時間は刻々と過ぎ去り、榊は頭を抱えつつもなんとか問題に取り組んでいた。窓の外では蝉の鳴き声が合唱のように響き渡り、運動部の生徒達は水道付近でヘバッている。空は鮮やかな朱に染まり幻想的だ。いつの間にこんなに時間が経ったのだろう。一息つこうかと目線を上げ、そこで天宮の表情に目が止まる。真剣な面持ちで本を読んでいるのはいつものことなのだが、今日はやけに神妙な顔をしている。見えない遥か先を見つめるような、哀愁すら漂わせていた。本の表紙はカバーに包まれ、作品名は分からない。

「……はぁ」

「本読んでため息なんて珍しいな。そんなに難しい内容なのか?」

「そういうわけではない……けど」

「けど? 」

「私にはよく分からない」

「一体何読んでるんだよ」

 天宮は一瞬躊躇い、静かにカバーを外し始めた。新書の香りがふわりと舞い、榊の手に収まる。

「恋愛小説? 」

「私にしては変わった選択だとでも思ってるんでしょう」

「確かにそうだけど、本を読んでお前が“わからない”なんて今までなかったろ」

「……ねぇ榊」

「何? 」

「誰かに恋をするって、どんな感じ? 」

「へ? 」

 天宮の瞳が、まっすぐに榊を見つめる。

「なんだよ急に……」

「いいから答えて」

 はあ、とため息をつき頭をガシガシと掻く。

「どうって、普通に好きだなって思うし、あと……つ、付き合えたら幸せだろうなとも思う。でもやっぱり……」

 ふと窓の外を見やり、おもむろに呟いた。

「誰よりも幸せでいてほしい、と思う」

 少年は微かに高揚し、見えぬ想い人に愛しさを募らせる。照りつける日差しがいつもより優しく感じた。

天宮の反応が気になりそっと盗み見るが、俯いていて表情は窺えない。

「天宮? 」

「……」

「なぁ、聞いてる? 」

「えっ」

「俺の話」

 パッと顔を上げ、すぐに視線を逸らす。いつも冷静な天宮からは想像出来ない反応だ。

「え、えぇ。参考になった。ありがとう」

「そうか」

 なんとなく気まずい雰囲気に居た堪れなくなり、榊は立ちあがる。

「俺、飲み物買ってくる。」

 部室のドアが閉まり、一人残された天宮は呟いた。

「誰よりも幸せでいてほしい…か。」

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