第12話 親交【前編】
季節は夏。雲は空の低いところで分厚く重なり、太陽の光で絹糸のように輝いている。
そして煌く雲と対を成すように舗装された真っ黒な地面は焼け、今にもドロドロに溶け出しそうなほど熱を持っている。
「暑っついなあ……」
エミィは買い物の荷物を片手に、鉄板同然の道路の上を歩いていた。
自宅から徒歩で20分とかからない場所への買い物だったが、炎天下の中を歩いていると10分が1時間にも感じられた。
息も絶え絶えに自宅へとたどり着いたエミィは、伸びきった声で帰宅を告げる。
「ただいまぁ……」
「おかえり。大丈夫?すっごい汗だよ?買い物だったら私が行ったのに……」
エミィ宅に上がりこんでいたミントが出迎え、滝のように汗を流す彼女にタオルを渡した。
「そんな、いいよ私の買い物なんだから。それと、アイスクリーム買って来たけど、ちょっと溶けちゃってるかも……」
「卵持ってたら火が通りそうなくらいだもの。アイスだって溶けるよ。」
暑い日が続く中でも特に暑い一日。あまりの暑さにセミも鳴かないほどだった。
ミントはエミィから受け取った荷物の内、食料品を冷蔵庫に、
アイスクリームを冷凍庫へ仕舞うと、水のボトルを一本取り出して椅子に座るエミィに差し出した。
水を受け取ったエミィはボトルを頬に当てて恍惚としている。
「ありがとう。はぁー冷たぁい……」
「そんなことしてたら温くなるよエミィ。」
「わかってるけど……もうちょっとだけ。ああ気持ちいい……」
両頬にボトルを押し付けて冷気を堪能してから封を開けて水を喉に流し込む。
「ぷはー!五臓六腑に染み渡るぅー!って感じ。」
「それおじさんがビール飲んだときの感想じゃない?」
「染み渡るものは染み渡るの。ミントも飲んだら?」
ミントは勧められた通りに冷蔵庫からボトルを取り出すと、
それをしばらく見つめていた。
「どうしたのミント?」
「エミィ、ちょっと目瞑って。」
言われるがまま目を瞑るエミィの背後に、ボトルを持ったミントが回る。
「それ!」
「ひゃあ!」
ミントは手にしたボトルをエミィの首筋につけた。
不意の冷感に声を上げ、瞼を開き後ろを振り向くと、満面の笑みのミントが立っていた。
「もう、子供みたいなことして!」
「えへへ。」
エミィは立ち上がり、水の入ったボトルを取り上げると、それをミントの首に押し付けた。
「それ!仕返しだ!」
「きゃあ!冷たーい!」
二人してはしゃいでいる中、突然部屋の扉が開いた。
「随分仲睦まじいようで。」
「ど、どうも……」
現れたのはランとロメリアだった。
子供のように戯れているところへの予期せぬ来訪にミントは一瞬固まる。
が、何事もなかったかのように毅然とした態度で対応する。
「なぜ二人がここへ?何か緊急の報告でもあったか?」
「私が呼んだの。実はこれから重要な話をしようと思って。さ、みんな座って座って。」
エミィに促されるまま各自席に着く。
「みんな座ったかな?では……ごほん!これは私からの提案なのですが……」
三人はそれぞれ、エミィの芝居がかった咳払いに注目していた。
彼女はまとめ役として動くことが主で、自分から何かを提案するということが少なかった。
意見があっても、その多くはミントへの進言という形をとる。
今回はミントにも、何を言うか、何のために集まったかを知らされていない。
故に、特にミントはエミィの次の言葉に注目していた。
「みんなで……海に行こうと思います!」
三人が顔を見合わせ、エミィを見て、もう一度顔を見合わせる。
数秒の間、妙な空気が漂う。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!何でこの面子で海に?」
「僕は構いませんよ。むしろ期待が高まりますね。そう例えば水着とか、ね。」
「……」
三者三様、思い思いの反応。
うろたえるロメリア。
期待に胸を膨らませるラン。
渋い顔をするミント……
