第9話 優美にして凄惨たる一撃

 ランとロメリアは、エミィ宅での集会の後日、人が滅多に寄り付かない廃屋で落ち合っていた。


 彼らはここを拠点として活動している。

お互い持ち寄った菓子類をつまみながら行動計画を立て、街へと繰り出して暴れまわるのだ。


 「それで?わざわざここで会おうってことは、なにかあるの?ミントさんが『虚人』との接触を避けろって言ったけど、それで直近の計画が大きく変わるとは思わないよ僕は」

ランがロメリアに問いかける。


 彼が言うように、アキラたちとの接触を避けるよう指示されたが、そもそも接触の予定があったわけではないので、拠点に集まる理由がランには心当たりが無かった。


 「作戦とかじゃなくて、個人的な用事。あんたに訊きたいことがあるの」

「何さ。女性の好みだったらキミは対象外だよ」

「違うわよ!てか失礼ねあんた!」

廃屋がロメリアの怒声で微かに揺れる。

「ったく……で、訊きたい事ってのはあんたとミントさんとの関係。そこらを歩きながらじゃ話せないでしょ?」

それを聞いてランは小さく頷いた。


 「あんた、妙にあの人に対して軽いっていうか、なんて言うか……仲良いの? 前々からの知り合いとか?」

「そう言えば話して無かったね。特に必要とも思わなかったからだけどさ。そうだね、彼女とは以前から付き合いがあるんだ。僕は彼女の客だった」

「客ぅ?」

首を傾げるロメリアに対して、ランは鞄から何かを取り出して手渡した。

「……なにこれ?」

「スケッチブックだよ。開いてみな」

言われるままにロメリアは渡されたスケッチブックを開く。すると、中には街や公園、森、静物など、様々なものが描かれていた。

「これ……あんたが描いたの? へえ、結構上手いじゃん」

ロメリアはペラペラとページをめくり、精密でこそないが、物の特徴をよく捉えたスケッチに感心していた。すると、ランが突然ページをめくる手を阻み、

「ここから先だよ」

それだけ言って手を離した。


 ロメリアは言葉の意味がよくわからないまま、ページをめくる。すると、次のページからは人物のスケッチが描いてあった。様々なポーズ、角度から描かれていて、その腕前に感心していたが、ロメリアには少し気になる所があった。

「ね、ねえ、その……これは、普通こういうものなの?」

描かれている人物たちの多くは全裸で、服を着ていても薄いレオタード。中には性器まで描き込んであるものもあり、ロメリアは少し気恥ずかしくなってきた。

「そりゃね。人体が描きたいのであって、服が描きたいわけじゃないからね」

決してやましいものではない。と、頭ではわかっているものの、やはりどうしてもまじまじと見つめる気にはなれなかったので、少し早めにページめくっていく。

 「これって……!」

ロメリアの手が止まった。


 そこには、一糸纏わぬミントのスケッチがあった。髪は球状に結ってあったが、やはり毛量が左右で違うためか、その形状は歪だった。

「彼女にモデルを依頼していたんだ。小金稼ぎにやっていたらしいのを見つけてね。安くはなかったけど……相応の価値があるものだったよ」

再びページめくる。すると、角度を変えポーズを変え、何枚にも渡ってミントが描かれている。

「綺麗……」

単純で、そしてこれ以上無い言葉だった。


 「なるほどね……この繋りで今回頼られたってわけね」

「まあ、それだけじゃないんだけどね」

それだけではない。ならば一体何の理由なのか。ロメリアがそう問う前に、ランは答えを言い始めていた。

「僕は……目撃者なのさ。かの『星滅』誕生の瞬間のね。」

「なっ……!」

ギークたちが躍起になって探す、最強の能力者。幻の存在、『星滅』……ミントがそう呼ばれるようになった、その事件の目撃者の一人がランだった。


 思わぬ事実にロメリアは唖然とした。

「いやあ、あれは本当に凄かったよ。真っ暗で、星がよく見える夜空だったのに、一瞬にしてそれが掻き消されるように光が放たれて……」

「ちょっと待って、それってつまり……

攻撃された人がいるってこと……よね?あの人に……!」


 ロメリアはかつてミントと対峙したときのことを思い出して震え上がった。力の数割りも出していないであろう彼女に、一切抵抗できずに叩きのめされた。彼女がその気であれば命は無い。従う他に選択肢など無いことを、一瞬で理解した。せざるを得なかった。

「ああ、勿論いたとも。下卑た顔の男だった。後で聞けば強姦魔らしいね。武器を持っていない女性を狙ったら、実は武器が無くても戦える人で、そのまま返り討ちって話は時々聞くけど、そんなもんじゃなかったよ」


 一般に、戦闘行為に使える程の強さのオーバースペックを行使するには、増幅、または制御用の装置、即ち武器が必要になる。しかし稀に高出力、高精度制御がその身一つで可能な例外が存在する。そう、アキラやミントがその例外なのだ。


 「顔に一撃食らったらしくてね。それはそれは酷い有様だったよ。頬の肉が裂けて口の中が見えていて、そこら中に歯だか骨だかが散ってて……凄惨という言葉はこの瞬間のためにあるんだなって感じだったよ」

ロメリアは話を聞きながら、必死に自分を落ち着かせようとしていた。彼女に敵だと認識されることがどういうことか。それを想像すると、恐ろしくてたまらなかった。


 「でもね、現場の凄惨さはどうだって良いんだよ……重要なのは、彼女なんだ。」

「……?何を言っているの?」

それまで落ち着いた口調で話していたランが、急に興奮し始めた。

「あの一件の後もしばらく会ってたけどさ、

彼女は会うたびに僕に念を押して言うんだよ、誰にも言うんじゃないって。険しい顔でさ、凄んで言うんだよ。だけど僕、その時気づいたんだよね。ああ、この人弱いんだなあって。弱くて、弱くて、それを隠すためにあんな振る舞いをして。他人が怖くてたまらないから、あんな馬鹿げた強さになった。

人間集中とか、緊張っていつまでもは続かないだろう? 切れた瞬間の顔ってのがあるんだよ。あの人はさ、一瞬だけ怯えた顔をするんだよ。大型犬に飛びつかれた女の子みたいにさ……あれが見えた瞬間、たまらなく興奮したもんだよ。雨の合間に虹を見つけたような気分だったよ!あはは!」


 目を見開いて、声を荒げて、顔を紅潮させて語るランを見て、ロメリアはミントに対するそれとはまた異なった恐怖を覚えた。

「……やっぱあんたキモい! 何!?なんでそんなに人のことをまじまじと見てるの!? 怯えた顔に興奮する!? 何して生きててどこで歪んだの!? もうヤダ! 鳥肌立ってきた!!」

「人を変態みたいに言わないでよ。傷付くなあ」

「あんたが変態じゃなかったら世の中の人間全員健全よ! 足舐めさせてって言ってきたオッサンの方がまだ理解できるっての!」

「おいおい……」

あまりの言われようにさすがのランも苦笑いする。

「まあ僕が変態だろうがそうでなかろうが、どの道キミと行動を共にするのは変わらないんだ。せいぜい早めに慣れてくれよ。相棒。」

「はぁ……もしやこれ、あたしの周り誰一人としてまともじゃないのでは……」

ロメリアは小さな声で嘆くが、それが無意味な行動であることは自分でも分かっていた。

しかしそれでも嘆かなくてはやっていられないように思えたのだ。

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