サンライズ・コーストライン

神崎赤珊瑚

第1話 はじまり

 わたしは、明日の朝日を見ることが出来るのか、明日の朝までわからない。

 しばらく、そんな生活を続けていた。


 片田舎での強盗など、この国ではよく見る光景ではあった。

 どうしようもなく晴れ上がった空に、乾いた銃声。間をおいて、更に銃声。

 わたしは、エンジンに火を入れたまま、彼女を待っている。

「……今回も何人か撃ってますね」

 盗むだけなら窃盗で済むが、脅したり撃てば強盗になり罪状は大きく重くなってしまう。しかし、そのあたりについては、いまさらどうとも思わなかった。

 それよりも、彼女が返り血を浴びていたら、色々面倒くさいなあ、とだけ考えている。

 また、銃声が聞こえる。不明瞭ではあったが、ほぼ連続で二発だろうか。


 強盗を生業にする、なんてことがあり得るのかは、わたしにはわからなかった。

 この国の田舎、辺境、自然と人類との境界線においては、まったく治安は良くはなく、窃盗や強盗を含む触法行為で稼ぎ維持される集団を、治安維持機構は根絶は出来ていない。

 それでも、わたし達のように、組織による庇護ケツ持ちもない、たった二人の女がたった一丁の銃で、国の最果てで強盗を繰り返し転々としている例は他にはないと思う。

「あの銃は全部でも六発、そろそろ戻ってきますね……」

 わたしは、既にあたりを付けていた逃走路を、頭の中で復習する。

 いつもは彼女が地図を読み込みすべての経路を決めておき、それをわたしがなぞるように覚えるばかりだったけれども、今回は頑張った。

 苦手な地図を読み込み、いつも彼女がしていることをなぞるように、道を決め、提案をしてみた。

 少しの驚いた顔を期待したものの、彼女は無表情で、無言で、わたしが差し出した地図をいくつか手直しをした。

 その時、聞こえないような小さい声で「悪くはない」とだけ言ってもらえた気がしたのが、どうしようもなく嬉しくて、思い出すだけで頬が緩む。


 わたしたちは、この治安機構と、地域の反社会勢力ギャングと、両方から付け狙われている。

 両方共、ありようには大きな違いがあるのに、双方とも同じく自分のフィールドなわばりの治安維持のためだけに、それを乱すわたし達を許せない。

 わたしの正直な感想として、この二つの組織にあまり差は感じられない。治安維持機構が多少装備が整ってる程度だ。

 どちらにも、幾度も追いかけ回されたし、少なくない回数の発砲をうけている。


 今回のターゲットは、雑貨店だ。百人程度のあまり大きくない集落のほぼ中央に位置する、食料から衣料、雑貨まで。住民たちの生活拠点。

 扉が開き、彼女はなにごともなかったかのように、店から出てくる。

 ショッピングを終えて外に出てきたら陽光が思いの外強くてうざい、程度の表情の歪めかたを一瞬だけしてみせて、

 おそらくわたしに向けて、屈託のない最高の笑みを見せる。


 強い陽光を浴びると飴色に透ける黒髪を風に揺らし、

 膝下まである紺のサマードレスに、威風を示すよう胸を張り、

 バケットの代わりにゴツいオートマチックの銃を突っ込んだ紙袋を抱え、

 慌てずに堂々と、しかし数メートルを数瞬でかろやかに超えて、


 ドアを開け放していた助手席に乗り込んできた。

「出します!」

「ん」

 彼女がドアを閉めるのを待たずに、車を急発進させる。

 バックミラーに視線を流し店の入口を確認するが、まだ、誰かが出てきたり、外を伺ったりしている様子はない。

 彼女がそれほど焦らずに犯行現場から出てきた様子からしても、充分にしたのだろう。

 雑貨店の敷地を飛び出し、昼下がり、閑静な田舎町を走り抜けてゆく。

 どこまでも青く晴れ上がり、初夏の陽光がとても力強い。

「今日は客がいた。四人」

「うん、四人ですね」

 いつもの会話だ。わたしたちが強盗をしたとき、彼女は必ず撃った人数を言い、わたしが聞く。

 これは、わたしと彼女が組んだ、一番最初の仕事から続いている。

 死んだかどうかはわからない。ただ、ヒトを撃って命中した数を数えているだけだ。

 もちろん、特に意味はないが、わたしはこの数字をずっと数えている。

「四増えて、二十三です」

「ん、わかった」

 感情を見せずに応えた彼女がどう思っているかはわからない。

