第7話科学と魔術5

 サーシャとリンが慌てて、爆発の聞こえてきた商店街の中心まで向かう。

 その腕には、学園の腕章ではなく「魔導学園生徒会エレメンツ」であること示す腕章に付け替えられていた。

 彼女達が、音のした場所へ到着すると、そこには信じられないような光景が広がっていた。

 夕方の商店街で突如起こった出来事を前に、二人は息を呑んだ。

 それは、一言でいってしまえば絶望。

 そんな惨状を前にして二人の少女はその二文字しか連想できなかった。

 先ほどまでたくさんの人で賑わっていた商店街は無残にも瓦礫の山と化し、あちこちから悲鳴や助けを求める声が響いてくる。もしかしたら、すでに手遅れの人だっているかもしれない。 

 そして、その絶望を振りまいたであろう元凶は紅い目を光らせ、いまも人が逃げ無人と化した建物を破壊し暴れていた。 

 その正体は   

「オート・・・マタ・・・」

 それを言ったのが、リンだったのか、自分だったのか、それとも別の誰かだったのかわからないほど気が動転する。

 自動人形オートマタのサイズは本来、サーシャやリンよりも少し大きいぐらいのものが一般的だが、彼女達の前にいる自動人形は、一般的なサイズよりもかなり大きく、その全長はおそらく3メートルほどはあるだろう。

 どこかデザインも人型とはかけ離れており、その大きな体でも大きすぎるような太い腕と、その巨体にしては短い足が特徴的で、まるで狼が二足歩行をしているようなフォルムをしていた。

 その巨体の背中には、外装と合わせてデザインをされている四角いバックパックのようなものを背負っており、そこからやかましくキイィィィィィン———と金切り声を上げている。

 その絶望の元凶たる怪物を前に、サーシャの背中が悪寒に支配され、全身の毛穴から嫌な汗がドバッと吹き出しているのがわかる。

 これは自分たちの手に負えない。

 いいところ、数秒であっという間に肉塊にされると、彼女の生物的本能がそう直感していた。

 きっと、勝負とはとても言えないような、それこそ人間がアリを踏み潰すかのように簡単に、そして理不尽に捻り潰されてしまうだろう。

 そんな圧倒的理不尽を振るう怪物を相手にしても、横にいる少女は諦めていなかった。

「私が守らなきゃ・・・!」

「待つさね・・・!」

 やっと絞り出した声が震えているのはよくわかった。

 それでも、さらに絞り出し続ける。

「私たち「魔導学園生徒会エレメンツ」は、治安維持が目的とは戦うことが本業じゃないさね。」

 事実、二人の所属する「魔導学園生徒会エレメンツ」は、基本的に魔術を学ぶ学生を主体として構成されている。

 その目的はあくまで治安維持であり、戦闘をすることが本業というわけではない。

 もちろん、魔術を使う相手を制圧することも前提としているため、一部の生徒はそういった訓練を積んでいるものの、やはり、こういったテロ行為などの学生の手に負えない事件は、「魔導学園生徒会エレメンツ」の上位組織にあたる「魔術協会」の熟練の魔術師が対処にあたることになっている。

 わかりやすくいえば「魔導学園生徒会エレメンツ」は軍ではなく警察のような存在だ。

「でも、もし、ここで逃げたら、他に襲われる人がいるかもしれない。なら私が戦わなきゃ・・・!」

「ここは、協会の魔術師が来るまで、一般人の避難誘導を優先したほうがいいさね。」

「確かに、そうかもしれない。けど、私はこの綺麗な街を守りたい!サーシャちゃんやA組のみんながいるこの街が壊されるのを黙って見てるのは嫌なの!」

 リンは強く言って、サーシャに背を向けると

「だから私行くね。」

 そういって飛び出していく。

 まるで物語の主人公のように。

 だが、サーシャは彼女のように迷いなく前へ飛び出すことも彼女を止めることもできなかった。

 足が、まるで自分の足じゃないかのように感覚がなく、立っているのか座っているのかさえわからなくなってくるし、恐怖からか、ついに声帯が緊張し喋ることさえも叶わなくなった。

 それでもサーシャとは対照的に勇敢な少女は前へと進んでいく。

身体強化エンチャント!!!!」

 絶叫とともに先手を打ったのはリンだった。

 素早く足に魔力による身体強化を施し、その怪物の頭部と同じ高さ、つまり3メートル以上跳躍し、空中で腰のあたりを軸に身をひねって、相手の頭部に鋭い回し蹴りをお見舞いする。