それらを見て楽しむように頷き、にっこりと笑うエミィ。
「まあ、懇親会みたいなものかな。やっぱりみんなで仲良くなってほしいなって思うし。」
「けどエミィ。今更懇親会なんてしなくてもいいじゃない。出会ったばかりでもあるまいし。
そもそもなんでこの子らと……」
ミントはそこまで言って言葉を詰まらせた。
エミィの笑顔の中に、ただならぬ圧を感じたからだ。
「それじゃあ、一週間後にうちに集合ね。浮き輪でも、飲み物でも持ってきていいよ。
あ、でも、危ないからお酒はダメだよ。酔って泳いだら溺れちゃうからね。」
「お酒って……あたし達そんな歳じゃない……ミントさん?」
ミントはどういうわけか一人顔を背けている。
「えっと……何かあったんですか?」
「あのね、この子二十歳の夏にね……」
「わー!ちょっと!エミィ!そんなこと言わなくていいから!」
急いで立ち上がり、顔を真っ赤にしてエミィの口を手で塞ぐ。
ミントのただならぬ慌てように、ランとロメリアは唖然としている。
「「何したんだろうこの人……」」
普段全くかみ合わない二人が珍しく同じことを口にするのだった。
アキラ、フォセカ、エレバスの三人は街の噴水広場に集まっていた。
「クッソ暑ぃ……んだよこれ。ジャケットなんか着てられねえよこの暑さで。」
いつものジャケットは着ずに、タンクトップを着ている。
「はは……噴水というより噴湯だねこれは……」
アキラとフォセカは暑さですっかりうなだれているが、エレバスは平然としている。
「お前全然汗掻いてねえけど、暑くねえの?」
顎から汗を滴らせながら、文字通り涼しげな顔をしているエレバスを見て
不思議がるアキラ。
「水を操り氷を纏う自分にその質問をするか。」
「つまり、体温の調整とかは簡単に出来るってこと?」
「そういうことだ。」
少々得意げに答えるエレバスを二人はまじまじと見つめる。
「ちょっと触ってみていい?」
「さわ……何?」
フォセカはエレバスの肩にそっと手を置くと、人の肌とは思えない、清流の湧き水のようなひんやりとした感触に驚いた。
「わっすごい!冷たい!」
「マジで?ちょっと俺にも触らせろよ!」
「お、おいお前達……」
アキラも反対側の肩に手を置く。
「すげえ!冷てえ!」
「ねえエレバス、もうちょっとくっついてもいいかな?」
そう言うとフォセカはエレバスの腕に抱きつき、顔を埋めだした。
予想外の申し出と行動に混乱しているエレバスに、我も我もとアキラもまた同じ行動に出る。
「あぁ~すっげえ避暑地。」
「ずっとこうしていたいかも……」
だが、フォセカの願いも虚しく、腕に絡みついた二人を振りほどかれた。
そしてエレバスはアキラの頭を掴み、思い切り地面に叩きつけた。
「やめんか馬鹿者!!」
「痛ってぇ……なぜ俺だけ……」
焼けた地面の熱さも忘れてのたうちまわる。
「仮にも婦女子に対して公衆の面前で抱きつくやつがあるか!」
「フォセカはいいのかよおい!」
「お前は何か邪な意図を感じる。」
「酷え!偏見だぜそりゃ!」
エレバスとアキラの言い争う声で、広場中の視線が一点に集まる。
周囲の人々が怪訝な顔で三人を見るので、
フォセカはなんとなく居心地の悪さを感じた。
「はぁ、なんか涼しくなるようなことないかなぁ。」
フォセカがそうぼやくと、アキラが手を叩いて、
「おっし、じゃあ海行くか!」
と笑いながら言った。
「お前ら、水着は持ってるよな?」
「持ってるけど……」
「自分は持っていない。入水に別途の服装を用意することが無いからな。」
「じゃあ、買いに行くか!今から!」
「今からか?」
エレバスの手を掴み、アキラは走っていった。
「本当こういうイベントとか好きだよねアキラ……ってちょっと待ってよ二人とも!」
アキラとエレバスを追ってフォセカも走って広場を後にした。
衣服店に夏季に設置される水着コーナー。
男性用女性用、無地、柄、色とりどりの水着が置かれている。