 それでも、この毎回積まれていく数字だけは、彼女がわたしのために撃ってくれた数は、何があっても絶対忘れない。そう決めていた。

 こんなことが彼女の役に立つとは思っていないものの、それでも、自分に出来る数少ないことであり、増えてゆくのは密かに嬉しいことであった。


 この車高の高い大きな車は、小金持ちが子育て時期に乗りそうなゴツい車程度の感想は持ったが、車種はまったくわからない。興味もなかった。

 どうせ遠くの街で盗んだものだ。

 車は足が強烈につく。

 無関係の人間も車はよく見ているから、盗んで使うなら、多少なり距離をおいた場所で盗め。充分に移動してから使え。

 車の車種もナンバーも色も持ち主も、ありとあらゆる情報を治安維持機構は把握しており、すぐに嗅ぎつけてくるから、いくら惜しくても、すぐに乗り捨てろ。

 これらは、彼女に教えてもらった大切なことだ。

 彼女は生き延びることに関しては、本当にあらゆることを知っているように思う。

 それに見あった行動力と決断力、運動能力さえ併せ持っており、彼女でなければ、組織相手に数日だって逃げられていなかっただろう。

 賢明で強かで美しい彼女はわたしのあこがれで、全てだった。

 となりに座っていられるだけで、ともに居られるだけでとても誇らしい。

 盗んだ車は期待以上の馬力を発揮し、乗り心地もよく、滑るように加速してゆく。


 逃げるには、初動が大切だ。

 犯行の発覚自体が遅れれば遅れるほどよく、発覚も通報がなるべく遅くなるのがよく、そうすれば、追跡開始も非常線を張るのもどんどん先になり、わたしたちが逃げおおせる可能性が高まってゆく。

 今のところ、窓外に流れる町の光景は平穏なばかりだ。そもそも平日の昼下がりで人通り自体が殆どない。

 まずは、とにかく地方政府の境界線まで逃げること。

 同じ連邦に所属しているとは言え、自治自律の気風が強いこの連邦くにでは、地方政府同士はあまり仲が良くはない。

 当然、治安維持機構も地方政府単位の組織なので、同様に仲は良くない。

 官憲らしいセクショナリズムを組織同士の不仲が加速させて、境界線をまたぐと途端に追跡が格段に緩む。

 だから、わたしたちが仕事をするのは、必ず境界線近くでのことだった。

 ここでも、十五マイルも行かない間に隣の地方政府の領域に入る。

 彼女は、どの地方政府がどの地方政府と不仲か、関係性に特殊な事情を抱えているか、など、公開情報だけでは知りえないほど事情にくわしかった。

「ウエットテッシュ、どこ?」

「後ろにあります……いっそ、後ろで着替えてしまったほうがいいかもしれません」

「だね」

 彼女は、助手席のシートを限界まで倒し、後部座席へと移る。

 頬についた血をウエットティッシュで拭う。飛び散った返り血が幾重にも付いたサマードレスを逡巡なく脱ぎ捨て、下着姿になる。

 わたしは、彼女のあられもない姿を、わたし以外の誰かに見られないか心配したけれども、ちょうど家屋の並びを抜けて町を抜け出て、人の気配が完全に消えた。

 バックミラーに映る彼女の肢体は、相も変わらず綺麗だった。

 わたしの白く色の抜けてしまった金髪とは対象的な、つややかに輝く腰まで伸びる黒髪。

 背丈はわたしと変わらないのに、ウエストは一回り細く、胸は一回り大きい。

 さっさと体のラインを隠すように衣類をまとってしまうのが、残念で仕方がない。誰も見ていないなら、ずっと裸でいたらいいのに。

 運転席から視界に入るのは荒野と道、遠景の山と雲だけで、動いているものは雲くらいのものだ。

 これからなにもない荒野がしばらく続く。そして、地方政府の区分境界を超え、その先の山岳地帯に入り込めれば概ね安心できる。

 遅くはないが目立つほどでもないように、車は時速九十マイルで巡航させてゆく。

「追跡も、非常線も、今のところ大丈夫そうだね。よかったよかった」

 ゆったりとした白のチュニックに、茶の半端丈パンツ姿で、彼女は助手席に戻ってきた。

 わたしとだいたい似たような姿である。趣味ではないけれども、こんな辺境の地で選ばずに手に入ったもの中で比較的気に入ったものである。そもそも選択肢が乏しいのだ。

 背丈が近いので下着以外の服は共通で着ていたが、二人共それほど服飾に興味があるわけではないので、とにかく目立たないことだけが理由になり、華美ではないが地味でもない、どこででも見かけるような服装が多くなる。