 ガキンッ!!と、まるで金属同士がぶつかったような甲高い音が響き渡る。

 だが、自動人形オートマタはその場からピクリとも動かない。

 効果がないのを確認すると、素早く身を翻して自動人形オートマタの胸部を蹴るようにして後ろへ跳躍し、距離をとる。

(そんなに速くはない・・・でも・・・)

 反撃がなかった、ということは、そんなに素早くはないということだ。

 だが、もし建物を簡単に壊すようなあの手に足をつかまれれば、粉砕骨折どころでは済まされないだろう。

 次の瞬間、やっと彼女を敵と認識したのか自動人形オートマタがリンをめがけて突進してくる。

 怪物はその勢いを殺さぬまま、右手で大ぶりのストレートを放ってくる。

 その巨体の威圧感から一瞬足がすくみ動かなくなったが、無理矢理いうことを聞かせ間一髪、後ろへ跳躍することで回避する。

 次の瞬間、自動人形オートマタの力に耐えられなかった地面がリンのいた場所を中心に半径2メートルほどのクレーターを作り上げる。

 ドカドカズガン!と、喰らえばミンチになること間違いなしのパンチが立て続けに、飛んでくる。

 それをリンは後ろや横へ飛ぶことで回避していく。

(動きは速くない・・・でも、パワーが違いすぎる・・・!)

 なら、と彼女は大きく息を吸うと

身体全強化フルエンチャント!」

 足だけではなく、全身に魔力による身体強化が施される。

 体をバネのように縮め、その場が陥没するほど勢いよく地面を蹴る。

 文字どおり、一瞬でオートマタの懐へ入ると相手の右足を払うように踵へ蹴りを入れる。

 少しだけ怪物の右足が動いたような気もするが、バランスを崩すには至らない。

 そのまま跳躍し、次は背中にドロップキックをお見舞いするが、これも全く効果がないようで自動人形オートマタはビクともしない。

 自動人形オートマタが身をひねり横薙ぎに右腕を振るってきたが、空中で無理矢理体勢を変え間一髪のとこで回避する。

 そのまま着地の反動で前へ飛び、怪物の胸部へとラッシュをお見舞いするが、これも聞かない。

 リンは、自分の攻撃が途切れる前に、一度距離を取るために後ろへと跳躍する。

 だが、間髪入れずに次の攻撃を繰り出すべく、離した距離を自ら縮め相手の懐をめがけて飛び込んだ。

 刹那、自動人形オートマタの背中のバックパックから鳴っている金切り声が、大きくなったかと思うと、先ほどまでからは想像もできないような凄まじい速度で振るわれた太い腕が、リンを正確に捉えていた。

 それを本当にギリギリのところで後ろへ跳躍する。

 咄嗟に思いっきり跳躍した反動で、地面を数メートル滑る形で着地する。

(急に動きが速なった・・・!?)

 横目で、サーシャの方を一瞬見ると、先ほどの位置から全く動いていない。いや、動けないのかもしれないとも。

 無理もないだろうとリンは思う。

 サーシャはリンのように、戦闘特化型の魔術師なわけではないし、そもそもこんな桁違いのパワーを持った相手とサーシャが衝突したら一瞬でスクラップにされること間違いなしだ。

 もし、自分だけじゃなく彼女まで戦いに参加していたら、と思うと先ほどの自分の発言がいかに危ない発言だったかを反省させられる。

 そして、その思考が油断になった。

 戦闘中の他のことに意識を向けるのは死を意味する。

「しまっ・・・・!」

 気づいたときにはもう遅い。

 リンの小さな体は、十数メートルをノーバウンドで飛び、瓦礫に背中から突っ込む形で停止した。

 背中からの激しい衝撃のせいで、リンの呼吸が冗談抜きに一瞬止まった。

「げほっ・・・!ごほっ・・・!」

 衝撃で一気に肺から抜け出した空気を体が欲して激しく咳き込む。

 もし、全身に身体強化をしていなければ、今頃内臓が幾つかは弾け飛び、瞬く間に肉塊になっていただろう。

 かといって今のリンでは、あの怪物に決定打になりうる攻撃はないともわかっていた。

 だが、それでも今の彼女にもできることがある。

 それは、リンみたいな中学生なんぞよりも遥かに練度の高い大人の魔術師が来るまで時間を稼ぐことだ。

 もし今自分が戦うことをやめてしまえば、次は自分の大切な友人や身動きの取れないけが人の人たちが標的になってしまうかもしれない。

 だから、こんな場所で寝転がってる場合ではない。

 口からは鉄の味がするし、背中からは今までに経験もしたことのない激痛が走りのたうちまわりたくなるが、それを無視して立ち上がり、今一度、目の前に佇む自動人形オートマタを睨むようにして捉えた。