店頭ディスプレイには特に華やかなフリルの付いたビキニや、鮮やかなパレオが置いてある。
エレバスは女性用水着のコーナーであちらこちらを見渡している。
「うーむ……あまりこういったファッションだなんだのはよく分からん。」
「お前背中開いた随分ハイセンスな服着てるのに、そういうの疎いのか?」
「あれは母親の趣味でな。何を思ってあのデザインなのか自分には全くわからんのだ。機能性は悪くないのだが……」
しばらく歩いていると、フォセカがエレバスの手を引いてきた。
「ねえ、あれはどうかな?」
フォセカが指を刺した方を見ると、キャミソール状の白い水着があった。
「あー……でもなんか地味じゃね?」
「そうかな?でもあんまり柄があるのもなあ……」
「いや、俺に言わせて見ればお前は無難な線を行きすぎだ。俺がもっといいやつを選んでやるよ。」
そう言うとアキラは一人、店の奥へと歩いていった。
「なんていうか、アキラって水着イベントでやたらと張り切るような気がする……」
「……趣味なのだろうか。」
「さあ……」
一体どんな妙なものを持ってこられるかと戦々恐々としていると、アキラが戻ってきた。
手に持っているものを見て、二人は目を疑った。
アキラが持ってきたのは、布面積の極端に少ない、紐に少々太い部分があるだけといっても過言ではないようなものだった。
「えっと、アキラ?それ……なに?」
「いやあ、やっぱ締まってて良い体してんだから、出すとこ出しとかねえと!」
笑顔で語るアキラとは対照的に、エレバス、フォセカ両者の目は非情に冷たく、顔はこわばっていた。
「フォセカ、こいつを拘束しろ。」
「了解。」
フォセカはアキラの背後に回り、羽交い絞めにしてエレバスに差し出す。
そしてエレバスは無言でアキラの腹を殴り始めた。
近くを歩いていた男女が彼らの不可解な行動を見て首をかしげている。
「あ、あの子達は一体何を……」
「わからん……だが、世の中には俺達には思いもよらないプレイがあるんだろう……」
「主導権を握っているのは殴っている方か、あるいは……」
「さあ……ともかく見るな、そして忘れよう。時として触れてはならないものがこの世にはあるんだ。」
男女はそそくさと去っていった……
「なんなんだその……扇情的な水着は!それを着せてどうしようというんだ!?」
エレバスは顔を紅潮させてまくし立てる。
「うげぇ……いや、ほんの冗談だろうがよ……」
「冗談にしたって、マイクロビキニ差し出して笑ってる絵面がかなりヤバイと思うよ。」
軽蔑の眼差しがアキラを突き刺す。
「悪かったよ。だけどただ悪ふざけしてただけじゃねえぞ?ちゃんと本命も目星つけてっからよ。」
「最初からそれを出せば良いんだ。まったく……」
黒い自動車を走らせ、ミントたちは海水浴場へと向かっていた。
車の運転をするミントが駐車場が混むのを嫌ったために朝早くからの出発だった。
助手席にエミィ、後部座席にランとロメリアを乗せていた。
ロメリアはあることが気になって、ミントに問いかけてみた。
「そういえばミントさん、車の運転免許持ってたんですね。」
「車はレンタルだがな。……免許取得以降通算3回目の運転だ。」
「「えっ」」
瞬間、後部座席の二人の顔が固まる。
「……冗談だよ。もっと運転してるし無事故無違反で通してる。レンタルなのは本当だけど。」
「冗談とか言うんですね……ミントさん……」
「悪いか。」
「いえ……」
エミィは助手席でそのやりとりをニコニコしながら黙って聞いていた。
「さあ、着いた。自分の荷物は自分で持って行くんだぞ。」
駐車場に車を止め、エンジンを切り、シートベルトを外して後ろを振り向く。
「なんかちょっとみんなのお姉さんっぽいね。ミント。」
エミィはやわらかな笑みをミントに向けている。
「一応、保護者?ってことになるんだし、ね。
……キミ達、あんまり変なことしないようにな。」
ミントは後部座席の二人、特にランに対して釘を刺しておく。
「変なことだなんて。しませんよ。ええ、しませんとも。」
