第3話科学と魔術1

 三学期制のこの学園も、その三学期目が無事終了し春休み初日迎えた。

 リーヴルタニア王立魔導学園のグラウンドでは、春の大会を目前に部活に打ち込む生徒たちが多く、中でも成績が期待されているような部活動は、特に熱を入れているようだった。

 だが、部活に勤しんでいる生徒たちのそのほとんどは、普通科の生徒であり、この学校の名にもある「魔導」というカテゴリとは無縁のもの達ばかりだ。

 とはいえ、学園側も魔術が衰退したこのご時世に、魔術を教えるだけでは財政的にとても厳しいらしく、いまやこの学園に通う五千名弱の生徒のうち約八割が普通科の生徒であり、さらにいえば野球やサッカーなどの一般的なスポーツにおいて魔術を使うのは当然禁止なので、必然的に普通科の生徒が多くなるのも当然と言えるだろう。

 そんな普通科の生徒が部活に青春を注ぐグラウンドとは打って変わって、静まり返った中等部の教室には、春休みを迎え授業がないというのに一人の少女がノートパソコンを相手にらめっこしていた。

 その少女は黒を基調とした制服に身を包んでおり、小さな体をさらに小さく丸め、椅子の上に体育座りのようにして座っていた。

 その体勢でも華奢であることが見て取れ、どこか不健康そうにも見えるが、その栄養が足りていなさそうな身体とは正反対に、目はしっかりと課題が面倒だと訴えていた。

 細い腕には多すぎる生徒を管理するために腕章がつけられており、「中等部魔術科 二年A組 サーシャ・アンソニー」と書かれていた。

「むむむむ・・・・」

 整った顔を台無しにするかのように伸ばしっぱなしになったボサボサの髪を搔きむしり、その顔をさらに台無しにするように眉間にしわを寄せていた。

「世界史のレポート難しすぎはしないかねえ・・・」

 彼女がここにいる理由だった。

 簡単にいってしまえば、授業を散々サボったツケというやつだ。

 課題内容はこうだ。「世界史の授業範囲の内容をまとめて、あなたが思ったことを簡潔に述べなさい。(読むの面倒だから600字以内で)」

 あろうことか彼女が小一時間かけて書いた文字数は・・・

「999文字・・・」

 なんとも言えない、このギリギリ三桁台に収めましたよとでも言いたげな文字数にため息をつく。

 だが、三桁台に収まったところで、600文字という文字数制限からすると原稿用紙でまるまる一枚分のオーバーであった。

 普通の教員なら、こういった文字数オーバーは意欲として取ってもらえるのかもしれない(そもそも授業をサボっている時点で意欲も何もない)が、あの面倒くさがりな上に妙な部分で細かい教員スコット・バードマンが相手では、きっとやり直しと言われるのがオチだろう。

 幸い、彼女は手書きを得意としないためパソコンで書いていた。そのため、修正をすることは可能なのだが・・・

 やり直すにしても、ほかの教科のレポートのことを考えるととてもやり直ししている暇など、あるはずもなく・・・

「ええええい!送ってしまえ!」

 と、威勢に任せて送信ボタンを叩くが、きっと文字数を減らして再提出って言われるんだろうなと思って後悔した。

「はぁ・・・、めんどうだ。」

 自分が授業をサボったのがいけないとはいえ、今は楽しい楽しい長期休暇の真っ最中だ。

 友人たちは、きっと今頃、街のおしゃれな喫茶店で優雅にティータイムでも決め込んでいることだろう。

 実に羨ましい限りである。

 まあそこに参加できないのも、彼女の自業自得であるわけが、それでもやっぱり羨ましいものは羨ましい。

 そういえば、お茶で思い出したが、確か友人の一人が好きな男子をデートに誘うと言っていたはずだ。

 果たして、その子は無事、意中の男子をデートに誘うことができたのだろうか・・・と、  もしかしたら今頃、まさにデートでもしているのだろうか?それとも、その待ち合わせの日を楽しみにしているのだろうか?もしかしたら、断られて泣いているかもしれない。

「サーシャさん?」

 そんな友人のことをぼーっと考えていると、いつの間にやら一人の丸メガネをかけた女性が目の前に立って、サーシャの伸び放題の髪の隙間から覗いている瞳を、じーっと覗き込んでいた。

