第12話エメラルド色の髪の少女2

 戦いが終わった直後、限界を迎えたリンはその場で気を失った。

 サーシャは、救助隊が持ってきた担架の上で寝かされている彼女を見て、自分の無力さに舌打ちをする。

 リンの傷は、かなり深刻なものだった。

 現場に急行してきた医者の見立てでは、全身に裂傷や打撲、骨折が見られ、生きているだけでも不思議なレベルらしい。

 もし奇跡的に命が助かったとしても、何らかの後遺症は避けられないだろうとも言われた。

 冷静に考えてみれば、いくら強化魔術を施していたとはいえ、あの圧倒的な力でまともに喰らっているのだ。身体の中身がおかしくなって当然と言えるだろう。

 医者は遠回しにこうも言っていたのだ。

 医療でなんとかできる範疇を超えていると。

 本来こう言った致命傷は、医療魔術によって治すことができる。

 さらに魔術による治療の場合、神経系のダメージまで治すことができるため後遺症の可能性もぐんと下がる。

 だが、治療魔術は今の彼女にはもう施せない。

 なぜなら、彼女が先の戦闘で魔力を使い果たしていたからだ。

 魔力欠乏症。体内の魔力を使いすぎると起こる症状で、通常の場合は吐き気や頭痛などを伴う程度で、時間が経てば回復する。

 しかし、魔術による治療は、本人の中にある魔力を利用し急激に身体の再生を促しているものだ。身体の魔力が枯渇していればその効果は期待できない。

 もし、自分が普通に魔術を使える人間だったら、応急処置だけでも施せたかもしれない。

 だが、目の前で気絶しながらも苦痛に顔を歪める彼女を助ける術をサーシャは持ち合わせていない。

 魔術の使えないサーシャでは、リンの傷を癒すことはおろか、苦痛を和らげることだってできない。

 そう思うと、どうしようもなく自分にイライラしてくる。

 これほどまでに自分の劣等性を憎んだのは初めてかもしれない。

「くそっ」

 ドン!  サーシャは横にあった瓦礫を殴った。

「ダメ、だよ?そんなことしたら・・・サーシャ、ちゃん、が、けが、しちゃう。から・・・」

「・・・人の心配してる場合じゃないさね」

 いつの間にか目を覚ましたリンの弱々しい口調から、その重症さをさらに実感させられた。

「だい、じょうぶ、だよ?少し、休めば、治療魔術も受け、られる、と思うから・・・」

 そんなのは嘘だ。と、サーシャにはすぐわかる。

 この傷は、そんな魔力の回復を待っていられるほど、浅いものではないと。

 さきほどの医者が遠まわしに、医療的には手遅れと言ったように、消毒液をぶっかけて包帯を巻けば済むなんてものでもない。

 リンの魔力が戻るのを待ってから、医療魔術を施せば彼女の命は助かるのかもしれない。

 だが、それまでリンが生命活動を維持できるかはわからない。

 おそらく何らかの形で後遺症が残ってしまうだろう。

(なんで、こんなときに、私にはなにもできないんさね・・・!)

 自分には、どうしようもできないという現実が身体を引き裂いていく。

 悔しさで強く握った拳からは、爪が食い込んで血が伝っていた。

 そんなどうしようもない悔しさに襲われていると、


「はいはい、ごめんなさいね〜」

 

 聞き覚えのある声が後ろからサーシャの耳に届いた。

 振り返ってみると、見覚えのあるエメラルド色の髪の少女が、こちらに向かってきていた。

「琴葉?」

 サーシャがそのエメラルド色の髪の少女の名前を口にする。

 凛堂 琴葉。サーシャ達の属する二年A組の生徒である。

 もう春休みのため、サーシャ達とは違い白いワンピースに身を包み、手には大きなカバンを持っていた。

「あちゃー、こりゃひどいね」

 そして、リンの様子を見て彼女はそういった。

 エメラルド色の髪の少女は、明らかに一張羅っぽそうな白いワンピースのスカートを揺らして、リンの横にしゃがみ込む、

「あーあ。デートの予定が台無しだよ。お茶してたらアイツどっか行っちゃうし、かと思ったら突然あちこちから爆発音は聞こえるし、しまいには、どっかに行った本人から電話で。「リンが怪我して倒れているらしいから、治療しに行ってやれ」って言われるし、散々だよ」