ランはにやにやしながら適当に受け流していた。
「絶対なんかする顔だわ……」
ロメリアは眉をひそめてランを睨んだ。
一方アキラ達は徒歩で海水浴場へと向かっていた。
途中までは電車を利用し、そこからバスに乗ることでも海水浴場へと向かえるのだが、
徒歩でも行けないことはない距離であるとのアキラの主張のため、三人は歩いている。
なぜ彼がそんな主張をしたのかと言うと、短距離移動のためにバス代を使うことを嫌がったためだった。
アキラが大きな日傘を持ち、フォセカとエレバスもその中に入っている。
「日傘あるとはいえ暑ぃなあ……時間かかるし、やっぱバスで行ったほうが良かった気がするぜ……」
「今更それ言う……?」
先日同様、エレバス以外はぐったりしている。
「あ、そうだ。エレバスの体温調整真似してみるか。フォセカ、ちょっと傘持ってくれ。」
そう言うとアキラは、フォセカに日傘を手渡して、深く呼吸をして集中し始めた。
赤黒いオーラが全身を包み、薄い膜を形成する。
エレバスの技の細かい仕組みは全く理解していないが、見よう見まね、イメージで作り上げる。
「器用なものだな。で、どうだ?体感温度の程は。」
質問をうけたアキラは、少し考えた後、苦笑いして答えた。
「微々たるもの……だな。はは……つか温くて気持ち悪いわ。
体温は下げられねえから熱反射バリアみたいなのを作ってみたんだが……」
「熱篭りそうだね……」
「はぁ、要改良だなこりゃ。」
アキラは頭を掻きながら熱反射バリアを解き、日傘を受け取って再び歩き出した。
ミント達は砂浜にシートとパラソルを設置し終えた所だった。
全員が自分の丈よりも大きなシャツを着て、着用している水着を隠している。
これは、エミィの提案で同時に水着を披露するというものだった。
「それじゃあ、みんな、いっせーのーで、で脱ぐよ?いっせーのーで!」
エミィの合図で四人は一斉にシャツを脱いだ。
「あ、ラン君のやつカッコいいね!」
ランの水着は黒の地に赤、黄、青の三色のラインが入ったパンツだった。
「ロメリアちゃんのも似合ってる!かわいいね!」
「あ、ありがとうございます。」
ロメリアの水着はフリルの付いた空色のビキニ。
「で、その……うん。ミントのは……」
「何?」
エミィは珍しくミントに対して難色を示している。その理由は、彼女が着てきた水着にあった。
その水着は、スリングショットと呼ばれる、股から首にかけて縦方向に布が伸びる、殆ど裸同然のものだった。
「あの、ミント?それ、ちょっと刺激強くない?」
「え?いいじゃん別に。ていうかエミィももっと露出度高いの着ればいいじゃん。
こういうときに見せるとこ見せなきゃ。」
まるで動じないミントに、エミィは苦笑いをすることしかできなかった。
「ねえ、ラン……」
ロメリアはランの肩を人差し指でつつき、耳打ちをして言った。
「前々から思ってたんだけど、ミントさんって、ちょっと露出狂の気があるんじゃないの?」
「かもね。まあ、いいじゃないか。綺麗で。」
ランがミントにむける眼差しは、澄んでいて穏やかだった。
「……なんか、やらしい感じがしないのが逆に怖いわあんた。」
「そうかい。」
その後、水着を変えろ変えないの押し問答が続いたが、結局エミィが折れて、ミントはスリングショットを引き続き着用するのだった。
泳ぐ前にエミィは注意事項をランとロメリアに伝えることにした。
「えっと、じゃあ、泳ぐ前に。いくつか注意しておくけど、ちゃんと聞いてね。
まず、クーラーボックスに飲み物が入ってるから、こまめに水分補給してね。
それと、あんまり遠く行っちゃダメだよ。海って思ってるより自由に動けないから。
クラゲとか打ち上がってても触っちゃダメだよ。それから、えーと……」
ランとロメリアは、互いに一瞬目を合わせてから、苦笑いをした。
「どうしたの?」
「なんて言うか……なあ?」
「お母さんみたい……」
