第8話科学と魔術6

 少し前。

 サーシャ・アンソニーは、理不尽な力を振るう怪物と勇敢にもそれに立ち向かう少女の闘いをただ傍観することしかできなかった。

 足は、戦う意志も逃げる意志も否定するように動かず、その口は恐怖から声を発せなくなり、思考もちゃんと働いているのか怪しくなっていた。

 だが、その動いているのかわからない思考でも、この戦いの行方は簡単に想像できた。

(このままじゃ持たないさね・・・)

 きっと、リンのことだから、大人の魔術師が来るまでの時間稼ぎをすればいいと考えているのだろうが、おそらくその前に彼女は力尽きてしまうだろう。

 だが、仮に自分があの戦いに加わったところで結果は変わりはしないだろうというのもわかりきっていた。

 さらに言えば、サーシャは転移魔術しか使えない三流魔術師だ。

 リンが身体強化を施すことで、ギリギリ耐えることのできている攻撃を自分が喰らえば一瞬で肉塊にされること間違いなしであろう。

 でも、このまま傍観しているわけにもいかない。

 自分もリンと同じ組織の人間としてではなく、彼女の友人として彼女を手助けしなければと思ったからだ。

(何か・・・何かあるはず。)

 サーシャは回らない頭を精一杯回転させ、あの圧倒的な力を振り回す怪物を観察する。

 いまも、こちらに見向きをせず、ただ夏場になるとうざくて仕方ない蚊を叩き潰すように、目の前にいるリンを襲っていた。

 金属製の走行に、狼を二足歩行させたようなデザインに、企画の違った腕でもつけてしまったかのような大きな腕。

 背中には大きな四角いバックパックを背負っており、そこから甲高く耳障りな金切り声を上げている。

 その音は、動きが早くなるのに合わせるようにして音を大きくしている。

(どこかに弱点があるはずさね・・・!)

 そんなサーシャの目を気にすることなく、怪物は力を振るっていた。

 その暴れる怪物の攻撃を綺麗に躱しに背中から回り込んで、敵のバックパックを足場に頭部に狙いを定めようとした瞬間、

 プシューーーと、音を立てて白い煙がバックパックから排出される。

「あつっ!」

 あまりの熱さに、バックパックから跳びのき再びリンが距離をとり、突然吹き出された白い煙に警戒する。

 サーシャはあの正体が一瞬でわかった。

(蒸気?)

 正確には、水蒸気が外の空気に触れ一瞬で冷やされたことによる白く煙のように沸き立っているように見えているその現象が、白い煙の正体であるとサーシャは知っていた。

 おそらく、あのバックパック内部が熱を帯びており、その冷却を目的として蒸気が出たことが推測できる。

「・・・、あれ?」

 同時におかしいとも思った。


 自動人形オートマタは、・・・?、と


 魔力だけで動いている自動人形オートマタは、熱を帯びない。それは魔術師にとって小学生でも知っている常識である。

 じゃあ、なんであの魔力をまとっている怪物が熱を帯びているのか?

 とっさに、先ほどまで鈍くなっていたサーシャの思考が回転を始める。

 3メートルを超える巨体に、甲高い音を立てるバックパックに、そこに付けられた排熱機構。

 あの怪物が魔力のみを使って動いていれば、熱も帯びることもなければ、あんな耳障りな音を立てることもなかっただろう。

 じゃあなぜ、その現象が起こっているのか、それは彼女にとってはわかってしまえば簡単なことだった。


「科学か。」


 先ほどまで、振るわせることのできなかった声帯が、呪いでも解かれたかのように自然に振動し声が出た。

 当然といえば当然の結論だった。

 だが、魔術と科学の両方を熟知している彼女でしか気付けないだろう。

 魔術師である、サーシャやリンが、あの怪物の構造や魔力反応を見て自動人形オートマタと判断したように、きっと科学者たちは、あの怪物を見てその構造やバックパックの排熱機構を見てこう言うはずだ。

