第2話 制御
「さて……」
ランとロメリアの二人が立ち去った後、ミントは少し伸びをして立ち上がった。
「エミィ、終わったよ」
エミィという名を呼ぶと、細身で穏やかな風貌の女性が部屋に入ってきた。彼女はミントの友人で、ミントが最も信頼する人物。そんな彼女の自宅を集会所として利用しているのだ。
「んんー……」
エミィはにこやかな顔ではあるものの、少し不機嫌そうに唸り、ミントの目を見つめた。
「何?」
「なーんで私は入れてくれなかったのかなーって」
「別に意地悪しているわけじゃないって。ただ、エミィがいるとちょっと緊張感が……ね?」
ミントがエミィの頭を撫でながら、ランとロメリアを相手していた時とは打って変わって明るく砕けた喋り方でなだめる。
「ふーん……まあいいか」
エミィはすぐに納得したのか、あるいは本当のところは席を外すよう指示されたことはどうでも良かったのか、笑顔で返事をした。
「そういうところなんだけどなあ……」
ミントがエミィを先の集会から除外したのは、他者に圧力をかける場面において、エミィの朗らかさは合わないという理由だったが、今目の前にいる本人を見て、判断が正しかったことを実感して、ミントは苦笑いしてしまった。
「さてと。それじゃあ前に言ってたやつ、やろっか」
エミィはそう言うと、別室から大皿に乗ったいくつかのリンゴと小皿を持ってきた。
リンゴを一つ小皿に乗せ、それを適当な大きさの箱に乗せ、位置や高さを調整する。
「ああ、エミィ。そこでいいよ。うん、その高さでいい」
高さの調整が終わると、エミィはそそくさとその場から離れ、ミントの後ろに移動した。
ミントは、ふうっと息を吐いて、右手に力を込め始めた。するとミントの手首から先が煌々と輝き、青白い光の刃を形成し、そしてそれを机の上のリンゴに向け、力強く横に振るった。
「さて、どうかな」
二人は机に近づいてリンゴを確認する。リンゴには、ほんの少し、顔を近づけて見ないと分からないくらいの切れ目が入っており、そこから果汁が滴っていた。
へたの部分をつまんで持ち上げてみるが、二つに別れることなく持ち上がった。
「うん。いい感じだ」
そう言うとミントはエミィに再び自分の後ろに下がるように促し、また右手に力を込め始めた。先ほどと同様に光の刃が形成されるが、今度は一回り大きく長く、より一層強い光が部屋全体を照らす。
「……何か壊しちゃったらごめんね」
小さな声でミントがそう呟いた。
刃がリンゴを通過し、二人が歩み寄り、状態を確認する。
「あー……綺麗に真っ二つだね」
へたをつまみ上げると同時に分断されたリンゴを見てエミィが苦笑いする。
「やっぱりダメか。あれ以上の大きさだと威力がうまく調整できない。私に使いこなせるのは大体一メートルくらい。まあ、剣としてはそれなりの長さかな」
それを聞いたエミィが疑問を投げ掛けた。
「ねえ、力加減に剣の長さってそんなに重要な要素なの?」
「まあね。重いもの振る時ほど力加減が難しいような、あんな感じ。」
頷くエミィの表情が、ミントには何となく理解していないような顔に見えた。確かに、エミィのような穏やかで華奢な人間が、重いものを振り回すような事があるかと問われると、そんな状況はあまり無いだろう。
「光の刃を長くするにはある程度パワーが必要だし、そうすると根本的な威力が上がっちゃうってこと。単純に大きいのが扱いにくいってのもあるけどね。ほら、大包丁より果物ナイフの方が力の加減とかしやすいでしょ?」
「ああ、そっか。そういうことね」
納得が行ったようで、エミィは大きく頷き、ミントの目を見つめて、理解した顔をしているということを主張する。
「さて……ともかく、万一の備えではあるけど、一応この1メートルの刃で戦うことを想定しておこうか。さもないと……ね」
二人がリンゴに目をやる。初めからそうであったかと見紛う程に美しい断面が果汁で湿っている。
「出来れば、私はその力、使ってほしくない……かな。」
力の余波なのか、明滅するミントの右手を見て、エミィは声を震わせる。
「もちろんそのつもり。そのための、あの二人だから……」
目を閉じて、深呼吸をするミントの左手を、エミィはそっと握る。
その顔はどこか不安そうだった。
「ねえエミィ。そういえば、なんでリンゴ使おうって言ったの?」
「え?私が好きだから」
「そ、そう……」
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