第14話 初プレイと謎の少女
自宅から歩く事、約10分。オレ達学生組は、VoEをプレイする為に近場の公園にやって来た。かなり大きな公園の一画を貸し切り、VoEの為に解放されている区画に辿り着くと、先行者の姿は無かった。
学生にとって夏休みとは毎日が休日なのだが、今日は土曜日。大多数の社会人にとっても、今日は休日である。その為、商業施設を貸し切っての大規模なイベントが開催されている。サービス開始のキャンペーンといった所だろうか。当然、ユーザーはそちらに向かったのだろう。
「流石に此処には誰もいないか。」
「誰でも報酬の豪華な会場に行くだろうからね。でも、オレ達には丁度いいんじゃない?」
「秋人の言う通りね。そんなに時間も無いし、初心者の小春姉も一緒だから。」
彰の呟きに応えると、紗花が同意した。ちなみに夏帆は、公園から見えるハンバーガーショップに釘付けである。普段であれば、公園近くのハンバーガーショップは多くのゲーマーで溢れ返る。しかし今日は閑古鳥が鳴いているようだ。キャンペーン終了までは、オレ達で我慢して貰おう。
「じゃあ早速始めようか?」
「ねぇ、あっくん?このゲームはどうやるのかなぁ?」
しまった、肝心な起動方法を教えていない。中身の説明ばかりに気を取られて、すっかり忘れていた。
「メニューからVoEを選ぶか、『VoEスタート』って言えば起動するよ。ちなみに会話中は起動しないようになってるから、今オレが言ったのだと起動してない。終了する時は、ゲーム用メニューでデータをセーブしてから終了を選択するのが一般的。どうしても急いでいる時は『ベイルアウト』って言えば終了出来るけど、ちょっとしたペナルティがあるからオススメはしない。」
「ペナルティ?」
「手に入れた経験値やお金が半分になるんだ。まぁ、死にそうな時にしか使わないかな。」
「なるほどねぇ。」
こんな説明でも、姉さんは理解してしまったようだ。経験者ならわかる事だが、セーブ前に死ぬと入手したアイテムや経験値の類は一切無しとなる。即死でも無い限りは、緊急脱出した方がお得なのである。
「それ以外はIW3の時と大体同じかなぁ。こっちは実際に体を動かすけどね。」
「おっけぇ〜!じゃあ早速やってみよぉ〜!!・・・VoEスタート!!」
「「「「あっ!」」」」
どんな時でもマイペースな姉さんは、誰よりも早くゲームを始めてしまった。オレ達も慌ててゲームを開始する。
「「「「VoEスタート!!」」」」
ゲームを始めると、周囲の景色が変化する。とは言っても、そこまで大幅な変化は無い。実際の景色とあまりにもかけ離れた物になると、様々な危険が付き纏う為だ。プレイしていない人の乱入や、障害物による怪我などを考慮した結果である。
視界にメニュー画面が表示され、非常に簡単なチュートリアルが始まる。基本的な内容は姉さんにも説明済なので、全員が飛ばし気味に進めているようだった。
本当に簡単な説明なので、5分も掛からずにチュートリアルを終える。チュートリアル中に装備の選択があったのだが、オレの武器は紗花と同じ刀である。剣術道場の師範、紗花のお祖父さんの言い付けがあるからだ。『ゲームだからこそ刀を使いなさい』と言われている。実際に刀を振り回す訳にはいかないので、仮想空間ならば良い練習になるとの考えらしい。
話は逸れるが、このVoEが優れている点はプレイしていない者達であっても、プレイフィールドに近付くとゲーム画面が表示される事だろう。アダムとイヴが全面バックアップを担当しているらしく、世界初の機能である。現実の風景に切り替える事も可能だが、それだとユーザーが変態に見えるのでオススメはしない。何もない空間で何かを叫びながら動き回るなど、単なる危ない人である。
話を戻すが、全員のチーム登録を行いカウントダウンが始まる。これが終わると、いよいよゲーム開始だ。敵が隠れていたりといった機能は、イベント会場でのみ楽しむ事が出来る。あちらはクッション材等を使用した障害物など、専用のフィールドが用意されている。
「いよいよ始まるんだねぇ。お姉ちゃん、ちょっと楽しみだよ〜。」
「突然敵が現れるらしいから、油断してやられないようにね?」
「りょ〜か〜い!」
姉さんが気の抜けた返事をして来たが、スルーして他の皆に視線を向ける。全員が頷き返しているのを確認し、オレも正面に向き直る。
オレ達はイベント参加では無いので、クリア報酬が手に入る訳ではない。無限に敵が湧き、徐々に強くなるという仕様である。いきなりイベントに参加してもクリアは出来ないので、レベルを上げる為のモードである。VRであれば延々とプレイ出来るだろうが、ARは体力勝負。疲れたら終了なのだ。
このモードは、プレイ時間の制限にも一役買っている。体力的に無理の無いレベルの敵と、延々戦うのを防ぐ為の措置である。ゲームのし過ぎは社会問題となるのだ。
ーー3、2、1、START!
