第19話 待ち人2

目の前の彼女を人質に取るのは愚策と判断し、どうすべきかを判断する。正直、迷っている時間は無い。彼女の護衛が、後ろに控える男性だけとは限らないのだから。


まずは角が立たないように断りつつ、探りを入れるべきだろう。相手如何では駆け引きも必要だが、彼女の場合は直球でも良いかもしれない。


「申し訳ありません。学生の身でありながら、初対面でいきなり結婚というのは色々と問題があると思うのですよ。」

「そうですか?親が決めた許嫁と顔も合わせないまま結婚するのは、良くある話だと思いますよ?」


何処のお嬢様だよ!・・・天羽財閥のお嬢様か。常識にズレがある。となると、今のセリフから攻めるしかないな。


「でしたら、まずは親の許可を取る必要がありますね。お互い未成年ですし。」

「私の両親の許可は得ておりますけど・・・確かに秋人様のご両親へはご挨拶しておりませんね。」

「ならこの話は一旦保留と言う事で。」

「・・・残念ですが、出直した方が良さそうですね。」

「と言うか、一旦白紙に戻すべきだと思うんですよ。お互い何も知らない訳ですし。」


オレと彼女では住む世界が違う。つまり、街で偶然出くわさなければ接点は無い。そうなればお互いの事を知らないと言い続けて先延ばしに出来る。あとは時間が経てば忘れるか、彼女の親族が別の相手を見繕ってくれるだろう。


「あら?私、秋人様の事でしたら大抵存じ上げておりますよ?」

「ん?」

「ご両親はほとんど帰っていらっしゃらない様ですが、最近お姉様以外に同居される方が増えたようですね。・・・女性が3名、内1人は皇のご令嬢でしたか。」

「っ!?」


思わず顔に出してしまったが、驚くのも無理はない。防犯の観点から、夏帆の住所までは移していない。いや、他の2人もそうだ。自宅に居ると思わせた方が都合がいい。だからこそ皇家も隠蔽工作には余念がないのだ。


しかも夏帆達が引っ越したのは、つい昨日の事。近所の人すら知り得ないのだから、噂が出処ではない。勿論公的な手続きも一切していない。そうなると、24時間監視されていた事になる。


監視・・・対象はオレか?いや、夏帆という可能性もある。気を許すのはマズイと判断し、咄嗟に後ろへ飛んで距離を取る。


「何が狙いだ!?」

「え?」


何時でも反撃出来るように構えたオレに、彼女は戸惑いを顕にする。そんな彼女を嗜めるべく、後ろに控えていた男性が彼女の横へと移動する。


「あ〜、お嬢?今のはマズイ。警戒させちまったみたいだぞ?」

「え?警戒ですか?」

「普通は知り得ない情報なんだ。監視してましたって言ってるようなもんだろ。」

「・・・あ!」


男性の指摘に、彼女は開いた口を両手で塞ぐ。所作を見るに、世間知らずのお嬢様って印象だな。だが鵜呑みには出来ない。演技という可能性もあるし、誰かが彼女を利用したとも考えられる。


取り囲まれているような気配は感じないが、格上が相手だと想定すべきか。正面切っての迎撃は避けるべきだろうな。ならば全力で逃げの一手。


問題は姉さん達だが、帰ってから説明したのでは間に合わない。かと言って、事前の取り決めも無く指示したのでは、到底逃げ切れるとも思えない。完全に準備不足。時間を稼いで物資を揃えようにも数日掛かる。


今の最善は・・・姉さん達は夏帆の実家に任せ、オレはこの状況をどうにかする事。排除か逃走か。あまり時間を掛けず、最低限の情報を手に入れるしかないな。それには――


「味方とは思えないから・・・敵か?それなら全力を以て排除させて貰う。(嘘だけどな)」

「待て待て!オレ達はお前の敵じゃない!!」

「それを信じろと?」

「とりあえずコイツを見て欲しい。」


そう言って男性がポケットから何かを取り出し、顔の位置で掲げる。


「(・・・紙?)何だ?」

「見ればわかる。」


掴んだ紙をオレに向けて差し出すのだが、素直に受け取る訳にはいかない。せめて地面に置いて離れるくらいの事はして貰った方がいいだろう。


「放り投げるか、地面に置いて下がって欲しいんだが?」

「まぁそう来るよな。なら・・・って、この風じゃ迂闊に手を放すのもなぁ。う〜ん、仕方ねぇ。お嬢、コレを渡して来て貰えるか?」

「私ですか?えぇ、構いませんよ。」

「っ!?」


男性の提案に彼女が即答する。これは予想外だ。人質となり得る彼女を近付ける意図が読めない。彼女が相手なら、労せず制圧は可能。問題は遠距離からの狙撃だが、白昼堂々と衆人監視の中でやられたらお手上げだ。と言うか、狙撃するなら絵を描いてる時にしてるだろうしな。


対応を決めかねている内に、彼女が目の前に来て折り畳まれた紙を差し出す。警戒しつつも受け取り、ゆっくりと広げると――




何やら不手際があったのかもしれないが、どうか許して欲しい。

そして娘達の案内に従ってくれないだろうか。

我らは金髪の彼女の協力者だ。市ヶ谷で君を待つ


                        天羽 猛



家族の名前は知らなくとも、天羽猛は知っている。天羽財閥の会長だ。普通なら性質の悪い悪戯だと跳ね除ける所だが、目の前に居るのは会長の孫娘。疑う余地は無い。


肝心の内容も、間違いなくアリスに関する事だろう。アダムとイヴに悟られないよう、名前を伏せている。市ヶ谷と明記されているが、具体的な場所まではわからない。それに、オレは何度も市ヶ谷に足を運んでいるから、探られてもシラを切る事が出来る。


彼女達に付いて行くしかなさそうだな。だが皇会長には連絡しておこう。こういう時、脳内で情報処理や連絡の出来るナノマシンは便利だ。お陰でただ便利なだけでなく、凶悪犯罪も激減している。


被害者の現在地や消息を断った場所がわかるし、場合によっては映像等も送る事が出来る。事前にジャミングしていればバレないかもしれないが、それはそれで何かありますよと言っているようなものだ。


だが逆に、軽犯罪は増加の傾向にあるという。対象が物品ならナノマシンの影響は及ばないし、覗きなんかは映像として記録するのが容易になった。プライバシー保護と犯罪検挙という、ある種の対局にある問題は、人類が滅びるまで解決する事が無いのであろう。閑話休題。



「そう、か・・・わかった。案内してくれ。」

「かしこまりました。それでは参りましょうか。」



嬉しそうに微笑む彼女に手を引かれ、オレは観念して付いて行くのだった。

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