第5話 無骨の極み

 アキラの周囲の赤黒いものは、徐々に手の周囲に収束し、大振りな爪の形状へと変化した。その赤黒は気体のようにも、空気中を漂う液体のようにも見える。所謂、オーラという表現が似合うものだった。

「あれが彼のオーバースペックか……」

ミントの顔が険しくなる。自分にとって最も脅威になるであろう存在を前に、自然と心が乱れる。震えそうになる唇を、ぎゅっと引き締めて平静を装う。

「……どうした、ご婦人」

エレバスがミントの動きに不審さを覚えたのか、顔を覗き込もうとするが、ミントの長い腕に遮られる。

「いや何も……少し鼻がむず痒かっただけさ。それより、対戦相手のスキンヘッドの方は、いったいどういった力があるんだ?」

「あれは……」

質問を受けてフォセカとエレバスは顔を合わせ、苦笑いをして答えた。

「石頭。それもとんでもない」

「……それだけか?」

「うん。それだけ」

トーガンは頭がとてつもなく硬い。ひたすら硬い。ただそれだけなのだ。石頭から繰り出される頭突きの威力は脅威の一言である。が、それは異能というより、ほとんど体質と言った方がいい。

「とはいえ、単純ながら曲者でな。単純に急所が減るだけで攻めにくいものよ」

「攻防一体、というわけか……」

オーバースペックとは、役に立たない超能力。頭が硬いだけ、というトーガンのそれは、ある意味オーバースペックらしい代物だと言えるだろう。


 「それじゃあ、3カウントルール、……ファイト!」

フォセカの合図と共に両者が飛び掛かる。開幕と同時にトーガンは頭突きをかますが、アキラは知っていたとばかりに横を抜けて背後を取り、オーラで形成された爪を振り下ろす。

「さすがにバレてるっての!」

「じゃあ当たるまでやってやるよ!」

頭突きを避けられたかに思われたトーガンだが、体勢を崩すことなく即座に振り向き、再び頭突きを撃ち込む。

「うおあ!?」

爪は弾き返され、アキラはそのまま大きく吹き飛ばされた。入り方が浅かったのか、ダメージはさほど受けてはいないようだ。

「普段は猪突猛進のお前がフェイントとは、

随分と洒落た真似するようになったなあ、おい!」

「フェイント?違うな……全力の二連撃だ!」

「はあ!?」

声高らかに叫ぶトーガンにアキラは困惑する。トーガンの一度目の頭突きは本命を当てるための布石などではなく、しかもそれを回避された後体勢を崩すことなく一瞬で体を反転、二撃目を放ったと言うのだ。かなり無茶な姿勢の変更だが、体幹の強靭さにものを言わせて実行したのだろう。

「クッハハハ! アホかよ! 無茶苦茶かよ! 最高かよ! やっぱお前良いわ! そういうのもっと来いよ!」

目を輝かせながら大笑いし、再びオーラを纏い始めるアキラ。先程は両手に形成した爪を、今度は片手のみに、より大型に形成する。そして、真正面からトーガンに向かって突撃した。


 それに対して、観戦中のミントが疑問を口にする。

「見たところ、彼は単純な突進力では力負けしているように見えるが、何故突撃を選択したんだ? 何か意図があるのか?」

「まあ……見ていれば分かる」

ミントはエレバスに言われた通りにアキラの動きを見ていることにした。

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