二人を心配しながら事細かに注意事項を上げてゆく姿が、小さな子供を持つ母親のように見えたらしい。
それを聞いたエミィは笑って二人の頭を撫でた。
「そっかそっか。お母さんか。うふふ。それじゃあ、何かあったらお母さんに言うのよ。」
ランは迷惑そうな顔をして手を払いのけたが、ロメリアはされるがまま撫でられ続けた。
「私は少しエミィと話してるから、二人で先に行ってくるといい。」
「そうですか。じゃあ、行こうかロメリア。」
ランは浮き輪を抱えるロメリアの手を引いて、波打ち際へと駆けていった。
「それでミント、話って何?」
「今日のことだよ。なんでまたこんな催しをしようって思ったの?」
ミントはこの懇親会に何の意図があるのかをエミィに問いただそうとしていた。
そもそも、ミントとラン、ロメリアが共に行動するようになってから、それなりに時間が経っている。
今更懇親会などする理由が、ミントには思い浮かばなかった。
「……ミント。人は道具じゃないよ。」
「何の話?」
「ミントはあの子たちのことをなんとも思ってないの?」
「そんなことはないよ。彼らはよく働いてくれる。力不足な所もあるけど……」
「戦力の話じゃないよ!……そうだよ、そういうところだよ……ミント。
私ね、やっぱり、あんな風に乱暴したり、怖がらせて言うことを聞かせるのは良くないと思うの。」
「……絆が大事だ何だとか言う綺麗事はどうでもいいの。私にとって重要なのは私を守ってくれるかどうか。
ただそれだけ。そもそもあの子ら自体私に危害を加えるギーク共となんら変わりはしない。
どこに気を使ってやる道理があるの?人騒がせで迷惑な馬鹿共の分際で……」
エミィは両手でミントの肩を掴む。
「ミント、迷惑でも馬鹿でも、痛いものは痛いし、怖いものは怖いんだよミント……」
ミントは浮き輪を使って波間で浮かぶロメリア達を見て、目を細めた。
「でも、今更……」
「今から、だよ。」
エミィはビーチボールを手にして立ち上がり、ミントに手を差し出した。
「さ、行こう!」
やり取りの一部始終を、海の上で浮き輪にしがみつきながら見ていたロメリアは、
肺一杯に空気を貯めてぷかぷかと浮かぶランに問いかけた。
「ねえラン。前から思ってたんだけどさ、あの二人異常に仲よくない?
っていうか、ぶっちゃけた話、その、一線越えちゃってる仲にしか見えないというか……」
親友、というだけあって、お互いがお互いにとって特別な存在であることは、ロメリアにとっても容易に想像できる。
しかし、それだけの関係に留まっているようには、どうも見えないというのだ。
「いいじゃないか。誰と過ごそうが、誰を愛そうが、彼女の美しさは変わらないさ。」
ランの返事を聞くや否や、急に冷めたようなため息をつくと、
ロメリアは浮き輪の中心で大きくのけ反って空を仰いだ。
「はあ、何よ。たまにはこっちがからかってやろうかと思ったのに。
純情なんだか拗らせてんだか……」
「僕ごときの手に収まるような人じゃないよ、彼女は。」
そうこうしている内に、エミィの呼ぶ声が聞こえてきた。
ビーチボールを掲げる彼女の元へと、波に乗じつつ、揉まれつつ、砂浜へと向かう二人だった。
「あー!クソッタレ!二度と徒歩では来ねえ!」
汗だくで手に持った飲み物を一気に飲み干したアキラは、
砂浜を見や否や力の限り叫んだ。
「飲み物代の方が高くつきそうな勢いだね……」
フォセカは苦笑いしながら、アキラにタオルを渡した。
「それにしても、思ったほど人居ないね。暑すぎると外に出てくるのも嫌な人が多いのかな?」
暑い日が続き、海水浴はさぞ需要が高いことだろうと踏んでいたが、思いの外砂浜には人の姿が無い。
「丁度いいじゃねえか。気兼ね無くスイカ割りが出来るってもんだ!」
アキラは肩から下げた大きなクーラーボックスを掌で数度叩き、満面の笑みを見せる。
「重いのによくそんなの持ってくるよね。」
「何でだよ。海つったらスイカ割りだろうがよ。」
別途用意してある袋に、棒と目隠し用の布も入っている。