「げっ!な、何をしに来たんさね・・・!?」

 驚きのあまり、サーシャは椅子の上に体育座りという動きにくい姿勢だったにもかかわらず、猫のような素早さでとっさに椅子から立ち上がり後ろの方へと飛ぶ。

「なにをしに来たとは失礼ね!頑張っている可愛い生徒の様子を担任として見に来たに決まってるでしょ!」

 そういって豊満な胸を張った女性は、サーシャの担任   つまり二年A組の担任である。白のロングスカートとオレンジのカーディガンがどこか清楚さを演出し、さりげなく巻かれたカールの茶髪がさらにそれを演出していた。

 腕にした腕章には、『教師 ニーナ・ブライト』と書かれていた。

「それと、ついでに私の担当教科のレポートプリントを持ってきてあげたわ♪」

「明らかにそっちが目的さね!!!この鬼畜教師!!!」

「あら?書き取り百枚のところを三十枚にまで減らしてあげたのに?元に戻してあげてもいいのよ?」

「すみません。謝りますから先生はどうやら神様だったみたいです私が間違っていたと認めるのでどうかそれだけは勘弁してください!」

 早口で謝り、ニーナからレポートのプリントを受け取ると、

「あ〜あ、これが得意な科学とかだったら・・・なぁ・・・」

 と、ぼやいてみる。

「またそんなこと言って・・・ほんと、魔術科にいて科学が得意なんて珍しいわよね」

「そんなことないさね。実際、このクラスにだって定期テストで私と同じぐらいの点数の人間はいるさね」

「それは授業での話でしょ?」


「貴女みたいに、魔術を勉強しながら科学発明品を作れる人なんて、なかなかいないと思うわよ?」


「それは、私が変人だと?」

「まさか!そんなつもりはないわ。ただ、珍しい子だなって」

 サーシャは、確かに少し変わった生徒だった。どこが変わっているかといえば、女子なのに身だしなみに大して気を使っていないとか、この時期にレポートをやっている時点で大して学校に来てないとか、いろいろあるのだが、それ以外に変わったことがあった。

 それは『科学』が得意であるというところだ。

 科学は、魔術科でも授業でやる一般教養でこそあるものの、そういった授業でやるような内容を飛び抜けて、彼女は科学分野を得意としていた。

 具体的に言えば、時間があれば自分の部屋に閉じこもってとにかく何かを開発していた。

 ひたすら基板に半田付けをしている日もあれば、ひたすら鉄板を加工している日もある。

 そして、そうやって作ったものが街のコンクールやらで賞を獲っていたりするから普通にすごくもあるのだが、魔術を学ぶ学園に通うものが科学に強いというのは、かなり変わっている。

「そんなこと言ったら、ロッズ・ホブスター教授とか変人オブ変人さね」

 ロッズ・ホブスターとは、魔術と科学の両方を学び、その共存を提唱している世界的にも珍しい教授であった。

「まあ、あそこまでになれれば先生としても嬉しいけどね?でもあそこまでいくと本当に変人よ?」

「まあそれに、このクラスは変わった人間の巣窟さね」

「確かにね・・・」

 春休みのため、サーシャとニーナの二人以外は誰もいないクラスを二人して見回す。

 類は友を呼ぶ。という言葉がふさわしいのかはわからないが、この二年A組というクラスは変わり者が多い。というか変わり者しかいない。

 それがどれぐらいかといえば、やれ魔術だ、やれ錬金術だと一日中考えていることは当たり前。あるものは、馬鹿みたいに闇の魔術のなんていう厨二臭いものを研究をしているし、あるものは、全然関係ない授業の最中に錬金術の臨床実験を始めるし、あるものは、自分の速さを極限まで強化することしか考えていない。そんな感じにサーシャが普通の生徒に見えてくるぐらいには頭のネジが吹き飛んだ連中しかいない。

「まあ、仕方ないわよ。そういう優秀な才能を持った子達が集められたのが、このクラスだもの。」

 二年A組とはそういうクラスなのだ。やれ魔術だ、やれ錬金術だと一日中考えていることは当たり前の生徒達だけを集めたクラス。言ってしまえば優等生だけを寄せ集めたクラスで間違いなかった。

