう?」

「あいつのコミュ力がどんなもんか知らないけど、あの人、気難しいし……」

「余計なこと言わなきゃいいけどねえ。」

「……あまり期待はしない方が良いだろう。」

各々好き放題言いながらアキラが戻ってくるのを待っていた。

すると、アキラは親指と人さし指で丸を作って見せながら歩いてきた。

「おっしお前ら!スイカ割りの支度だ!」

突然のスイカ割り宣言に四人は一瞬固まり、顔を見合わせて、またアキラの顔を見たが、彼の顔は変わらず笑顔だった。

「何故このタイミングでスイカ割り……」

アキラ以外の四人の声がぴったり綺麗に揃った。

「バッカお前ら、スイカ割りつったらこの世で一番盛り上がる夏の一大イベントだろうがよ!?

沈んだ気分も吹き飛ぶってもんだ!あの人もスイカ割りの魅力を伝えたら黙って聞いてくれたぜ!」

「それ、引かれているだけじゃ……」

フォセカは苦笑いをしながら頭を掻いた。

特にスイカ割りが嫌いな者がいたわけではないが、

アキラの異様なスイカ割りに対する熱に共感を覚える者もまた一人としていなかった。


その後、少し遅れてミントはエミィに手を引かれてアキラ達のいる方へと歩いてきた。

一方アキラはと言うと、まず砂を均し、その中心に軽く窪みを作り、

その上にシートを敷き、クーラーボックスからスイカを取り出して窪みの上に設置した。

その手際たるや、殆ど一人で用意をしているにも関わらず、ミントが合流するまでには既に準備が終わっているほどだった。

一体何が彼をそうさせるのか、この場で最も付き合いの長いフォセカでさえ解らないのだった。

「さあて、それじゃあ順番決めだが……軽くバトルでもして決めるか!」

彼の言うバトルとは、勿論オーバースペックを用いた戦闘行為の事だ。

こういったちょっとした決め事では、先に一撃与えた方が勝利。といった、比較的短時間で決するルールで行われる。

「いやいや、ちょっと待ってよ。」

そこに待ったをかけたのは、ランだった。

「僕ら二人、今武器を持っていなくてね。まさかとは思うけど、素手で戦えとは言わないよね?」

「そもそも、能力無いあの人らはどうするのよ?」

ロメリアがミントとエミィを指すと、アキラは彼女らに目をやった。

「あー、そうか。あの人らはそうだったな……しゃあねえ、じゃんけんにするか。」

円状に集まって拳を構える。しかしアキラはあることに気付く。

円の中にエレバスの姿がないのだ。

「あれ?お前やんねえの?」

「自分は視界が遮られようと、どこに何があるのか把握できる。それでは競技にならんだろう。」

「そうか……それじゃあ、せーの……」


数度のあいこが発生した後一人、また一人と負けていき、順番が決まった。

一番手を努めるのは、エミィとなった。

スイカから大股で数歩離れた位置で、目隠しを付け、棒を軸にして五回ほど回って自分とスイカの位置関係をわからなくする。

後は周りの声を頼りにスイカまで歩き、棒を降り下ろしてスイカを叩き割ればいいのだが、視界が遮られているため、まっすぐ歩くこともままならない。

加えてエミィはあまり筋力がなく、棒の重さに振り回されがちで、更に足取りがおぼつかない。

「エミィ!もっと右だよ!」

「ああ行き過ぎ!ちょっと左!」

「ははは!やっぱ盛り上がるよなあ!……あっ、逸れてるっス。……そうその方向へ真っ直ぐ!」

更に真っ直ぐ、右だ左だと指示が飛び、時折ランの虚偽の指示が混ざりつつ、

エミィはスイカを射程圏内に収めた。

「ここでいい?」

「いや、自分の見立てではもう右に七度で綺麗に割れる。」

「まあ、思いっきり振ればいいスよ!」

よし、と意気込み、ふらつかせつつも棒を高らかに掲げる。

「それ!」

掛け声と共に棒が振り下ろされた。

重力に従って落ちて行くように、緩やかに加速しながら、棒はスイカとの距離を縮めてゆく。

スイカと棒との距離はみるみる狭まり、そしてついに接触した。

だが、次の瞬間エミィの耳に届いたのは落胆の声。

目隠しを外すと、棒はスイカの真横に突っ伏していた。

「外しちゃったかあ。残念。」

棒はスイカを掠めてはいたものの、衝撃が伝わることはなく、

側面を滑るようになぞり、地面に到達したのだった。

「やっぱり私、力が弱いからこういうのは得意じゃないなあ……まあいいか。次の人、頑張ってね!」

その後、フォセカ、ロメリア、ラン、アキラと続くが、中々うまく行かない。

フォセカは最初の回転ですっかり方向感覚を失い、明後日の方向へと棒を振り、

ロメリアはランによる度重なる虚偽誘導により失敗。

ランはロメリアが先程の仕返しをするであろうという予測による誘導無視が裏目に。

アキラは気合いが空回りしたのか、殆ど正確にスイカまでたどり着いたもののスイカの芯を捉えることができず、

ヒビを入れるに留まった。


続いてミントの番が回ってきた。

目隠しをして、五回転。

しかし殆どふらつくこともなく、力強い立ち姿を皆に示している。

「なんかあの人異様に姿勢良いよな……すっげえ体締まってるし、なんかやってんの?」

「さあ?運動は日頃からしてるらしいけど。」

右だ左だと誘導が飛び交い、順調に目的地点に到達する。

「ミント!もう一歩前!」

エミィの声を聞き、一歩前に出ると、棒を振り上げて静止。

風切り音と共に顕れた太刀筋はスイカの芯を捉え、砕き割った。

目隠しを取って割れたスイカを確認すると、ミントは思わず笑みがこぼれた。

「おっし!じゃあ綺麗に割れたし、食うか!」

そう言うとアキラは紙皿を取り出して、割れたスイカを取り分け始めた。

「手際いいね、アキラ君。」

「あざっす!俺もう毎年これがもう楽しみで楽しみで……スイカも大枚はたいて良いやつ買ったんで、美味いっスよ!」

横で話を聞いていたフォセカは思わず笑ってしまった。

彼がバスを使うのを渋った理由が高級なスイカを購入したからではないか。

そう思えて仕方がなかった。


帰路の車中。朱色の西日が窓を通り、ミント達の頬を照らしている。

「結構良い子達だったじゃんアキラ君達。一緒に遊んで楽しかったし、仕切るのも上手だし。」

「……そうだね。」

ミントは彼らとの一時を思い返してみた。

確かに楽しい時間だった。それは事実だ。

「もう少し……もう少しだけ、利口だったらね……」

ミントはそれきり一言も話すことなく、車を走らせ続けた。

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