 あえて目立つ服を着るのは、仕事をするときの彼女だけだった。

「まだ、治安維持機構マッポてきなものは動いてないっぽいです。無線機にも何も反応ありません」

 治安維持機構の無線を傍受する機械も、電源が入ったままなんの反応も示していなかった。

 極めて怪しいところから入手したものだが、何回かは無線連絡を捉えて逃亡の役にたったので、まったくのガラクタというわけでもない。

「今回ね、結構凄かったよ。札束が偽物フェイクじゃなければ。

 たまたま、あの店通して車買おうってのが居たみたい」

 紙袋を指さしながら、彼女が口にした金額を聞き、わたしは胸の高鳴りを覚えた。

 これで、しばらく仕事をしなくても済むかもしれない。

 これで、彼女と少しでも長く一緒にいられるかもしれない。

 こんな生活を続けていれば、わたしも彼女も、どうせ長くは生きられないのだ。


 わたしが生まれたのは、なにもない、田舎だった。

 山の端がそのまま海に潜っている際にある町で、小さな漁港はあっても発展の気配はほとんど感じられなかった。

 大嫌いだった。山村と漁村と農村の悪いところをすべて併せ持っていて、存続のためだけに住人の人生を希望なくすり減らしていくような町。

 周囲の都市からは隔絶していて距離があるので、それが逆に幸いして高校までは村の中で過ごすことが出来た。

 学校も、大嫌いだった。

 年に数人だけ、高校を卒業後、大学に進みこの町から脱出出来るものもいた。

 彼ら彼女らが戻ってきたことはない。

 町の機能を維持するためだけに、生まれてから死ぬまでこの町で役割を果たすことを、免除されたもの。

 わたしも、そうなりたかった。

 でも、そうはなれそうもなかった。


 高校ハイスクールで仲の悪いクソ女ビッチがいた。

 街の人口が少なく、同学年ならば自動的に同じクラスになるため、初等学校エレメンタリースクールから一緒だったが、ずっと合わなかった。

 仲が悪い、とは言っても、わたしはクソ女ビッチに強烈に嫌われていたが、わたしはクソ女ビッチを嫌いではなかった。それ以前の問題で、そもそも関心がなかった。

 あいつビッチは、学校で自分の我儘を通すためだけに、スクールカースト上位の幾人もの男と寝て、性格が雑なのですぐに周囲に全部バレて、それでも恥じず怖じずなのは呆れるが、それでもわたしには関係の無いことだった。

 わたしを、イジメブリーングのターゲットにするまでは。


 イジメなんてのは、わたしからするとずいぶん控えめな言い方だ。

 たぶん、わたしが怯えると思って、大人の目が届かない場所に呼び出し、取り囲んだのだ。

 たぶん、わたしが許しを請うと思って、あいつビッチは、男たちに「こいつ犯しちゃってよ」と冗談めかして言ったのだ。

 たぶん、わたしが抵抗すると思って、集団で押さえつけて、服を脱がせたのだ。

 でも、わたしはあいつらの意に沿うようなことは一切しなかった。

 暗い目で、ずっと睨みつけていたのだと思う。

 どこかで、誰かが引っ込みがつかなくなり、わたしは、押さえつけられたまま、驚くほどあっさりと犯された。

 最初にわたしを犯した男は、最初は罪悪感からか落ち着かない様子であったが、数人がわたしを代わる代わる汚していくうちに、誰かが、「素直に謝らないお前が悪いんだ」と言い出し、このありえない責任転嫁は瞬く間にわたし以外の全員に伝染し、そこからすぐに遠慮や躊躇は失われていった。

