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その日は、この国の初夏らしい空模様だった。
気温は昨日に比べてわかりやすく上昇し、ひとときの梅雨のせいか湿度が高く蒸し暑い。運動部の生徒達が悲鳴を上げる中、文芸部は徹底された空調管理のもと快適に過ごしている。
「榊。文芸誌の〆切、あと二週間後」
「うるせぇぇ!!! 」
否、若干一名悲鳴を上げる者が居た。
「なんで〆切が期末試験の一週間後なんだよ! 勉強に勤しまなきゃならない時に悠長に文章なんて書いてられるか! 」
「だから私は中間試験が終わった直後から何度も忠告したでしょう。人の忠告を聞き入れなかった罰よ」
日々の活動時間は恋愛相談に逃げ、体育祭の準備が始まればクラスに逃げ、例の如く榊は文芸誌の執筆に手をつけようとしなかった。問題を先延ばしにすればするほど、猶予は無くなりさらに息詰まる。夏休みの宿題を後回しにし、新学期に怯える典型である。管理された空調が意味を成さない程に榊は脂汗をかいていた。先ほどから天宮の視線が痛い。
「俺は現国に限らず日本語が下手くそなんだよ……言語を学ばせようって魂胆が理解できない。フィーリングだろフィーリング」
「にも関わらず文芸部に籍を置き日々苦悩に頭を抱えている君の思考回路の方が理解できないわ」
「だって行動しなきゃ問題は解決しないだろ」
「その魂胆は素晴らしいわね。ご愁傷様」
籍を置いているのはお前に先を越され続けないための策だ! という本心を飲み込み、榊は参考書に向き直った。
「で、さっきから言おうと思っていたのだけど、ここは書庫室兼部室であって自習室じゃない。あと問3の5文字目、漢字が間違ってる」
「わ、わかってる。でもテスト前なんだし少しくらい目を瞑ってくれたっていいだろ」
目を泳がせ、榊は慌てて消しゴムを擦った。天宮は未だ本から目線を上げない。
「その涙ぐましい努力が実を結ぶといいわね」
「こんの野郎……そういうお前は呑気に読書か。随分と余裕だが俺に催促する原稿とやらはもう完成したのか? 」
「三日前に全て。小説、論説、詩を合わせて9編ほど。残りの一編は君の枠」
「まじか……サイボーグ天宮」
「次そう呼んだら君の原稿は添削せずに掲載する」
「すみません天宮様」
天宮の瞳が銀縁の奥でキラリと煌めく。榊はこの部屋において、天宮の権力に逆らうことが出来ない。榊が天宮に勝たない限り。
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