第3話 変装と喧騒
それは、ランたちとの集会の数日前のことだった。
ミントの服装は大抵決まっていて、
緑がかった黒のチューブトップとホットパンツ、膝上丈のブーツ、白の長手袋に金属のリング。季節により多少変化するが、これが基本型である。
しかし、その日はそうではなかった。
「着てみたけど、どうかな?」
「わあ、すごい! 全然印象違う!」
エミィ宅にて着替えを終えたミント。キャスケット帽、大きな丸眼鏡、長袖の服、チノ・パンツ……特徴的な髪は帽子の中に仕舞い、面影は目元くらいにしか無い。その目元にしても、元々前髪で顔が半分近く隠れていた
上に、丸眼鏡で印象が変えられている。長い間触れ合っている、それこそエミィでもなければミントだとは気がつかないだろう。
「髪隠れるのがあんまり好きじゃないなあこれ。もうちょっと肌も見せたいし……」
「それだといつもと一緒でしょ」
「……はあ。変装だから仕方ないか」
普段とは全く異なるミントの姿は、ギークの力比べを観に行くための変装だった。
『星滅』の噂話において、ミントの容姿は殆ど想像で語られている。そればかりか、性別すらも明らかにはなっていない。よって、ミントが観戦に赴いたとしても、力さえ行使しなければただの一般人でしかない。それでも変装をしていくのは、彼女の用心深さ故だったのだが……
「ミントったら、全然変装できてないんだもの。変装なんだから自己主張が激しかったらダメでしょ」
ミントの独特のファッションセンスのせいで、変装として成立しなかったのだ。
「なんだかなー……」
ミントは帽子のつばを弄って不服そうに唸っている。しかしそれでも最終的にはどうにか納得したようで、弄ったせいで少しずれた帽子を直して、よし、と小さく呟いた。
「まあいいや。行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
新品のスニーカーを履いて、ミントは夜の街へ繰り出して行った。
夜になるとギークたちの活動は活発になる。彼らも普段は喧嘩屋としてではなく、一般人として生活している。昼間の生活を終え、自由な夜の時間や休日を、力比べに費やす。刺激に溢れた娯楽、個性の強さがそのまま戦闘における強さに繋がることから来る自己肯定感、小さな世界故に簡単に有名人になれる快感。それが彼らを掻き立てる。
街中でも少し大通りから外れると所々で戦いが起きている。尤も、中には勝ち負けの星数を競うためではない、くだらない理由のただの喧嘩もある。
「派手な喧嘩とその野次馬……か。馬鹿馬鹿しい……」
野次馬の群れを横目に、ミントは街中を歩き続ける。
「……居ないな、どこだ? ……いや、闇雲に練り歩いても無駄が多いか。」
ミントは野次馬の中から無作為に一人の男を選び、肩を叩いた。
「少しいいか?」
「ん? なんだ良いとこなのに」
ミントの呼び掛けに対して、観戦を邪魔された男は少々不機嫌そうに振り返る。
「茶髪の男が率いる三人組を知らないか?」
「なんだ人探しか? だったらもう少し特徴を並べてくれよ」
「ああ、そうだったな。こういうときのための二つ名か。『虚人』……と言えば分かるか?」
すると男の表情が急変した。面白いものを見つけた子供のような表情だ。
「なんだよねーちゃん、アキラのこと探してんのか?」
「知り合いか? なら話が早い。彼の戦いぶりを見てみたくてね」
「アキラだったら、さっき会ったから多分まだ近くにいるよ」
「ありがとう。じゃあ、もう少し探してみるよ」
ミントが立ち去ろうとすると、男が肩を掴んで引き留める。
「せっかくだから、ちょっと連絡してみるよ」
男は携帯電話を取り出すと、手早く操作して耳に当てた。
「おうアキラ!お前今どこにいる? ……いやな、お前の戦いを見たいって人が居てさ」
男は通信を終え、ミントの方に向き直る。そして、アキラの居場所を説明すると再び
野次馬の中に紛れていった。
「熱心なことだ……」
ため息混じりに呟いたミントは、再び歩き出した。
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