歩けタカシ6

現夢いつき

歩けタカシ6

 僕は夜の遊園地に向かった。とはいえ、歩いて向かうわけじゃあない。歩くのはタカシの特権であり、いくら身体がタカシのものであるとは言え、僕がその特権を奪ってはかわいそうである。


 モーモーという鳴き声が暗く静まりかえった田舎道を騒がしくした。

 僕は現在、牛の上に乗って遊園地へ向かっている。

 我ながらこの上なく面白い状況だ。愛しいタカシの命がかかっているというのに、自然と笑いが零れた。この状況下であっても笑う自分は相当なクズなのだろう。そう思う反面、自分がまだまだ冷静であることに安堵する。

 ニホンマツラムに出会って、心を奪われた時のような状態に陥っていない。彼女の美しさは僕から余裕を奪い、冷静な判断を阻害した。今でも思う。もし、あの時冥王を上手く説得できていたら、タカシに迷惑をかけずに済んだんじゃないかと。

 こんな風に多くの人達に迷惑をかけずに済んだんじゃないかと。


 僕はタカシのポケットに入っていたスマートフォンを取り出す。パスワードは知らなかったが、最近のスマホはだいたい指紋認証で開く。実際、彼のスマートフォンは僕のことを自分の主だと誤解してあっさりと受け入れた。

 僕はある人物に電話をかけた。

 一分が経って留守電に切り替わったので、一旦仕切り直してもう一度電話をかけた。

 今度は、先程の間が嘘であったかのように、すぐに反応があった。


『うせえな。今何時だと思ってんだ、タカシィ!』

「多分、十時くらいだと思うけど。久しぶり、後藤君」

『ああ、タカシ……ん? 誰だお前? タカシは俺を後藤君だなんて呼ばねえ。もしふざけてんなら止めろ、お前の兄貴を思い出して吐き気がする』

「……僕がその兄貴のハジメなんだけど、相変わらず、酷い言いようだね、君。元気そうで何よりだよ」

『あ? どういうこった。説明しやがれ、こっちは寝起きで頭が働かねえんだ』


 いくら寝起きだからとはいえ、ここまで口が悪くなるものだろうか、と思わないこともないが、時間は一刻を争う。僕はこれまでの経緯を彼に説明した。この複雑怪奇な出来事を一から説明するのは少々骨が折れたが、十数分かけて何とか説明できた。


『……にわかには信じられねえが、まあ、昔からアンタが嘘を吐くのはタカシに限ってだったし、まあ、信じてやるよ。で、俺はどうすればいい?』

「正直、君の中で僕の評価がどうなっているのかが気になる所だけど、まあ、そうだな。君、今確か京都にいなかったっけ?」

『ああ、ちょっと家族旅行でな。もっといえば京都市だが。で、俺は何処へ行けばいい?』

「ちょっと君、察しがよすぎないかい? いやまあ、いいことに越したことはないんだけどさ。そうだな、死神神社って分かるかい?」

『ああ? 何だそれ。何処にあるんだ?』


 独自に調べたルートを彼に教えた。その神社は本来、この世に存在しないことになっているのだが、僕は行き方を偶然にも発見した。そして、あの銀色の死神と出会ったのだ。

 彼女曰く、僕の身体は彼女に似ていたらしい。だから、その声に応えて姿を見せたのだと。

 しばらくすると、電話からは彼の息づかいだけが聞こえた。正直、僕には男色の趣味はないので耳を閉ざしたかったが、何かあっては大変なので我慢して聞いた。


『おい、着いたぞ! どうすればいい!?』


 あんな複雑な道を一回聞いただけで全て覚えて、しかも迷いもせず神社に辿り着くとは……。僕は思わず絶句したが、そんなことをしている暇はないと首を振った。


「君はただその場にいるだけでいい。むしろ何も喋らないでくれ。今から、少しばかり危険なことをするから。……もし、危険だと思ったらすぐに逃げてくれて構わない」

『はは! じゃあ、俺はここに一生いればいいのかねえ』


 本当に、頼もしいやつだと思いながら僕はスマホに語りかけた。今、僕がしているのは死神をこの世界に顕現させる儀式である。とはいえ、かなり省略したものであるが。


「おいでませ、おいでませ死神様――――」


 それはあの時、僕が言った言葉である。全く同じ言葉だ。しかし、僕の予想ではあの銀色の死神は出てこない。

ハジメという器が銀色の死神と似通っていたから彼女は現れた。では、タカシの器は何を呼ぶだろうか? そんなのあの死神に決まっていた。――銀色の死神が言うところの金色のバカだ。