 クソ女ビッチは、口許を性悪に歪ませて、犯されているわたしの姿を、繰り返し繰り返し携帯電話で撮りまくっていた。

 ここまでのことをしておいて、この年齢にもなって、こいつらは、それでも子供同士の関係性のちょっとした過誤イジメ程度としか思っていないのだろう。

 五人が数回ずつわたしを犯した。

 姑息なことに、服を着てしまえばわからなくなる箇所にしか、痣になるようなことはしてこなかった。

 最後の男が身を離して、何のフォローもなく、全裸のわたしを床に打ち捨てたまま、笑いながらあいつらは去っていった。

 わたしはそれでも涙を流さなかった。


 街の最西端、民家が一旦途切れた更に先に廃教会があった。更に先には浜辺しかない。

 祖父祖母の世代ですら、物心ついたころには廃墟であった、というくらい古い建物で、ずっと立入禁止であった。

 とは言え、建屋の作りはしっかりしており、伝統的に町の不良少年少女のたまり場になっていた。

 ここには、よっぽどのことがない限り、大人たちは近づいては来ない。この町では、誰も限度を知らない子供に積極的に関わろうとはしない。

 だから、あいつらは、わたしをここに呼び出す。

 毎週土曜日の深夜、ここでわたしを集団で犯すのが恒例になっていた。

 もう、何度目かは覚えてない。


 学校に被害を訴えても、あと数ヶ月だけ何事もなく過ごしさえすれば退職金と恩給が待っている校長が、事態を矮小化して収めてしまうだろう。

 治安維持機構に訴えても、加害者の一人の父親が幹部であるので、誰も罰せられないよう事態を矮小化して収めてしまうだろう。

 こんな異常な出来事は、誰も望んでいないのだ。

 この田舎町では、ただただ多くの住人が大過なく日々が送れることがもっとも重要で、それを乱す事実は望まれず、認められず、、と塗りつぶされてなかったことにされてしまう。

 親? 親こそどうにもならない。母親はもういない。わたしの父親は、娘がクラスメートに輪姦されていると知ったら、ただ困るだけだろう。ただひたすらに困るだけで何も出来ず、自分で自分の心の負担を勝手に増やすだけで、場合によっては耐えきれずにわたしを置いて逃げ出すだろう。あれは、そういう生き物だ。


「自分で脱げよ」

「いや、着せたままやるのもいいんじゃねーの」

 もう、こいつらは人には見えなかった。

 廃教会に蠢く、精液を吐き出すばかりの糞袋。この古い街に連なる意志のないただの肉の端末。

 繰り返される行為に、わたしの心はとっくに冷え締まって、もうほとんどの行為を辛いとすら思わなくなった。

 ただ早く終わらないかな、服が汚れないといいな、とだけ願って願い続けるばかりであった。

 それでも。始まりとばかりに一人がわたしの腕を取り、乱暴に胸を鷲掴んだ拍子に、はじめて涙がこぼれた。

 ぽろぽろと、もう止まらなかった。

 肉体的な痛みはどうでもいい。

 涙を流すとと、こいつらが喜ぶから、こらえなくてはならない。

 だからずっと我慢してきたし、それは難しいことではなかった。

 それでも、わたしがこらえられずに泣くのは、ここまでの目にあっていながら、それでも、この街はわたしの足に連なって離してくれないから。

 わたしは街から逃げられない。伝手もなければ金もなく、なにより、外の世界を何も知らない。誰も知らない、何も知らない世界で生きていけるほど強くはない。

 いくらこいつらを卑下して、蔑もうとも、わたしも同じなのだ。

 どこにも逃げられはしない。

 この不吉な街に、わたしも囚われているのだ。


「んだよ。

 せっかくいい場所隠れ家見つけたと思ったら」


 なんの前触れもなく、冴え冴えとした少女の声が聞こえた。

 遅れて、乾いた破擦音。

 わたしを最初に犯そうとしていた男の眉間に真っ赤な穴が開く。

 一拍置いて、血が穴から溢れ出てくる。

 わけが分からなかったが、やる気満々の股間を丸出しにしたまま、目を見開いて固まっている姿が滑稽で、わたしは思わず笑い出しそうになった。


 影が廃教会の中を走りめぐり、五人いた男は次々に死んでゆく。

 様々な死に様ではあったものの、みな見事な頭部打ち抜きの一撃ヘッドショットで即死させられていた。


「ごめん。こんなにひどい目に遭わされていたのなら、ものすごく苦しめてから処理したいだろ?

