第8話 光刃の鞘
夜も更け、日付も変わるか変わったかという時分、ミントは帰路を辿っていた。
「実に……実に不愉快だ。あんな無意味で馬鹿げた火遊びの巻添えを食らっていると思うと腹立たしい……!」
ミントは、いつもより少しだけ早足で歩き続けた。
「……あれ?」
全くの無意識だった。自宅に向かって歩いていたはずだったのだが、気がつけばエミィの家の前にいた。確かに出るときはここからだったが、用が済んだらそのまま自宅へと帰るつもりでいた。
「エミィ、起きてるかなあ……」
ノブに手をかけると、流石に鍵はかかっている。それを確認すると、肩にかけた鞄から鍵を取り出し、施錠を解いて中に入る。
「ただい……」
言いかけたところで、ミントは自分の行動があまりにもおかしいことに気がついて笑ってしまった。エミィの家の前にいることに気がついた時点で進路を変えて帰ればよかったのに、ごく自然に鍵を開けて、『ただいま』と言いかけている。
「おかえ……?」
寝巻き姿のエミィが奥の部屋から出てきた。
これまたごく自然に『おかえり』と言いかけた直後に、違和感に気付いてミントに問いかけた。
「あれ? なんでうちに? 自分の家に帰るんじゃなかったの?」
「ごめん、なんか気が付いたら入ってた……」
ミントは今にも吹き出しそうになりながら言った。
「あはははは! なにそれ! いくらなんでも無意識で来る!? 嘘でしょ!?」
「ぷっ……くっ、いや、本当! 本当だって! 帰ろうって思ってたのに気がついたらここに……クク……あははは!」
二人はたまらず玄関で笑い転げて、しばらく立ち上がれなかった。
「はーお腹いたい……で、どうする?もう今日は泊まっていく?」
「うん、そうする。シャワー借りるね。」
ミントは浴室へと軽い足取りで向かった。
当たり前のように宿泊したり、浴室を借りたりしているが、彼女らはお互いの自宅にかなり頻繁に遊びに行くため、着替えや生活用品をそれぞれの家に常備している。急に来て泊まったとしても問題は無い。二人は自宅の合鍵も交換するほどで、殆ど家族同然の密接な関係にある。
「さて、ベッドの用意しないと。」
エミィは客室にベッドを整えに向かった。
「ねえミント?」
「なあにエミィ?」
「どうして私のベッドに潜り込んでるの?」
エミィが寝室で寝ていると、ミントがベッドに潜り込んできた。一人用サイズのベッドに、エミィより一回り大きなミントが入ってきたとなると、当然ながらかなり狭い。密着していなければとても収まらない。
「だめ?」
「そんなことはないけど、せっかく客室のベッド整えたのになあって」
「ふふ……ごめんね」
「いいよ別に……なんとなく予想してたし」
エミィは理解していた。ミントが同じベッドで体を密着させて寝ようとせがむ時は、大抵何か嫌なことがあった時だということを。
「で、どうだった? 例のやんちゃっ子たちは?」
「……怖かった。すごく。勝てる勝てないの問題じゃない。私が戦えば勝てて当然。勝てなきゃだめ。でも、そういうことじゃないの。そういうことじゃなくて……」
今にも泣き出しそうになミントの体を、エミィはやさしく抱きしめ、頭を撫でて落ち着かせる。
「……大丈夫だよ。続けて」
「……あいつら、どこかおかしいの。なに考えてるのか分からない。もっと強いやつと戦いたいって言うの。いくら遊びだって、相手が殺す気で来てないってわかってても、自分よりも強いやつなんか怖いに決まってるのに……痛いんだよ? 勝てないかもしれないんだよ!?負けたら、いや、勝ってもボロボロで、負けたら惨めで……そうだよ、ロメリアはそうだった……! あの子はちゃんと怖がってた! 私を! 無敵を! でもあいつらはそうじゃない……怖いはずのものが怖くないなんて狂ってる、何するか分からない……」
「大丈夫、大丈夫だよ。ミント……怖いもの知らずっていうのは、ものを知らないってこと。深く考えないってこと。そんな子にはきっとたどり着けない。あなたが傷付く心配なんかしなくて良いから。今は、おやすみなさい。ね?」
子供をあやす母親のように、優しく語りかけ、背中をトントンと叩くエミィ。
ミントの乱れていた呼吸は平常に戻り、やがて少しずつ遅くなっていき、寝息へと変わっていった。
「……どうしても、弱くは在れないのね。やめてって、助けてって言えない。あなたが手にするべき、磨くべき強さは、あんな能力じゃない……」
ミントの寝顔を見て、ちゃんと眠れたかを確認してから、エミィも狭いベッドの中で眠りについた。
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