第13話エメラルド色の髪の少女3

 琴葉は焦っていた。

 電話で呼び出されて急いで来てみれば、クラスメイトがものすごく危ない状態になっており、一刻の猶予もないような状態だった。

 そして、その危機から脱するために琴葉がこれから行おうとしてる魔術は・・・

(まさか成功率がわずか二割ほどしかないなんて、とてもじゃないけど言えないわね。)

 琴葉の専門は、魔術ではなく錬金術だ。

 なまりを金に変えたり、卑金属ひきんぞくを貴金属に変える、錬金術。

 その構造を応用することにより、鉄塊を剣に錬成したりすることができたりする、一見万能にも見える力だ。

 だが、そんな万能に見える錬金術でも、未だに壊れた人の肉体や骨を再生したり錬成したりはできない。

 つまり、琴葉にとって治療魔術というものは完全に専門外だった。

 それでも自分にこう言い聞かせる。

(大丈夫。私ならできる。)

 自分には天才と言われるだけの才能があり努力もしてきたと自負しているつもりだ。

(こんなのいつものプレッシャーに比べたら・・・!)

 天才と言われれてしまうが故にか、周りの期待に応えなきゃいけないというプレッシャーは半端なものじゃない。

 いつも冷静を装ってはいるが、頭の中はパニック状態だ。

 今だって、目の前の少女にどう接するのがいいかわからないし、その弱々しい笑顔から目をそらしたくなる。

(大丈夫。大丈夫。大丈夫!)

 それでも目の前に少女を救うために、自分の憧れの人から教えて貰ったおまじないを自分に唱える。

 そして、深く息を吸って吐き出す。

 同時に、絶対に成功させると決意した。

 程なくして琴葉が書き上げたのは、五芒星ごぼうせいが中心に描かれた半径1.5メートルぐらいの大きな魔法陣だった。

 まだ未完成であるその魔法陣の中心に寝かされているのはリンだ。その胸元には、先ほど琴葉が渡した折り鶴を持っている。

 琴葉が、リンの魔力の流れを読み取り、詳しい容体を確認していく。

(なにこれ!?折れた肋骨の破片が肺に突き刺さってるじゃない・・・!!こんなの医療じゃすぐには治せないわね・・・)

 そう思って、チラッと彼女の顔見ると弱々しく微笑み返してきた。

(なぜ笑っていられるの?)

 彼女が理解できなくなる。

 こうしている今も、彼女の全身を琴葉が想像もできないような激痛が、絶え間なく襲っているはずだ。

 琴葉は医療を専門にしているわけではない。だが、それでもわかる。

 リンの現在の状態は死んでいない方がおかしいと。

 なぜこの怪我で彼女の命が途絶えていないのか、科学的にも魔術的にも不可解ななことだった。

 医療的に言えばさらに不可解だろう。

 リンは今生きていることが奇跡だった。

 だからこそ、琴葉は作業を急がねばと魔法陣を書き上げていく。

「時刻は十七時夕刻、方位は南、太陽の守護、その役は朱雀。・・・ギリギリね」

 琴葉は、なにやらブツブツ言いながら手に持ったチョークをさらに急いで滑らせ、魔法陣を完成させていく。

 リンを囲むようにして引かれた円に五芒星という星の記号。

 そしてその周りには、この街の人間が知りもしない文字がビッシリと並べられていた。

 さきほどから、琴葉がブツブツ言っていることがそのまま描かれているのだろう。

 ギリギリね、と呟いたのは、太陽の守護を借りれる刻限、つまり日没が迫っているからだ。

「よし、間に合った!」

 琴葉はチョークを放り捨てて、両手を胸の前で合わせ合唱をする。

「古き四神 南の神朱雀よ 命の灯を 絶えさせぬために そなたの力を貸しておくれ 今 龍脈より来れ」

 ただの石灰で描かれた魔法陣が、外側から琴葉の言葉に反応して青白く光りはじめる。

 魔法陣に書かれた文字に呼応するようにして、魔術が構築されていく。

 それがリンに触れると、バチッ  とまるで静電気のような音が鳴る。

「ぐっ・・・」

 リンがうめき声を漏らす。

 次第に、バチッ・・・バチッ・・・と音が強くなっていく。

 突如地面を揺らすほどの衝撃がリンを襲う。

「うぐああああああああああああ!!!」

 まるで雷に撃たれたような絶叫をあげる。

 それは、この魔術が成功している証拠であり、この現象が効果に即して起こるだ。

(お願い・・・頑張って・・・リン!)