 あれは、科学で作られたロボットだと。

 だが、その両者の結論は厳密に言えば間違っている。

 魔力だけで動いていないものを自動人形オートマタとは呼べないし、科学力だけで動いてないものをロボットとも呼べない。

 目の前にいるのは、魔術的とも科学的とも判別することのできない、文字通りの怪物だったというわけだ。

 だが、そうとわかればサーシャにとっては簡単なことだ。

 しかし、簡単とは言っても無論一人では到底できないので、協力してくれる人が必要なわけだが、その協力してくれそうな人は、今まさにあの怪物と戦っているわけで、その本人と合流し話さないことには話は前へ進まない。

「神秘の精霊よ 我は望む 万物の理を超え 今 我が元に」

 瞬時に、手元に細長い手榴弾のようなものを引き寄せると、今もリンと戦っている怪物に向かって標準を合わせる。

 細長い筒についている安全ピンを引っこ抜き、自動人形オートマタの足元へと投擲する。

 スモークグレネードと呼ばれるそれは、その名の通り、プシュッという音を立てて、その細長い筒から真っ白い煙が発生させた。

 その白い煙は色濃く、数センチ先の景色すらも見ることができない。

 サーシャは、迷いなく広がった煙の中に入り込むと、リンの腕を掴み足早に煙の中から脱出し、手近な瓦礫の物陰に隠れる。

「サーシャちゃん!?」

 いきなり、リンが驚きの声をあげる。

 さきほどまで、一切動かなかったと思えば、急に動き出してここまで連れてこられたのだ。驚くのも当然である。

「私がビビって動けずにいたことに対する文句ならあとで聞くさね。いまは・・・」

 サーシャは自分たちが隠れている向こう側の方を指差し

「あいつを倒すことを考えるさね」

「倒す!?そんなの無理だよ!サーシャちゃんだって最初は無理だって言ってたじゃん!どうしちゃったの!?頭打っておかしくなっちゃったの!?」

「怪我してるのはそっちさね・・・って人の両肩を掴んでゆするのはやめるさね!」

 サーシャはリンの両手を引き剥がしてから。

「確かに、私は最初に無理と言ったさね。でもそれは間違いだった」

「間違い?私の身体強化でもビクともしなかったのに?」

「あいつがなぜあんなに速く動けるかわかるさね?」

「・・・?」

「あの背中のバックパック。あれにはおそらく電気モーターが入っているさね。それを使って動きを補助してるのさ。おそらく今動きが止まってるのは、モーターを動かしすぎたせいでオーバーヒートしたんさね。」

「おーばーひーと?」

「機械自体の発熱による加熱で動作不良を起こした状態のことさね。」

「じゃあ、あれはもう動かないの?」

「いや、あれの背中から出ているのは水蒸気さね。おそらく発熱したモーターを冷却してるんさね。」

 重度のオーバーヒートを起こした場合、その症状による機械への物理的ダメージは冷却しても回復しないので、もしかしたら相手の性能が下がっている可能性もあるが、サーシャは楽観的な印象を与えないために、リンには話さなかった。

「あれ?でも電気の流れと魔力の流れは干渉するんじゃなかったの?」

 確かに、魔力と電気は相互的に打ち消してしまう場合があり、機械製品が正常に動作しなくなったりする。

 だが、サーシャはその両方で動いていると言っているのだ。

「確かに、普通なら干渉してしまうさね。きっと魔力と電気が中で干渉しないようになっているんさね。おそらく、あの巨体なのもそういう仕組みを作るためのものかもしれないさね」

「でも、それがわかったところで、あの装甲にダメージは与えられないよ?」

「いや、装甲にダメージは与える必要はないさね。」

「・・・?」

「中身を吹き飛ばしちまえばいいんさね」

「でも、中身は硬い装甲に覆われてて・・・あっ・・・!」

 先ほど専門外の言葉を並べられて、話の半分以上理解していなかったリンにも、これだけはわかった。

「そう、あの装甲が排熱するための隙間を狙うさね。中身で魔力と電気が干渉しないように作られてるような繊細な回路だ。少しでも壊されたら、きっとひとたまりもないさね」

「でも、あの隙間ってすごく小さいよね・・・?」

 どれぐらい小さいかと言われれば、車に付いてるエアコンの送風口に似ているがひとつひとつの隙間薄さはそれよりも薄い。

 おそらく、弾丸が通るかどうかわからないぐらいのサイズだ。

「不可能を可能にするのが科学さね」

 だが、サーシャには考えがあった。

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