表示されていたカウントダウンが終わり、いよいよバトルが始まる。目の前には、5匹のスライムが現れた。同時に紗花と姉さんが勢い良く走り出す。紗花は刀を、姉さんは蹴りを繰り出し、あっという間に殲滅してしまう。
「はえ〜な!オイ!!」
「私達の出番が無い・・・。」
彰はロングソードに盾を持つ『騎士』、夏帆は杖を持つ『ヒーラー』なので出遅れるのも無理はない。次々と現れる敵を、紗花と姉さんが瞬時に倒してしまうのだから困ったものである。2人のレベルだけが上がり、やがて強い敵に負ける事だろう。そして、残されたオレ達は為す術無くやられる未来が見える。
「オレ達は、あの2人とは別にプレイするのが良さそうだな。」
「秋人の意見に賛成。」
「それがベストか。一緒だとレベル差が酷い事になりそうだ・・・。」
彰と夏帆がオレの意見に同意してくれるが、少し訂正をしておく。
「夏帆は両方に参加した方がいいよ?ヒーラーはレベル上げるの大変だし。」
「・・・確かに。ならそうする。」
「じゃあ、オレは夏帆の盾代わりに残るかぁ。少しでも回復魔法を使えるだろうし。」
「頼む。オレは見学してるから。」
夏帆と彰を残し、オレは離れた位置へと移動する。敵を倒すのが難しいヒーラーは、味方を回復する事でも経験値が入手出来る。MPは実際の体力とは無関係なので、出来る限り戦闘回数を増やした方がいいのである。MPは時間経過か、アイテムによって回復させる事が出来る。盾になる者がいれば、効率良く回復による経験値を入手出来るのだ。
オレはメニューを開き、ショップで現在買えるだけのMP回復ポーションを購入する。オレの方針は、ヒーラーを優先的に育成するというものである。育て難いヒーラーのレベルを上げておく事で、中盤以降の攻略が楽になるのだ。オレと紗花の体力であれば、幾らでも挽回は可能だというのもあるが。
購入したMPポーションを夏帆に送り、みんなの方に視線を向ける途中で視界の隅に何かが入り込む。顔を横に向けると、そこには同い年くらいの少女が立っていた。
「女性?でも、この公園には誰もいなかったはず・・・えっ?」
「・・・・・見つけた。」
突然少女の姿が消え、正面から声が聞こえた。正面を向くと、少女が目の前に立っている。
「なっ!?」
「探した。・・・雪音の息子。」
「雪音?・・・って母さんの事か!?」
目の前に移動した少女の言葉に、オレは声を荒げて聞き返す。ほとんど話題に出る事は無いが、父さんは決まって『雪さん』と呼ぶのですぐにはわからなかった。オレの産みの親である、『黒川 雪音』の事だろう。
「このまま会話するのは危険。アダムとイヴに気付かれる前に、秋人をネットワークから切り離す。」
「は?」
ーープツン
少女の言葉の意味を理解出来ずにいると、突然ゲームが終了する。焦ってメニューを開こうとするが、何の表示もされない。ゲームどころか、普段使用する画面さえ表示出来ないのだ。
「これで安心。」
「君は一体・・・」
「詳しい話は後。今は雪音の息子とのリンクを確立するのが先。」
「え?ちょっと!?」
噛み合わない会話に戸惑っていると、少女がオレの頭を両手で掴む。次の瞬間、視界に映し出された画面は、見た事の無い物であった。
「リンク確立完了。システム・・・異常なし。ステルスシステムも良好。これで大丈夫。」
「何コレ?All Intelligence summarized・・・ってAlice system!?」
「そう。そして私の名前はアリス。よろしくね?雪音の息子。」
「私がって・・・はぁ!?」
あまりにも突然の出来事に、視界に映る画面の事も目の前に立つ少女の事も、理解が全く追い付かない。しかし、アリスと名乗る少女は待ってくれない。
「秋人が騒ぐから気付かれた。これで捕捉可能になったから、夜会いに行く。」
「え?ちょっとまっ「秋人!?」・・・彰?」
一方的に話を進める少女を止めようとするが、彰に呼ばれて視線を外す。慌てた彰が小走りで駆け寄って来た。
「いきなりログアウトなんかして、どうしたんだよ!」
「あ、いや、この少女と話してたらネットワークから切断されちゃって・・・。」
「少女?何処にもいないぜ?」
「え?」
彰に言われて周囲を見回してみるが、先程の少女の姿は何処にも無かった。障害物までは相当な距離があるというのに。
「秋人・・・欲求不満なら、オレのお宝を貸してやるぞ?」
「・・・お前と一緒にするな。」
「ねぇ彰?そのお宝、私が借りてあげよっか?」
彰だけでなく、全員がオレの元にやって来ていたようだ。彰とのやり取りを聞いていた紗花が、彰のお宝を借りる・・・取り上げようとしている。
「なっ!?オ、オレのお宝は女人禁制なんだよ!」
「このご時世に、そんな物があるはずないでしょ!!」
彰と紗花の痴話喧嘩が始まり、みんなが必死に止めようとする。しかしオレは2人の痴話喧嘩に見向きもせず、先程の少女の事を思い返すのだった。
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