「あはは・・・ごめん、ね?」

 琴葉のぼやき、リンが弱々しく謝る。

「まあまあ、気にしない気にしない。恋路よりも友情の方が大事だしね!」

 持っていたカバンの中をゴソゴソと漁り始めた。

「はっ?これ治るんさね!?」

 そんなサーシャにとってはどうでもいい少女の経緯よりも、リンが治る前提の発言に驚いた。

「んー、確かに刻一刻を争う重症なのは、間違いないけど治ると思うよ?」

 エメラルド色の髪を白いリボンで後ろに束ねながら簡単そうに言う。

「どうやって?」

「えーっと、リンの魔力を補充して魔力欠乏症を改善してから、あとは普通に治癒魔術を施すだけだけど?」

「どうやって?」

「街の下を通ってる霊脈レイ・ラインから。」

「は?」

 何を言っているのか理解できなかった。

 確かに、この街の下には霊脈レイ・ラインと呼ばれる魔力の大きな流れが存在している。

 その証拠に、街からそう遠くない場所からは、地中から溢れ出した魔力で光の柱のようなものが形成されている。

 霊脈レイ・ラインを通っている魔力は、人間の魔力のそれとは規格が違っている。

 霊脈レイ・ラインを通る魔力は、人間の魔力に比べて濃度があり、

 端的にいってしまえば、彼女の体は

 それは、薄い木の板の小さなネジ穴に無理やり大き過ぎるネジを刺したら割れてしまうように。

「お前は馬鹿なのか!?そんなことすれば、リンの五臓六腑が吹き飛ぶさね・・・!」

 サーシャは、琴葉に怒鳴りつける。

「大丈夫、吹き飛ばないよ。私の出身の国知ってるでしょ」

 琴葉の出身の国。それは極東に浮かぶ島国で、かつては陰陽や忍術という魔術が盛んな国だったが、今や世界で一、二を争う科学大国。

「日本・・・。」

「正解!私の国はね。江戸・・・今の東京を中心に霊脈レイ・ラインがいくつも通っているところなの。だから、霊脈レイ・ラインを流れる魔力でも、人間の魔力に落とし込む陰陽術式なんてたくさんあるわ」

「待て待て!陰陽術でそれができるとしても、私はお前が陰陽術を使ってるところなんて見たことないさね!それどころか、普通の魔術を使っているところすら見たことがないんさね!」

 そう、このエメラルド色の髪の少女は、中等部入学以来一回も魔術を使っていないはずだ。

「それは私が錬金術にしか興味がないだけで、別に魔術ぐらい使えるわよ。」

「・・・。」

 普段なら、魔術を使えない自分にいい度胸だ、と食いつくサーシャだが、今はちっともそんな気分にならなかった。

「あーあったあった」

 琴葉がカバンの中から赤い折り紙で折られた折り鶴を取り出した。

「それ、は・・・?」

 うっすら開いた目で、リンが琴葉に尋ねる。

「これは見ての通り折鶴ね。日本には『鶴は千年、亀は万年』って言葉があるぐらいには、鶴は長寿のシンボルでもあるの。だからこんな紙一枚を鶴に見立てただけでも魔術的な効果を持ってしまうのよね。」

 そう言いながら、その赤い折り鶴を優しくリンに持たせた。

朱雀すざく、かと、思った」

 弱々しく笑いながらそれを眺める。

 リンは鶴の姿をした赤い折り紙から、中国の四神である朱雀を連想したのだろう。

「まあ、その解釈も間違いではないわ。赤い折り紙で折ってるのは、四神である朱雀に見立ててその守護を得るためだから。」

「なん、だか、かわいいね。」

 また、弱々しく笑う。

「はいはい、わかったから怪我人は黙ってなさい。」

 琴葉は手をひらひらと振ってリンに喋らないようにする。

「私に何かできることはないさね?」

 サーシャが、琴葉に尋ねる。

「じゃあ、バケツ一杯のお湯とタオルをお願い。あとリンの水分補給用のドリンク・・・スポーツドリンクとかがいいわね」

 サーシャにやれる事はそれぐらいだった。

 思わず拳が痛くなるほど握り込む。

「・・・じゃ、すぐに取ってくるさね。リンの事お願いしたさね」

「えぇ、まかせなさい。」

 それぐらいのことしかできない自分自身に、なんとも言えないイライラを覚えながら二人の元を離れていく。

 魔術や科学をいくら知っていた所で、友人一人助けられない自分の無力さに奥歯を噛み締めながら。

 そして、その走り去っていく友人の痛々しい背中を眺めながら、琴葉は頑張らないとなと自分の頬を両手で強く張った。

「優し、いんだね。こと、は、ちゃん、は」

「黙ってなさいって言ったはずよ?」

 琴葉が少しだけキツめに言う。

 それもそのはずだ。目の前に寝かされている少女は、重傷者であり、それも医療では手遅れと言われるレベルの患者だ。

 喋るだけで、彼女にとってどれだけの苦痛が伴うか琴葉には想像もできないし、それにより残り少ないリンの体力が削られていくのを良しとしなかった。

「でも、この術が、せいこ、う、するか、どうかわから、ないんだよ、ね?」

 琴葉は、リンの傷を治すために必要な魔力を補充するのは可能だと言った。

 だがそれは理論上の話だ。

 琴葉は決して、『絶対』とか『必ず』とは言っていない。あくまで理論上は可能であると言っただけだった。

 だがリンは、変なところで勘のいい少女だ。

 それがわかっていたのだろう。

 だからこそ、

「大丈夫成功させるわ。安心なさい。」

 琴葉は穏やかにそれだけ告げた。

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