 でもな。ごめんな。

 おれの銃は六発なんだ」


 最後に残った女の頭蓋を、右手で鷲掴みにし、左手の銃を口に突っ込んだ状態で、ようやく、影しか見えなかった少女はわたしの目に映る。

 紺のサマードレス。藍の黒髪が幽月に照らされ、より黒くみえる。

 細身の背を伸ばしたまま傲然と顎を上げ、線の細い少女にはとても似合わない、銃がその手に握られていた。

 その美しい外見からは想像出来ないくらい言葉は雑で汚いが、声は聞いたことのないほど涼やかで心地よかった。

 銃を口に突っ込まれた女、クソ女ビッチの親友であった最後の生き残りは怯え震えて身動きがとれない。

 クソの親友に銃口を突っ込んだまま、『彼女』はわたしに視線を送ってくる。

 わたしは、迷うことなく強く頷いた。

 彼女は、破顔し、とても嬉しそうに、

「いい表情かおだ」

 と鈴の音のような声で言い、引き金を引いた。


 死体さえ見つからなければいい。この街の、静謐を守るために差し障りのあることを隠蔽する力は、数人の行方不明の男女くらい、簡単に見なかったことにしてくれる。

 六つの死体。男が五体と女が一体。

 それは、廃教会の地下で彼女と二人で処理した。

 彼女は、この場所を拠点にしようとしてここを徹底的に調べたらしく、隠された地下室を見つけていた。

 彼女の感触だと少なくとも百年以上は誰も立ち入った形跡がないとのこと。つまりは、現在生存しているものでこの場所を知っているものはおそらくいないということだ。

 大した広さはなかったが、二つの区画がある。

 一つは、拷問に使うような部屋だった。人を様々な姿勢で磔にする器具、そして磔にした人間を責めさいなむための器具。木製のものは腐り朽ちてはいたが、金属製のものはまだ使えそうなものも多い。

 もう一つは穴だった。ただ部屋の真ん中に深さのしれない穴が真下に開いており、死体を放り込んでも底に落ちた音が聞こえないほどに深かった。

「ここで何があったのかはわからないが、少なくともロクでもない話だよな」

 わたしは、この街のどうしようもなさを更に見つけてしまったことで、嫌悪感で言葉が告げなかった。

 人をひたすらに責め苛む屋と人をはかなく処理する部屋。ある意味、この街の縮図でもある。

「で。ひとつ謝らなきゃならない」

「……なんですか?」

 六人を瞬く間に殺した美しい少女は、間違いなく殺人鬼ではあるのだが、それでも、わたしは全く恐ろしくはなかった。

 人がこんなに死んでいてもなんの気にもならなかった。ただ、彼女の言葉だけに興味があった。

「ほんとは、おれは前回もここに居たんだ。

 おまえがひどい目に遭わされていたけれども、ただ見ていた」

「……なんで今回は助けてくれたんですか」

「前は、処理しなくてはならないのが七人だったけれども、今日は六人しかいなかった。

 で、わたしの銃は六発なんだ」

 わたしは、あまりにわかりやすい理由に虚をつかれ、思わず吹き出しそうになった。

 あれだけひどい目に合わされたことがぜんぶ吹き飛ぶくらい、愉快だった。

 このひどく徹底した合理性が、この街では異質に思えた。

 そうだ。今日は、たまたま、あいつビッチがここには居なかったのだ。

「で。罪滅ぼしというわけじゃないけど、弾丸は詰め直せるし、まだおれたちは無傷だ。

 どうする」

 彼女が差し伸べてきた手に、迷うことはまったくなかった。

「もちろん」

「やっぱり、いい表情かおだ」


 指示通り地下室で待っていると、彼女は三十分も経たないうちにクソ女を担いで戻ってきた。

 彼女はクソ女と身長こそ変わらないが二回りは細いのに、どうやって運んできたか不思議ではあったが、もはや気にはしなかった。

 ダクトテープで、口を塞がれ手足を巻かれ、ほとんど身動きが取れない姿で芋虫のように怯えるパーティードレスよそいきのクソ女は、もう肉の塊にしか見えなかった。

「処理したい」

「いいよ。処理してあげる」


 七度目。わたしのために、彼女が撃ってくれた。

 そして夜が明ける前に、わたしの新しい生活が始まった。

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