 でも、サーシャは同じ考えではなかったようで、

「優等生ねえ・・・私はそうは思わないさね」

「どうして?」

「そりゃ、身体強化しか使わないやつ、錬金術にしか興味を示さないやつ、炎の魔術しか使えないやつ。そんな人間がいるクラスが優等生の集まりと思うさね?私はむしろ問題児とか劣等生の集まりとか言われた方が全く納得いくさね。」

 サーシャはその手に持ったペンをくるくると回しながら、

「現に私も役立たずな転移魔術しか使えない劣等生さね。」

 そう、サーシャ・アンソニーという少女は、魔術らしい魔術を一つも使えない魔術師だった。

 彼女がいくら努力したって、その手からは火も出ないし誰かを癒す力が出ることはないし、スプーン一つ曲げることだって叶いはしない。

 そんな彼女が使えるのは転移魔術という魔術たった一つ。指定したものを瞬時に手元に取り寄せたり、元の場所に戻したりすることぐらいしかできない。

 一見、転移魔術を使えない人が聞いたら、それでも便利に思うかもしれない。

 家にものをうっかり忘れたものを取り寄せたり、急に必要になったものを取り寄せたりもできるんじゃないか?と、でも実際は違う。

 まず、転移魔術で取り寄せるようにするために、前もって対象のものに魔術刻印を刻んで関連付けをしておかなければならないし、

 さらに言えば重量や大きさとか、生きた動物は転移できないとか、制限もかなり多い。

 

 多く役立たずな魔術しか使えない。

「サーシャさん・・・」

「まあ、私は生まれ持って魔術を使うのに必要な身体的構造が一部欠陥してるわけだし、仕方のないことさね」

 少女はきっぱり言い切った。そんな劣等生で悩む時期は終わったと。現にこの、転移魔術一つでこの魔術科に合格したという事実が何よりの証拠だろう。

「ところで、先生。このクラスの生徒は好きか?」

 サーシャの質問に、ニーナは穏やかな声で、

「何を言ってるの?もちろん大好きよ!私の可愛い教え子だもの。」

「ならこのレポートを」

「減らしません!」

「ちっ・・・」

「サーシャは?このクラス好き?」

 さらに穏やかな声で、ニーナがサーシャに同じことを聞く。

「無論さね。こんな居心地のいいクラスになれた私は幸せ者ものさね。」

 その言葉に、サーシャ自身も本音で答えた。

「そう、ならよかったわ。じゃあ、私は職員会議があるからまたあとでね!」

 ニーナが去っていったあとサーシャは、さらにもう一科目レポートを片付け、次はどの教科に手をつけようか、面倒くさそうなものから終わらせたいと補修内容が記載されたプリントをチェックしていると、突然、教室のドアがガタンと音を立てて開かれた。

「サーシャちゃん!やっと見つけた・・・!」

 ドアの方へ目を向けると、サーシャと同じく黒を基調とした制服に身を包み、腕章には「二年A組 リン・フェイフェイ」と書かれている少女が立っていた。

 身長は、おそらくサーシャと同じぐらいかそれよりも少し大きいぐらいの背に、黒を基調とする制服のプリーツスカートからは、すらっとして鍛え抜かれた足が覗いていた。

 地毛であろう栗色の髪を綺麗に整えており、シニヨンでまとめてある髪が彼女が中国出身であると物語っている。

「あぁ、リンか。」

「あぁ、リンか・・・じゃないよ!わざわざ迎えに来た親友に対してなんだ!その態度はっ!」

「迎え・・・?は・・・?」

「今何時だと思ってるの!?実技演習の補修もう始まっちゃうよ!?」

「な・・・・!?」

 意味不明だった親友の言葉がわかった。

「私も実技演習だけ補修になっちゃったから、学園に来てたんだけど、補修になってるはずのサーシャちゃんがいなかったから・・・」

 クラスメイトの指摘に目を白黒させて、慌てて『魔術実技演習』の補修の内容が記されたプリントを見てみると

「十四時にグラウンドへ集合し、当日言い渡す課題をクリアしてもらう。※遅刻の場合は課題クリア後に筋トレ。」と記されていた。

「十四時にグラウンドへ集合・・・」

 時計を見てみると、時刻は十三時五十五分を指していた。

 つまり、このままいくと、『魔術実技演習』担当の美人な教師に笑顔で「筋トレ五種五十×十セット」と言われることがほぼほぼ確定なわけだが・・・

 二人の少女はそれだけは回避しようと、慌ててグラウンドへと走り出した。

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