第5話科学と魔術3

 補修を無事終えた帰り道。

 学園からの通学路である商店街は、いろいろな人々でごった返していた。

「さて無事に補修も終わったし、今作ってる開発品の続きでも作るかね」

「ダメだよ!サーシャちゃんはまだ補修残ってるんだから!」

「えー」

 その言葉に、不満そうに抗議する。

「そういえば、サーシャちゃんってなんで魔術科にいるのに、いつも科学のことばっかり考えてるの?」

 当然の疑問だった。むしろ二年間ともに過ごしてきて、なぜ聞かれなかったのか不思議になるレベルに当然だった。

 なぜ、魔術を勉強するための学園に通っている人間が、科学を極めようとしているんだと。

「ん?そういえば言ってなかったっけか?」

「うんうん」

 リンが激しく頷く。

「昔、家族で極東の島国に行ったことがあったんさね。んで、そのときに魔力で動いてない・・・まあ家電製品みたいなのものをたくさん見たんさね」

「それでそれで」

「正直、最初はびっくりしたさね。小さいながらに、あんなの魔術じゃ絶対にできないし、こりゃ魔術も衰退するわっておもってしまったんさね。そこからさね、私が科学にハマったのは」

「でも、それなら科学だけを勉強したってよかったんじゃないの?」

「まあ、確かに私の両親は私には甘々だからそれも許してくれたさね。けど、有名な魔術師一族の祖父がそれを許さなかったんさね。「科学なんぞにうつつを抜かすな!魔術と相いれないものを学ぶなど、許さん」と、言われてしまったさね」

 それは決して珍しくないことだった。

 いまだに、科学と魔術の因縁は根強い。

 それが、名門ともなればよりその因縁は根強いものとなるだろう。

「でも私はその時こう思ったんさね。「科学を舐めるなよハゲ親父」ってね。多分それからだろうね」


「私は魔術と科学が共存する世界を見てみたくなったのは」


 最初は、魔術と科学は相いれないと言われたから、当時はそれに反抗しての思いだったのだろう。

 だが、今となっては、それは、彼女の夢であり、近い将来叶えたい目標だった。

「共存?今だって私たち魔術師だけど、携帯とかパソコンだって使ってるよ?これって共存ってことにならないの?」

「んーそれはどっちかというと住み分けさね。魔術じゃ電話はできないから携帯を使う、科学じゃ一人で気軽に空を飛べないから魔術を使う。そういった住み分けのできた世界さね。」