『うおっ!』


 後藤君の驚いた声が聞えた。おそらくかなり珍しい。

 僕は現れたものが本当に金色の死神かどうかを確認しようとしたが、その前にスピーカーから、こんな声が聞えた。


『事情は分かっている。今からオレも向かうから、オマエは待っていろ!』


 声音(こわね)こそは少女のものだが、その喋り方は僕の愛しい弟のものと似ていた。それだけ分かればもう、確認する必要はなかった。僕は後藤君にありがとうと言ってから、スマホを閉じた。


 口笛を吹くと、あたかもそれが合図であったかのように、銀色の死神が現れた。

 なるほど。夜道で口笛をならすと蛇ではなく、死神がでるのか。初めて知った。


「あれ、まだ君いたんだ? 正直、金色が出てきた時点で消えるものかと」

「別にそんな道理はないんだけどね。もともと、死神は生死を司る神なんだ。ボクが死であの金色が生。ほら、ちゃんと分担できている。しかし、何だ、キミはボクのことが嫌いなのかい?」

「好きか嫌いかでいたったら、そりゃな。僕は自己嫌悪の塊なんでね!」

「ははは、それはそれは、ますますキミとボクは似ているね? 何だ。意外と姉弟っていうオチが待っているかも知れないぜ?」

「ははは、それはそれは、絶対にあり得ないね。僕の兄弟はタカシだけなんだ。というか、今更どういった風の吹き回しだい? 君は確か無責任に人に選択肢を押しつけるだけの存在なんだろう?」

 僕がそう言うと、銀色の彼女はバツが悪そうに言った。


「気まぐれよ。ボクもたまには足を進めたのさ」


 彼女が姿を消した後、僕の後ろに何かが現れた。この流れである。もはや確認するまでもない。


「せっかく生き返ったと言うのに、また死にに行くの? それはもう、悲しいわ。ねえ、ハジメ。あなたあそこへ何をしに行くの? それはもう、私のお父様に会いに行くのだわ。それで、何をするというの?」


 僕の背中に彼女の柔らかい肩の感触を感じる。その熱は僕の全身にまで広がっていき、思わず彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。しかし、今はそんなことをしている暇はない。理性を失ってはならない。――余裕を失っては!


「僕は弟のために――タカシのために行くんだ!」

「それで、あなたは死んでしまっても?」


 僕は鼻で笑った。


「はっ! 誰が死ぬものか! 僕はもう、誰にも殺されないし、そして誰も巻き込んで殺さない! だから、タカシは助けるが無論、僕だってあんなところで死んでやるつもりはない! 一緒に生き残って、それで帰ってきてやる!」


 彼女はそれを聞くと満足そうに頷いた。背中の感触からそのことは見ないでも分かった。


「そう。それでこそあなただわ。……愛しているわ」

「僕も――――っ!」


 振り返ってその告白に応えようとしたが、彼女はそれを人差し指で制した。

 危なかった。もし彼女が止めてくれなかったら、僕はまた冷静さを失い失敗を繰り返していたかもしれない。

 ニホンマツラムは最後ににこりと笑って、僕のもとを離れていった。


「先に行って待っているわ」




 しばらく行くと、目指すべき遊園地が見えてきた。

 そこでは僕を待つ四名の姿。


「あれ、どうして後藤君もここにいるのかな? あの後帰ってもよかったのに」

「タカシの危機に来ないわけねえだろ! アイツとは友達なんだから!」

「どうしても、行くの? 何せ死の世界だ危険だよ?」

「んなもん、知らねえよ。タカシのためなら、多少の危険ぐらいなんだ!」


 どうにかして思いとどめさせられないかと思ったが、そんなことを言われては連れて行かないわけにはいかなくなる。僕は溜息を吐きながら言った。


「はあ。分かったよ。ただし、君はこの牛にずっと座っていること。決して、あちらでは地面に触れないようにするんだ。生きている者があちらへ渡るだけでも危険なんだ。あの不浄の大地を踏むなんてしたら最後、生きて帰れなくなるぞ」


 僕が口酸っぱく後藤君にそう言うと、彼は神妙な面持ちで頷いて牛の上に乗った。


 タカシの友人――後藤君。

 死を司る神――銀色の死神。

 生を司る神――金色の死神。

 冥王の娘――ニホンマツラム。

 そして僕。


 ここに役者は全てそろった!

 あとはタカシを取り戻して、皆で生きて帰ってくるだけである。

「さあ、行こう! タカシを取り戻しに!」


 ニホンマツラムがこの遊園地と冥界をつないでくれている。ここが最も冥界と近い場所であるとは言え、かなり手間取っているようである。

 ふと、視界の端に黄色い花が映った。やはり黄色い花というのはよく目立つ。

 マリーゴールド。――その花言葉ゆえに嫌煙される花。確か花言葉は、『嫉妬』や『絶望』。


 そして『生命の輝き』。



 僕達がニホンマツラムの先導のもと冥界へと渡る中、世間は新しい日を迎えた。

 八月十五日。それは、死んだ者達が帰ってくる日。

 その到来を知らせる鐘が静かになった。

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