第11話 俯瞰
炸裂する結晶によって巻き上げられる砂煙。
うっすらと影が見えるが、影の主は倒れ伏している。
「ふーっ……あっごめん!ちょっとやり過ぎちゃったかも。大丈夫?」
起き上がる気配の無い二人を心配したフォセカが駆け寄る。すると突如煙を突き破り、ロメリアの髪が襲いかかってきた。
「あれくらいでくたばる程ヤワじゃないっての!調子に乗んな!」
左右一対の髪が、それぞれ別の生き物かの如く動き、
フォセカの全身を包むように掴む。
「体ごと掴んじゃえばカウンターも意味無いってわけ!
さあ、ラン!後はどうするの?」
「うん、そうだね。撤退かな。」
「あはは!聞いた?あんたこれから撤退……はぁ!?撤退!?」
予想だにしない返答に狼狽えるロメリア。
発言の意図をランの足を踏んで問いただす。
「なにそれ?胸ぐら掴みの代わりかい?」
「んなこたどーでもいいっての!あんた自分が何言ってんのかわかってる?
この優勢をみすみす逃せっての!?
てかそもそもあんたが戦うって言い出したんでしょ!?」
「いやだって……ほら、あれ。」
「何よあれって……ん?」
ランが指し示した方を見ると、そこには拘束されているにも関わらず、余裕の表情を浮かべるフォセカの姿があった。
「いやいやいや、まさか……ねえ?」
ロメリアの髪の手の中で、結晶の炸裂が起こり、拘束は振りほどかれた。
「うっそでしょ!?」
「残念ながら本当らしいよ。ほら、避けて。」
拘束を振りほどいたフォセカは一気に距離を詰め、
跳び膝蹴りを放ち、ロメリアに向かって一直線に突き進む。
「は!?ちょっ待っ……ぶっ!」
顔面に膝がめり込む。仰向けに倒れ、髪の手も形が崩れて
ただのツインテールに戻ってしまった。
「あーあ、やられちゃった。」
ランは天を仰ぐロメリアを見下ろしている。
そしてその横で着地したフォセカは、再び構えてランと相対する。
「さて、もう手加減はしないよ。僕は別に、あの二人みたいに戦いが好きってわけじゃないけど、そっちが」
「その気じゃないからお暇しまーす。」
ランは両手をあげて敗北宣言をする。
「何驚いてるのさ、お姉さん。二人一組で戦ってどうにかって感じだったのに、見ての通り相棒は伸びちゃったし、疑うまでもなく退き時じゃないか。
……いや、本当。強いね。流石。」
戸惑うフォセカをよそに淡々と喋るラン。
「キミ達はいったい何が目的なの?」
「目的ねえ。あんたがそれ言う?
あんたや、あんたのとこの大将と同じ、ただのケンカバカだよ。
そうだね……強いて言うならデカイ面して歩いてるのが
気に入らないってところかな。僕は一番が好きなのさ。」
勿論これはその場で取り繕った嘘だ。動機の短絡さと、それに反して妙に冷静なランの態度をフォセカは不審に思うが、
かといって問い詰めた所で何があるわけでもない。
「……無駄話が過ぎたね。それじゃ、バイバイ。お姉さん。」
ランが両手に持つ布の塊が鮮やかな黄色に染まり、
そこから同じ色の液体が滴り落ちる。
両の手を打ち合わせると同時に、強烈な閃光と耳をつんざく高音が周囲を包んだ。
「うっ!?目がっ……」
数秒後、視覚と聴覚が回復したフォセカの眼前には、
既にランとロメリアの姿は無かった。
「何だったんだろう、あの二人……?」
人の目につかない路地。周囲には室外機がところ狭しと置かれ、
不快な熱気に包まれている。
フォセカから逃げ延びたランが、伸びきったロメリアを背負っている。
「よいしょっと。……いつまで寝てるのさ。起きなよ。なあ。」
ランはロメリアを無造作に地面に放り捨てて起こす。
「ぐえぇ!うぐ……痛ったぁ……ちょっと、あんた!なんかあたしの扱い雑じゃない?」
「あいにく荷物を扱う資格は取ってないんだ。」
「このクソガキ……!」
ランは睨むロメリアをよそに涼しい顔で隣に座り込む。
「そう怒らないでよ。そもそも僕は避けろって言ったじゃないか。なんで身動き一つ取らずに直撃するかな。」
「そ、それは……」
「早いんだよ。勝ちを確信するのが。もっとよく見なきゃ。周りを、相手を、自分を。俯瞰して見なきゃ。」
ロメリアはまるで反論出来ず、ただうなだれて説教を聞くことしか出来なかった。
「……もしかして、そのために、それを言うために『混濁』と?」
「それもある。けどメインはそれじゃない。」
「……あんたが笑う時って、
大抵ろくなことを考えてないってのは何となくわかってきた。」
口角が僅かに上がるランの顔を見て、ロメリアは眉をひそめる。
「なんだ、よく見ているじゃあないか。ククク……」
「何企んでるのよ。言いなさい!」
「いやなに、仲間が欲しいと思ってたんだ。」
「な、仲間ぁ?」
「そう。仲間。だってほら、僕ら二人で、あっちは三人。その他大勢の皆さんは僕らでグシャ!っと潰せるとして……あいつらはそうはいかない。事実この前の襲撃も、ほとんど『流転』一人に迎撃されたようなもの。『虚人』の実力は言わずもがな。そして、今回の『混濁』……僕らだけじゃ、あの三人には敵わないってのが、
これで証明されちゃったわけ。なんせ二人ががりで、
そんな無様に鼻血垂らしちゃうくらいだしねえ。」
ロメリアは自分が鼻血を流していることを初めて知った。
鼻の下をさすると、すでに固まりかけていたが、
指に血が付着して、それを認識すると急に空気が鉄臭く感じた。
「それと仲間にいったいなんの関係が……」
「仲間が増えるってのは、つまり秘密を共有する人間が増えるってこと。あの人が一番嫌がること。でも流石にここまで戦力的に不利とあっちゃ、増員も致し方なし。正直なところ僕は最初からあいつらには勝てないって思ってたんだ。少なくとも直接対決ではね。先の襲撃失敗、そしてキミのその顔……これなら動いてもらえそうだ。」
ランはロメリアを担ぎ上げると、笑いながらエミィ宅へと向かっていった。
「あんたいったい、何が狙いなの!?」
「最終兵器起動。ってとこかな。どんな変化が起きるか、楽しみだ。あはは……」
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