「じゃあ、サーシャちゃんの言う共存って?」

「そうさな。例えば携帯電話に術式が仕込んであってワンタッチで魔術が使えたりとか?」

 少女の語った夢は周りの人からすれば、わざわざ一緒にする必要のないもの、と言われてしまうようなものだったし、少なくとも彼女はそう言われてきた。

 だが、彼女の目の前にいる少女は笑顔で無邪気にこういうのだ。

「へぇ、それはできそうなの?」

「理論上は可能だと思うさね。魔術式をうまくデジタルに落とし込んで、それをデバイスに登録するだけだから。けど・・・」

「けど?」

「魔力と電気は相互干渉して、打ち消しあってしまうんさね」

 魔力と電気は打ち消しあう。これはとっくの昔から誰でも知っている常識である。

 魔術に必要不可欠な魔力と、科学に必要不可欠な電気がなぜ干渉するのかは未だに解明されていない。

 そして、この現象が魔術と科学が争うことはできても、共存はできない理由の一つでもあった。

「それは結構有名な話だよね。」

「世界中の研究者やら魔術師が研究してるらしいが、一向に謎は謎のままさね」

「あれってやっぱり理論的に不可能なの?」

「いや、そんなことはないはずさね。」

 サーシャはきっぱり不可能という言葉を否定した。

「これは私の持論だけど、そんなこと言ったら身体強化って魔術はできないはずさね?」

「えっ?」

 咄嗟に自分が得意とする魔術の名前を出され戸惑うリン。

「人の体、正確には生物の体には生体電流っていうのが流れているさね」

 生体電流。生命活動に伴って生体内に生じる電気のことで、神経系の感覚の伝達や筋収縮などは、生体電流による脳から電気信号によるものだ。

「だけど、身体強化は、魔力を体内に蓄積して発動している魔術さね。これだと魔力と生体電流が打ち消しあってる発動しないはずなのに発動している。」

「それは身体の中で干渉しないようにしてるとか?」

「んー、そこがわからないんさね・・・。身体の中で絶縁する仕組みになっているのか、それとも干渉しても問題ないようになっているのか・・・。」

 もし前者であれば、魔力と電気が絶縁できる仕組みを探さなければならないし、後者のように干渉しても問題ないのであれば電気の規格を変えたりすれば解決するかもしれない。

 だが、どちらにせよ、その選択肢を片方に絞らない限りは、研究材料と判断材料が多すぎて効率が悪すぎる。

 つまり、 さきほどサーシャが言ったような、術式を携帯電話に落とし込むといったような理論は、これを解決しない限りは、現実的とは言えないだろう。

「まあ、それも魔術と科学が啀み合ってるうちは、無理だと思う。」

「世界中のいろんな研究者や魔術師が研究してるっていうのに?」

「それは、魔術側や科学側がそれぞれ技術を独占したくてやっていることさね。」

 研究をしているとはいえ、それは、科学側と魔術側がそれぞれ独自にやっていることであって、手を取り合い情報交換をしているわけではない。

 だから、科学側は魔術のことはちゃんと知らないし、魔術側だって科学を熟知しているわけじゃない。

「じゃあ、サーシャちゃんが魔導学園に通いながら、科学科学言ってる理由って」

「両方を知らなければ、何も前へ進まないからさね」

 それは少女の夢であり、目標だった。

 魔術と科学の真の意味での共存。

 そのためには、魔術と科学の両方を極める必要があった。

 だが、考えが進み過ぎているが故に、同級生には到底理解してもらえないし、大人にだって馬鹿にされ続けてきた。

 出た杭を打とうと、いろんな人が彼女という杭を叩いてきた。

 弱者。

 無能。

 半端者。

 そんなことを言われ続けてきた彼女だからこそ、自分の考えを考えたりしていた。

「もしかしたら、この考えは、こんな考えは。異端でしかないかもしれないんさね」

 少女は言う。周りではなく自分がおかしいのだと。

 だが、もう一人の少女はそれを否定する。

「そんなことない!サーシャちゃんの考えはすごいよ!」

「そう?」

「うん、私じゃこんなこと思いつかないし・・・」

 きっとリンは、話の内容も、実現させることの難しさも、理解してなくて言っているのだろう。

 もちろん、そんな嫉妬混じりの連中に叩かれたところで、自分の夢を崩すようなサーシャではなかったが

 それでも、自分が否定されてきた考えが肯定されたことに、彼女の言葉は嬉しいものであり素直に頑張ろうと思った。

 そんな二人の友情を邪魔するように携帯のアラームが鳴った。

 サーシャは、自分のものではない着信音を聞きつつ、

「リン・・・。お前さんは、まだそんな前時代的な二つ折りのパカパカした骨董品を使ってるんさね・・・?」

 さっきまでのいい話の雰囲気を自らぶち壊すような発言をする。

「んな!失礼な!確かにサーシャちゃんの携帯みたいに画面をタッチして操作とかできないけど、これだって電話もメールもインターネットだってできるんだからね!?」

 リンは制服のスカートから携帯を取り出しつつ猛抗議する。

 携帯電話、と言っても形式のものが存在するわけだが、リンが使っている携帯は本体の中ほどから二つ折りにできるタイプのもので、上部と下部で液晶とボタンに分かれているタイプのものだ。

 まあ言ってしまえば一般的な仕様のものである。

「本当に、そんな機能の少ない携帯のどこがいいだか・・・」

「余計なお世話です!   っと、ごめんね」

 リンは、二つ折りの携帯を広げて、メニューボタンを押してそこからメールフォルダを開き着信相手を確認する。

 そのアドレスは登録してあるものだった。

「あれ?もしかして、サーシャちゃんにも来てるんじゃない?」

 画面に目を向けつつリンがそう教えると、

「あっ、そういえばマナーモードのままだったさね」

 思い出したようにサーシャは携帯を取り出す。

 その携帯は、リンの携帯とはかなり異なる形状で、前面に大きな液晶が取り付けられその下に申し訳程度に丸ボタンが一つ付いている。

 サーシャは手慣れた手つきで、本体の側面のボタンを押して画面に明かりを灯けて、画面を横にスライドしてロック画面から待ち受け画面に持って行き、メールのアイコンをタップする。

「私にも来てるさね」

 そのメールの差出人は、リーヴルタニア王国治安維持組織「魔導学園生徒会エレメンツ」からのものだった。

 二人は、この街で起こった問題を解決することを目的とした、その組織に所属している。

「どうせ、いつもの街でひったくりが起こったとかそういうやつさね」

「いや、これって・・・」

 リンがメールを確認するなり、目を白黒させる。

 組織からのメールは、こうだった。

 街にテロリストと思われる人物が侵入しています。もし、怪しい人物を見つけた場合は、本部まで速やかに連絡をお願いします。なお、テロリストは化学兵器を持ち込んでいるとの情報もあるので、注意して下さい。

「テロリスト・・・?」

 突如、彼女たちが歩いてきた方から爆発がした。

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