 琴葉は思わずリンの手を強く握った。

 先ほどまでの激痛に加え、魔術の副作用でさらなる苦痛を伴い、想像を絶するものになっているはずだ。

「うぐっ・・・かは・・・ぐあああああああ!」

 それでも容赦なく与えられる苦痛。

 そんな友人を目の前にして、琴葉はこんな光景が『正常な現象』といわれてしまう世界が少し憎く感じた。

 やがて、一瞬とも永遠とも思えた苦しく辛かった時間が過ぎ、青白く光っていた魔法陣の光が弱まっていく。

 リンの全身からどろっとした脂汗が滝のように流れている。

 だが、先ほどまで青白かった顔は元どおり血の通った肌色になり、息も消えそうなものではくしっかりとしたものになっていた。

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜」

 一気に緊張が解けた琴葉は深くため息をついて、肩を落とした。

「タオルとお湯とスポドリを持ってきたさね!!」

 息を切らしながら、戻ってきたサーシャの手にはバケツと2リットルサイズのペットボトルが握られていた。

「ありがとう。それじゃタオルでリンの汗を拭いてあげて」

「終わったんさね?」

「あとは、この魔法陣を崩して、降ろした守護を帰すだけね」

 チョークで地面に描かれた魔法陣の一部を手で払うと、石灰の粉が払われ線が途切れる。

 すると、まだ微かに光っていた魔法陣の光が完全に消えた。

「じゃあリンは?」

「治ってるわよ。ほら」

 とリンの方をみる。

 そこには、大きな傷が消え、先ほどよりも血色の良くなった彼女が横になっていた。

「リンッ!」

「ぐぇ・・・!」

 不意に抱きつかれたリンが潰されたカエルのような声を上げる。

 遅れて、バケツとペットボトルが落ちる音が響いた。

「サーシャちゃん!?」

 リンはサーシャの体が震えていることに気づく。

 すると

「ごめん・・・!私のせいでリンが辛い目に・・・!私があのとき動けていれば・・・!私が怪我をしてるのに無理をさせなければ・・・!」

「サーシャちゃん・・・」

 それは、サーシャの後悔だった。自分の未熟さで親友に何もできなかった後悔。

「ごめん・・・!ごめん!」

 先ほどまで、どこにも行けなかった悔しさが、そして助かった嬉しさが、涙となって溢れ出る。

「ったく本当に、」

 琴葉はまるで子供を見るかのように二人を見て笑ってつぶやく。

(本当によかった。)

 つい先ほどまでは、自分の魔術が成功したことなど忘れていた。だが次第に、その成功の実感が二人の姿を見て湧いてきた。

 成功率がわずかしかなかったとはいえ、それはあくまで理論の話だ。琴葉自身それは何とかなるとは思っていた。

 結果として、魔術は成功しリンの傷を癒すことができたわけだから、その考えは間違っていなかったわけだが、それでも、あの二人の関係を崩さないで本当によかったと思う。

「ごめん・・・ごめん・・・」

「あはは、気にしないで。こうして復活できたわけだし!ほら、泣かない泣かない涙のあとついちゃうよ?」

「そーれーにーーー!リンの傷はまだ完全には治ってないの!離れた離れた!」

 そう言って、琴葉がサーシャの首根っこを持ってリンから引き剥がす。

「ちょっ!おまっ!今良いシーンだったさね!この事件を経て友情が深まる的なイベントだったさね!」

「そんな私の国にほんの漫画みたいな展開あってたまるか!」

「なにを!?日本ジャパンの漫画は世界に誇れるカルチャーさね!」

「アンタは日本人か!?」

「そうなりたかったさね・・・」

 サーシャの言葉に、日本人である琴葉が呆れて溜息をつく。

「はぁ・・・とりあえず、あなたが落としてこぼしたバケツの水をもう一度取ってきてちょうだい。それと、ついでに包帯もね」

「え?包帯?ま、まさかまだ怪我治ってなかったんさね!?」

 怪我人を抱きしめてしまったとサーシャの顔が一瞬で真っ青になっていく。」

「まさか治ってるわよ。」

「はぁ〜よかった。骨がバキバキになったやつに追い打ちをかけたのかと思ったさね」

「あとは、安静にしていればいいわ。あとは魔力が足りなくて細かい傷までは治せなかったからそっちの手当ね。」

「了解したさね!」

 そう言ってバケツを拾い上げ、走っていく。不思議と先ほどよりも足取りは軽いようだった。

 サーシャが水と包帯を取りに行ってから、琴葉が自らが広げた道具を片付けていると

「ありがとうね」

 リンが琴葉にそう言った。

 その声は先ほどまでのか細いものではなく、しっかりしたものだった。

「いいのよ。でもこんな無茶は、もうしちゃダメよ?サーシャのためにもね」

「あはは・・・善処します。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る