第10話『混濁』のフォセカ
ランとロメリアはそれぞれの武器を持って街へ繰り出した。
ランは両手に灰色の布の塊を、ロメリアはツインテールの先端付近に大きな球状のアクセサリーを着けている。
彼らの目的は、ミントを守ること。具体的な計画としては、彼らが強大な存在として認知され、『星滅』の噂を上書きする。
もしくは、アキラ達のような『星滅』探しに積極的な勢力を全滅させること。
いずれにせよ、強大な相手を撃破することが重要であることに変わりはない。
『星滅』自体に強い拘りを持っている者はそう多くはない。彼らが『星滅』を追う主な理由は、より強い奴と戦いたいから。
つまり、そこらの相手ではもう足りない、拮抗する相手は居ても、何度も戦って飽きた。そんな者が『星滅』に興味を持っている。
ラン達が強き者を打ち倒し、新星として名を馳せる。そうすれば、既存の相手に飽きていた連中は飛び付き、ラン達との戦いに満足する。
そして『星滅』はいつしか忘れ去られる。それがミントの目論みだった。
時刻は夕方。日が傾き、空が茜色に染まる時間。
大通りから外れた場所をランとロメリアは歩いていた。
用事を終えて帰路につく者、これから用事を済ませる者。
老若男女あらゆる人間がごった煮状態でかき回されている。
こういったあまり大きな通りは人が多すぎて満足に暴れられないからか、避けて活動する者は多い。
「さて、誰を叩きのめそうか?」
「なによ物騒な……まあ実際やってること辻斬りだけども。」
ランは既に息巻いている。ミントの目論み以前に、そもそもがかなり好戦的なことが窺える。
恐らく、出会いが無ければ彼もまた、『星滅』を追い求めていただろう。
一方のロメリアはと言うと、少々気だるげだ。
「別に誰をやってもいいけど、あんまり雑魚相手にしても疲れるだけでしょ。
あんたの悪趣味には付き合わないから。」
ランは放っておけば誰彼構わず飛び掛かり、必要以上にいたぶることが多々あった。
本人曰く、力の誇示。すなわちミントの目標達成に必要不可欠な要素らしいが、
妙に楽しそうにも見え、渋々やっているようには見えなかった。
「ああ、バレてた?殴り倒されてる人ってなかなか観察できないからつい、ね。」
ロメリアは嫌悪の感情を隠すつもりもないと言わんばかりに眉間にしわを寄せた。
「そう嫌そうな顔するなよ。……おっと、早速目標が見つかったよ。ほら、僕よりも前を見なよ。」
言われるがまま前を見ると、そこには白のシャツに黒のベストを着た金髪の女がいた。
「あんた本気で言ってんの?あれ……『混濁』のフォセカでしょ!?」
「至って本気さ。見たところ『虚人』と『流転』は一緒じゃないみたいだし、狙い時じゃないかな?
まさかとは思うけど、勝てるかどうかの心配なんてしてないよね?」
「し、してないに決まってるでしょ!」
「じゃ、決まりだ。ぶちのめした後は、剥いてスケッチでも取るか……まあ後で考えようか。」
「そういうことするならあたし手伝わないからね!?」
「ちっ……常談だよ。」
「あんた今舌打ちしたでしょ!絶対常談じゃなかったわよね!?」
小声で始まった会話が、徐々に声量が上がってきたためか、周囲の人間が二人を注目し始める。
そして、フォセカもまた、二人のことに気付いたようだ。
大きな歩幅でゆっくりと二人に歩み寄ると困惑気味に話しかけてきた。
「えっと……なんかもめてるみたいだけど……キミ達、この間の襲撃してきた子達だよね?」
「ああ、なんだ覚えてたのか。思いのほかあっさり撃退されたから、僕らのことなんかあんまり印象に残ってないかと思ってたけど。特にあんたはあの時戦ってないし。
まあ、それは別にいいや。どうでもいい。それよりも今日は『虚人』は一緒じゃないのかい?」
「アキラは今日は一緒じゃないよ。別にいつでも一緒にいるわけじゃないよ。」
それを聞いたランの口角が一気につり上がる。
「そうかい……それは良かった!」
フォセカの足下を突如影が覆う。振り返るとそこには、巨大な手の形をしたものが、フォセカを押し潰さんと迫っていた。
咄嗟に飛び退き、巨大な手は空振り地面に叩き付けられる。
「ちっ外したか……ちゃんと狙ってくれよロメリア。」
「狙ってるわよ!こいつ、デカイ割りに素早い……てか、あんたこそもうちょっと上手に注意引きなさいよ!」
背後に立っていた者はロメリアだった。
足を開き、腰を落とし、腕を力なくだらりと垂らしている。そして、腕の代わりと言わんばかりに蠢く髪。
巨大な手の正体はロメリアの髪だった。
地面に着くほど大きなツインテール。その先端付近の球状のアクセサリーより先が手のように変形している。
「っ……なるほどね、ざわついてたのはそういうことか。」
「そういうことだよ。『虚人』のやつが一緒だと盗み見されちゃうからね。一人でいてくれて助かったよ。」
攻撃を回避し、一旦距離を取るフォセカ。
ロメリアはランの隣に移動し、フォセカの出方を窺う。
同時に、ランの次の動作にも注意していた。機動力の面ではランに分がある。
そのため攻撃の起点はランになる。ロメリアはそれに合わせる形を取った。
フォセカの側から攻めてくる様子は無い。それを見や否やランは飛び掛かった。
「来ないならこっちから行かせてもらうよ!」
フォセカは依然構えたまま動かない。
「待って!ラン!あいつカウンター狙い……」
叫んだ時には遅かった。既にランは拳を振り始めていた。
フォセカの腕に攻撃が阻まれると同時に、ランの腕は掴まれ、そのまま後方へ投げ飛ばされる。
直後にロメリアも飛び掛かり、頭を大きく振り回して髪で作った拳を叩きつける。
しかし、フォセカはそれを今度は避ける素振りも見せず、拳で迎え撃った。
「んな……!なんでこれが相殺できるのよ!?この馬鹿力!」
「腕力だけで相殺しているわけじゃないよ。」
衝突と同時に、水が凍るようなパキパキという音が鳴る。
直後、ロメリアの髪は破裂音と共にはねのけられた。
「のわぁ!」
体勢を崩したロメリアを掴み、起き上がりかけているランの方へと蹴り飛ばす。
ランは避けることも受け止めることもできずに、弾丸と化したロメリアの直撃を受ける。
「ぐっ……見かけのわりに重いなあ。」
「ちょっと!どういう意味よ!?てか重くないし!あんたがヒョロいだけ!絶対!」
「キミの体型だのダイエット事情だのには興味無いから別に重くていいよ。
それよりも、なんかヤバそうだ。」
自分達を吹き飛ばした者へと目をやると、先程ロメリアの一撃を相殺した腕に、何やら妖しい結晶が纏わり付いていることに気付く。
「これで……終わりだ!」
腕の結晶を飛ばし、倒れ伏す二人の周囲に設置する。
「爆ぜろ!」
紺と朱が不完全に混ざったような色合いの結晶が次々に炸裂し、二人を飲み込んだ。
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