第7話 凶気の片鱗

 「おい! ……聞こえてるか! 終わりだ! おい! ……起きろハゲ!」

アキラが伸びたトーガンの額をペチペチ叩きながら起こそうとしている。

「うぐ……ああ……ちょっと待て、今起きき……」

「エレバス、水」

エレバスは黙って小さく頷くと、人差し指を立て、頭一つ分くらいの大きさの水塊を形成した。

「いや待て、待てって! 今起きるから!」

「行け!」

アキラの合図と共に指が振られ、水塊はトーガンの顔に直撃する。その瞬間、ひっくり返った甲虫のようにバタバタと手足を動かしてのたうち回ったかと思うと、先程までぐったりしていたのが嘘のように急に立ち上がった。

「殺す気か!」

「はははははは! 起きないやつには……昔からこうするって……決まってんだよ! ……ククク……!」

「この野郎!ふざけやがって……エレバス! お前もなんで言われるがままやるんだよ!?」

「……? なにか問題があったか?」

一切の悪意を感じないエレバスの顔に、トーガンは顔をひきつらせる。遠巻きに見ていたフォセカは声こそ出していないが、プルプルと震えていた。


 「約束通り今度の昼飯お前の奢りな!」

「はーあ、しゃあねえ。せいぜい好きなもん食えよ」

「じゃあラーメントッピング全乗せにチャーハンと餃子つけてやる!」

「はあ!? てめえふざけんな! 少しは遠慮しろや!」

「口は災いの元ってな! 迂闊なこと言うのが悪いんだよ!」

今にも二回戦が始まりそうな雰囲気だが、

流石に両者連続で戦う体力は無いらしく、

その場での舌戦で終わった。


 「実に、いや実に良い戦いだったよ……」

小さく拍手を送りながらミントは言う。

「中々楽しいものだ。キミたちのような連中が対戦会とやらには多く集まるのだろう? 

良い暇潰しになる。いや、暇潰し以上の価値があるかもしれないな。」

「どういう意味だ?ご婦人」

「いや、なんでも……さて、私はもう帰るとするよ。また機会があれば観戦させてもらうよ。今度はフォセカ、エレバス。キミたちの戦いぶりも見てみたいしね。それじゃあ……またいつか」

ミントは足早にその場から立ち去り、街中へと消えて行った。


 「……あっ」

フォセカが何かに気づいたように声をあげる。

「そう言えば、あの人の名前を聞くのを忘れてたね……今度会ったら聞いておこうか。ね、エレバス」

「……」

エレバスはフォセカの呼び掛けに対して何も答えず、ミントが歩いて行った先を見つめていた。

「エレバス?」

「あの女……時折感じるあの強烈な気……ただの観戦者には見えないが……」

「あの人もギーク?」

「わからん。闘争に身を置く者にしては、異様に気が乱れている。……そう、あれは間違いなく強者のそれではない。しかし……」

考えに耽るエレバスを見て、各々少しの間考えを巡らせる。が、それはそう長くは持たなかった。

「ま、あのねーちゃんが何者でも良いじゃねーか。本人不在の今考えたって仕方ねえし、何かあったらそれはそれで楽しもうぜ」

アキラの言葉によって場の沈黙は解かれ、再び空気は和やかなものになる。

「だな。細かいことを真剣に考えるなんざ、俺らのガラじゃねえ。そんな事より俺は財布の中身の方を考えなきゃなあ……クソッタレ」

トーガンは見ず知らずの人間の事よりも、アキラの自重しないトッピング全部乗せ宣言の方が気掛かりだった。

「その調子で『星滅』が見つかれば良いのだがな……」

「まあそう言うなって。急いでは事を仕損じるってな。確定した情報がほぼ無いってのは確かに問題ではあるんだが……その話は次の集まりの時にするか。それまで各自情報収集な」


 その後、薄明かりの中で暫くの間談笑が続き、夜は更けていった。

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