 立ち上がれるということは、どこか内臓が吹き飛んだということこそないが、

(肋骨が何本か逝ったかな・・・)

 だがここで自分が折れてしまっては、近くで棒立ちしているサーシャが次の標的となってしまうだろう。

 彼女にとって、それだけはどうしても避けたいところだった。

身体全強化フルエンチャント!」

 もう一度、体全体に魔力による強化を施すと、目の前の巨大な怪物へと突っ込んでいく。

 目の前の怪物も、リンに反応するように背中のバックパックから金切り声をあげる。

 怪物が、右、左、とパンチを繰り出せば、

 リンも、右、左、とそれをかわしていく。

 もし当たれば、一撃で勝負はついてしまう。

 それでもリンは、先ほどとは比べものにならないほど速くて鋭い怪物の一撃を、正確にかわしていく。

 もし、この場で誰かがこの戦いを見ていたのなら、リンと自動人形オートマタがどういう動きをしているのかを理解することはできなかっただろう。

 それほど、人の動体視力を遥かに上回る領域の高速戦闘。

 だが、その攻防戦も長くは続かないだろう。

 魔力とは、そもそも無尽蔵ではない。当然使っていれば減っていってしまう。

 特に、身体強化という魔術は、魔力をバカみたいに消費する魔術の一つだ。それを全身に施してるとなれば、例え常人よりも遥かに魔力を持っている彼女でも、その消費量は尋常なものではないだろう。

 リンが身体強化を使えなくなるタイムリミットは、刻一刻と迫っていた。

(でも・・・!)

 鋭い横薙ぎの一撃を、身体強化の効果が薄くなり徐々に重くなりつつある体を動かしリンは躱す。

(この単純な動きならまだ躱せる)

 パワーは桁違いであるものの、先ほどから単純な攻撃しか繰り出してきていない。

 やはり、いくら規格外とはいえ中身は自動人形オートマタのようで、先ほどのように油断さえしなければ、まだ時間は稼げるだろう。

 だが、いくら時間を稼いだところで、やはりこの怪物にダメージを与えるのはリンの力では不可能だ。

 それは、この数分間で痛いほど実感している。

 先ほど彼女は、戦わなくちゃと言ったが、それは違ったと。

 これは戦いなどとは到底呼べない。

 ただ一方的にやられているだけに近い。

 こっちがいくら全力で蹴ろうが殴ろうが相手の装甲はビクともしないし傷ひとつだってつきはしない。

 だが、こっちは一撃くらっただけで十数メートルも吹き飛ばされ、挙げ句の果てに肋骨が何本も折れるほどのダメージだ。

 単純に力の差がありすぎる。

 おそらく彼女が勝てる可能性など微塵も残されていない。

 もし、彼女に勝ち目があるとすれば、それは「魔導学園生徒会エレメンツ」の上位組織「魔術協会」の魔術師が来ることだ。

 そこまでなんとか時間を稼げば、リンとは比べものにならない力を持った魔術師が、あの怪物をなんとかしてくれるに違いない。

 つまり、これを無理やり戦いと呼ぶならば、あの怪物に嬲り殺しにされるのが先か、腕の立つ魔術師が来るのが先かという勝負になってくる。

 だが、それでも勝利条件よりも敗北条件の方が絶望的なのには変わりない。

 リンは、自分の少ない勝利条件を確認すると、気合いを入れるため両手で頬を張り、目の前の怪物をしっかりと捉える。

 突如、今までにないギギギギギ!という金切り声をあげたかと思うと、すぐにその耳障りな音は止み、その大きな手を力なく投げ出した。

 まるで、スイッチでも切られたかのように動きが止まる。

 そして、動きを止めたかと思うと、数瞬前まで金切り声をあげていた背中のバックパックからブシューっと勢い良く煙を吐き出した。

 リンは、警戒し後ろへ跳躍して相手との距離をとる。

(今度は何が起こるの・・・!)

 いつ攻撃が来ても回避できるように半身に構える。

 次の瞬間、リンと自動人形オートマタの間に細長い筒状のものが投げ込まれたかと思うと、そこから目の前が見えなくなるほど真っ白な煙が上がった。

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