そのためアキラの荷物は他の二人よりも少々多くなっていた。
それから三人は更衣室前で、着替え終わった後の集合場所を考えていた。
何か目印になるものはないかと周囲を見渡すが、なにせ海水浴場。
あるのは海と砂、空と風。集合場所とするに適した目立つものは限られている。
「んー……じゃあ、俺が一番早く着替えてから、傘差して立ってるわ。
あっちの辺りの人がまばらなところにいる。」
アキラは大まかにどの辺りで待っているかを、指で宙に円を描いて示した。
「……僕はトイレで着替えてくるよ。」
そう言って一人更衣室から離れていくフォセカを、
「そうか。忘れ物とかすんなよ。」
とだけ言って、アキラは手を振って見送った。
「アキラよ、あいつを本当に連れてきて良かったのか?」
「いいんだよ。来るっつったんだから来させりゃいい。」
「そうか……」
「お前が気ぃ遣うことじゃねえよ。」
そう言うとアキラは更衣室の中へと入っていった。
宣言通りにいち早く更衣室から出てきたアキラは、砂の上にシートを敷き、パラソルを立てて残る二人を待っていた。
時おり地面の砂を蹴ったり、周囲を見渡したり、サンダルを脱いで裸足で歩こうとしては熱された砂から飛び退いたりして時間を潰す。
「待たせたか?」
先に姿を見せたのはエレバスだった。
「その、なんだ。お前が妙な一人遊びを始めたものだからな。急いだ方がいいかと……」
「……見てたのかよ。」
頭を掻いて目をそらすと、偶然目線の先にフォセカがいた。
「フォセカ!……ってあれ?お前それで行くのか?」
フォセカはタンクトップ型の服に近い水着を着ていた。
「お前今年はビキニデビューするだかなんか言ってたじゃねえか。」
「だって……やっぱり変でしょ、僕のビキニ姿とか。」
「良いだろ別に。どうせ人間千人いたら千人変なやつなんだからよ。」
そう言うとアキラは親指で遠くの方を指した。
指の先を見ると、そこには左右非対称の奇妙な髪をした女性が、
過激とも言えるような非常に露出度の高い水着を着て、恥ずかしげもなく激しく動いてボール遊びに興じている様が見えた。
「見てみろよあれ。すげえ髪型にすげえ水着だろ?
これ以上ないくらい在るがままって感じだろ?あれくらいでいいんだよあれくらいで。」
「いやぁ……あれはちょっと極端じゃないのかな……」
刺激の強さに耐えかねてか、フォセカは赤面して俯いてしまった。
「つかよ、それで言うとエレバス。お前の水着にしたって大人しすぎるんだよ。」
エレバスの水着は、上下一体型の運動性を重視した紺色のものだった。
「そう言うがな……どうも派手なものは好かん。」
「そうか。色々目星つけてたんだがな。ハイネックのやつとか……」
「つかぬことを伺うがアキラよ。……あれらはお前の性的な趣味ではなかろうな?」
エレバスのその発言の後、数秒の沈黙が発生する。
「さあて……なんのことやら……」
頭の後ろに両手を回してそっぽを向くアキラ。
エレバスはそんなアキラの足を払い、頭を掴んで砂に押し付けた。
「あぁ熱ぅうううああ!?ギブ!ギブ!」
鉄板の如く熱された砂の上に倒れたアキラは、
観念の意を伝えつつ、手足を激しく動かして砂を巻き上げて暴れる。
アキラの観念から二分ほど経ってから、エレバスは手を離した。
解放されたアキラは立ち上り、身体中の砂をはたいた。
「あぁー……ったく、お前は冗談ってもんが通じねえのか?
別にヘンな意味はねえって!お前に似合いそうだから勧めただけだよ。
その水着も似合ってるよ。」
エレバスは顔を赤らめてアキラを睨んでいた。
「んだよその顔は……」
エレバスとアキラが争っている間に、フォセカは何かに気がついたらしく、アキラの肩を指でつついた。
「ねえ、それよりさっきのすごい水着の人と一緒にいる子達って、もしかして……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます