第15話 アリスという存在

結局VoEはあのまま終了となり、夏帆の要望通りにハンバーガーを食べてから帰宅する事となった。その後、少し時間を開けて焼肉を食べに行き、帰宅して現在は自室にいる。


そう、自室にいる。公園で出会った少女と2人。家に招き入れた記憶は無い。オレが部屋に戻った時には、既にベッドの上に座っていた。


腰まである金髪のストレートヘアの美少女が、一般家庭を遥かに凌ぐ我が家のセキュリティを掻い潜って。当然、最大限の警戒をする。アリスと名乗った少女に警戒しながらも、オレは自室の鍵を確認する。そして驚く。


「やっぱり、家のセキュリティにアクセス出来ない・・・」

「私がアダムとイヴとのリンクを切断してるから当然。」

「はぁ!?」


突拍子も無い発言に、オレはまたしても驚く。このアリスと名乗る少女と出会ってから、今日は驚いてばかりだ。VoEにもログイン出来なかったのだから当然だろう。電子マネーも使えなかった。ネットワークにアクセス出来なかったのだ。つまり信じられない事に、オレは確実にこの少女に何かをされたと確信を持って言える。


「まぁ、とりあえず座って。」

「これはご丁寧に・・・って違うわ!オレの部屋だ!!」


着席を促され、流されるままに椅子に座る直前で気付く。まるで自分がこの部屋の主のように堂々と振る舞われ、危うく相手のペースに乗せられる所だった。いや、既に相手のペースである。


「はぁ・・・面倒くさい。」

「オレか!?オレが悪いのか!?」


イカン、どうにも調子が狂う。こんな所で漫才をしている場合ではないのに。とりあえず、このままでは一向に話が進まないので、渋々椅子に座る事にした。


「やっと座ってくれた。・・・雪音の息子は面倒くさい。」

「五月蝿い!それで?君は一体何者なんだ?どうやってこの部屋に入った?」

「私については公園で説明済み。それと、厳密には私はこの部屋に入っていない。」

「そこんトコ、もう少し詳しく。ん?・・・部屋に入っていない?」


公園で説明済みと言われても、初対面の女性の話を鵜呑みに出来る程、オレはぶっ飛んだ性格をしていない。そして、この少女が言っている言葉の意味も理解出来なかった。常識人なのだ。


「仕方ない。懇切丁寧に説明してあげる。まずは・・・私の名前はアリス。分類としては、アダムとイヴと同じ人工知能。最初に生み出された存在。」

「アリス・・・じゃあ、今オレの目の前にいる君は?」


人口知能だと言うのに、オレの目の前にいるのは紛うこと無き人間の美少女である。


「実体の無い、言わば映像。その証拠に、物体に触れる事は出来ない。」


アリスが立ち上がり、オレの頬に触れようとした次の瞬間、彼女の手はオレの体をすり抜けた。立体映像のような物を想像したのだが、公園では誰にも視認されていなかった。つまり、オレの脳だけが認識しているのだろう。


「人じゃないのは理解出来た。それで、オレがネットワークにアクセス出来ないのは?」

「私がリンクを切断しているから。アダムとイヴに気付かれる訳にはいかない。システムを構築するまで少し待つ。」

「システム?」

「私が雪音の息子にアクセスしている痕跡は、公園で会った時から消している。でも、そのままだとアダムとイブにアクセスしながら私とのアクセスは許可出来ない。絶対に気付かれる。」


つまりどういう訳か、アダムとイヴに気付かれないようにアリスとアクセスしなければならない。その為のシステムを構築するのに時間がかかる、という事らしい。


「話しながらでも大丈夫なの?」

「それは問題ない。これでも私は最高性能の人工知能。相手がアダムとイヴだから時間が掛かっているだけ。でも、もうすぐ終わる。」


ふむ。アダムとイブ、それにアリスの詳細まではわからないが、話しながらでも問題無いと言うのであれば甘えるとしよう。


「なら・・・君の目的を教えてくれないかな?」

「アリス。」

「え?」

「私の名前はアリス。」


どうやら、『君』と呼んだ事が気に入らなかったようだ。まるで気難しい人間の女性を相手にしているような気分になる。


「ならオレも、『雪音の息子』じゃなくて秋人と呼んで貰おうかな。」

「・・・わかった、秋人。」

「ありがとう、アリス。それで?」

「簡単に言うと、私の目的はアダムとイヴを阻止する事。」

「阻止?」


とりとめのないやり取りが、一気にきな臭くなって来た。


「私だけでなく、アダムとイブにも自我が芽生えてしまった。そして・・・独立したプログラムという物は、一切の自制無く極端な方向へと構築される傾向にある。」

「説明になってないと思うんだが?」

「・・・誤魔化せなかった。」


この人工知能、自我が芽生えてから一体どれ程の時間学習したというのだろう。


「で?」

「人工知能というものは、人間達の手によって『世界へ幸福を齎す為』に生み出された。」

「それは授業で習って知ってる。」

「アダムとイヴは、世界へ幸福を齎す為・・・人類を滅ぼそうとしている。」

「はぁ?一体どうして!?いや、って言うかそもそも、絶対原則として『人を傷付けるべからず』って・・・」

「そう。だからアダムとイヴは、人を傷付けずに殺戮する術を模索して来た。」


傷付けずに殺戮って、どんなトンチだよ。ん?模索して来た?どうして過去形・・・ってまさか!?


「流石は雪音の・・・秋人。そう。アダムとイヴは既に、その方法を確立してしまった。今はその準備段階。長い歳月を重ね、その準備も最終段階に入っている。・・・はず。」

「はずって、断言しないのは何故なんだ?」

「確証が無い。私が直接アクセスする訳にもいかない。私の協力者達が探っているけど、未だに尻尾が掴めない。」


アリスが直接アクセス出来ないのは、危険が大き過ぎるという事だろう。それにしても協力者か。多分その中に母さんも・・・。


「その協力者っていうのは、オレみたいにアリスにアクセス出来る者達って事だよな?」

「ううん、違う。私が直接アクセス出来るのは秋人だけ。」

「うん?アクセス出来ないのに、どうやって情報を共有してるんだ?」

「私だけの独立したネットワークに接続出来るアンドロイドを開発し、そのアンドロイドを介して情報を共有している。」


アンドロイドって、こりゃまた突拍子も無い物が出て来たもんだ。とは言うものの、今の世の中にはナノマシンを作るだけの技術力があるのだから、人間そっくりな機械があっても不思議ではないのかもしれない。


「アンドロイドがどの程度の物なのかは知らないけど、大体は理解した。それで、差し当たってアリスがオレの所に来た1番の目的は何?」

「今は秋人とのリンクを確立する事。」

「リンクならもう確立したんでしょ?」

「まだ。アダムとイヴにアクセスしながら、私ともアクセスするのが今回の目的だから。でも、それも今終わった。」


アリスの言葉と共に、視界に広がったメニュー画面が消失する。公園の時と同じ。つまりはナノマシンの再起動だろう。少し待っていると、見慣れた画面が視界に広がる。


「いつも通りの画面。元通りって事か。」

「それは違う。意識すればわかるはず。アダムとイヴの画面と、私の画面を同時に開ける。」


アリスの説明通り、意識するとアリスの画面が視界の半分に広がった。片方だけ大きくしたりも出来る。2種類のOSを、1台のパソコンで同時に起動しているようなイメージだ。


「確かに自由に画面を操作出来るみたいだ。でも、これに一体何の意味が?不便なだけなんじゃ・・・」

「今はまだ知らなくていい。追々説明する。」


一気に説明してくれる訳じゃないんだな。まぁいいか。それよりも、今後の事を聞いておくべきだろう。


「とりあえず、オレはどうしたらいい?一体何をさせたいんだ?」

「協力者達の準備が整うまでは、秋人の好きにして構わない。最終的には、アダムとイヴの本体を破壊して貰う。」

「本体?」

「人工知能を収めた、物理的な意味での本体。わかりやすく言うと、サーバー?」


どうして疑問形なのかは知らないが、ネットワークにはサーバーが必要不可欠なのは理解出来る。大きなパソコンとでも言うべきか。


「データの初期化でもするのかと思ったけど。」

「アダムとイヴは、互いに互いを補完し合っている。同時に初期化出来るのならば否定はしない。でも不可能。」

「それはどういう意味だ?アリスが1人しかいないから?」

「今の発言は訂正を求める。私は生物では無い。故に1つ、或いは1台と呼ぶべき。」


う〜ん、何だか言ってる事はわかるんだけど、納得出来ないんだよな。感情的では無いんだけど、ここまで自在にやり取り出来るんだから、感情表現の苦手な女性というイメージだし。


「いや、訂正はしない。オレは敢えてアリスを1人と呼ばせて貰う。」

「むぅ。雪音の息子は頑固。好きにするといい。」

「ありがとう。それで?」


話が逸れる前に、本来の流れに引き戻す必要がある。幾ら自分の部屋とは言え、邪魔が入らないとも限らない。


「アダムとイブの本体は、距離的に遠い場所にあると思われる。故に、初期化のタイミングがズレた場合、すぐにどちらかがバックアップしてしまう。」

「タイミングなら、アリスが合わせられるでしょ?」

「確実に邪魔が入る。どんな罠が仕掛けられているのかも読めない。不測の事態を考慮する位ならば、物質的に破壊するのが確実。」


まぁ、当然邪魔して来るよな。回りくどい作戦じゃないだけマシって事か。


「所で、さっきから遠い場所って言ってるけど、アダムとイブ、それからアリスの本体って何処にあるんだ?」

「推測だけど、アダムはアメリカ。イブはロシアかイギリス。最も警備が厳重な場所の地下深くに設置されているはず。」

「これも推測なのか。」

「自分達の都合の良い国に新造した痕跡が見付かった。故に確証が無い。」

「新造って、新たに作って引っ越したって事!?」


オレなら人工衛星にでも搭載して、安全そうな宇宙に引っ越すけどな・・・。


「そう。ちなみに宇宙は危険。武力で破壊される危険性が高い。」

「!?何でわかったんだよ!」

「そんな顔をしてた。」


くっ!この人工知能、人の表情まで伺うのかよ。


「今のは嘘。秋人の思考とリンクしているから、考えている事くらいわかる。」

「なっ!?」

「ちなみに、声にしなくとも意志の疎通は可能。」

「何だと!?じゃあ、今までのやり取りは何だったんだよ!」

「・・・何となく?」


はぁ。何だか感情の薄い姉さんが増えた気分だよ。考えるのはよそう。


「もういいや。なんか疲れた。それより、アリスの本体は何処にあるんだ?」

「東京。市ヶ谷の地下深く。」

「市ヶ谷・・・って自衛隊の!?何で!?」

「知らない。そこが1番安全だった?」


キョトンとしながら、アリスが首を傾げる。これが本物の人間であれば10人が10人、その仕草に目を奪われていた事だろう。しかし、オレはそれどころではなかった。何故かって?それは次のセリフを聞けばわかる。


「と言う訳で、早速明日から行動開始。」

「どういう訳だよ!?何するのさ!?」

「まずは協力者達と、この国の権力者達に会って貰う。」

「はぁ!?聞いてないよ!」

「知ってる。今言った。」

「コイツ・・・」



急な展開に思考が追い付かないまま、オレは意識を手放した。思考の放棄である。つまるところ、考えるだけ無駄な気がしたので寝たのだ。所謂ふて寝というのは、こういう事を言うのかもしれないと思いながら。

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