第1話 魅せられし愚者

 多くの人々に超能力が備わる世界。しかし、その力は極小規模なもの、生活の役に立たないもの、制御が困難なものが大多数を占める。


 あったところで役に立つ訳でもないその力を、人々は「オーバースペック」と呼んだ。


 少数の能力の制御に長ける者の一部は、娯楽として能力を用いた力比べをする。

彼らはギークと呼ばれ、その戦いを観戦して楽しむ者も居れば、お騒がせなやんちゃ者として白い目で見る者も多い……



 薄暗い室内。灯りは点いておらず、窓は遮光性の高いカーテンで覆われている。


 部屋のほぼ中央に椅子と机が配置されており、椅子には一人長身の女性が座る。その眼前には黒髪の少年と、赤いメッシュの入った、床まで届こうかという程のツインテールの少女が立っていた。


 「さて、近況報告ですが……お世辞にも順調とは言い難いですね。」

そう言う少年の態度はどこかふてぶてしく、報告内容に対して口調は妙に明るい。

「……」

一方で、少女の方は黙って俯いている。


 「一応、理由を聞かせてもらおうか。ラン、ロメリア。いや、キミ達に落ち度がないのは重々承知だよ」

ゆっくりと、落ち着いた声が、椅子に座るただならぬ威圧感を放つ女性から発せられる。


 女性の容姿はかなり特徴的だ。背は高く、体はしなやかで筋肉がうっすら見える。肌は白く、目付きは鋭く、何よりも異様なのは髪だった。前髪が顎より下まで伸びて左目を隠し、後ろ髪が左右非対称で右側のみが長い。

異質の一言があまりにも似合う、そんな女性だった。


 「では、ラン。まずはキミから聞こう」

女性は少年を指差した。

「まあ、大体予想は付いているとは思いますけど、『虚人』の奴らが思いの外曲者でしてね。本当に、いつの時代も馬鹿ってのはいるもんですよ。嫌になってくる。ただの馬鹿なら殴り倒して終わりですけど、そうも行かないから参りますよ」

「……そうか」


 ランの言葉に対し、女性は特に感想を言うこともなく、少し考えた後、ふうっと軽く息を吐いた。


 「ロメリア、キミからは何かあるか?」

軽快に喋るランとは対照的に、少女―ロメリアは変わらず俯いている。その顔は血の気が引いて、やや汗ばんでいた。


 女性の一言一句一挙一動に神経を尖らせ、息をするのも忘れているかのようだ。そしてその様を見たランの目が光る。

「で、不甲斐ない僕らに何かお仕置きでも?」

「ちょっ何余計なこと言ってんの⁉ 黙ってたらお咎め無しだったかもしれないのに!!」

ランの挑発とも取れる言動に、ロメリアは汗が吹き出る。湿っている程度だった顔に、大粒の雫が現れ、滴り落ちる。


 「いいや、何もしないさ。さっきも言っただろう。キミ達に落ち度がないのは理解していると。それとも何だ。お仕置きしてほしいというキミの趣味か?」

「いいえ。どちらかと言うと、お仕置きはしたい方です。なんならミントさん、あなたに」

互いに冗談を言い合い、静けさの中に笑い声が加わる。


 場の空気が少しだけ和やかになった所で、ミントと呼ばれた女性は本題へと入る。

「さて……今後の方針についてだが、特に変更は無い」

「つまり、今まで通り暴れてこいってことでいいですね?」

「そうだ。……一つ追加するが……」

人差し指を伸ばし、二人を見つめ、一呼吸置いてから、強い意思を込めて言葉を続ける。

「『虚人』の撃破を最優先事項とする。奴は『星滅』狩り勢力の中でも特に精力的だからな。ただし、確実に一度で叩きのめせるようにしてから仕掛けるんだ。『虚人』の模倣能力は知っているだろう。半端な状態で取り逃がせば、手札を増やしてくる。いや、それ以上に面倒なのは、模倣の過程で高い精度の対策を身に付けられることだ。そうなる前に、一度で完膚なきまでに叩きのめせ!」


 指令を聞いてランは、やれやれといった具合で苦笑いしながら頷いた。

「まったく無茶を言ってくれるね。本当に。出来るなら苦労はしませんって」

そう言うランの顔は少し笑っていた。心底呆れているのか、この状況を楽しんでいるのか、あるいはその両方か。



彼らが戦う理由。

そんなものはない。

ただ、単なる娯楽でしかない。

そこに、それ自体に一切の意味を持たない、純然たる遊戯。

暇潰し、何となく面白いから、趣味、交流……

時にくだらない主張のため、時に昼飯を賭けて。

ただそれだけの、刺激的な遊び。


―彼女にとっては、そうではない。

遊戯など、彼女は欲していない。

だが刺激を欲する彼らは、彼女を求める。彼女に惹かれる。

平穏を乱す星屑に向けられた、怒りを孕んだ煌きが、光を砕き、闇を薙ぐ。


―魅せられし愚者の物語は動き出した―


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