第10話 保護者作戦会議

入室許可を受けて、扉をノックした人物が部屋へと足を踏み入れる。雇用主である会長に深々と一礼し、発言する許可を求めた。


「会長、少しお時間を頂いても宜しいでしょうか?」


「白井君が私の下に来るのも珍しいな。どうかしたか?」


「はい。実は夏帆お嬢様の事でご相談が・・・。」

「夏帆がどうした!?」



孫の名前が出た途端、会長の目つきが鋭くなる。常人であれば怯んでしまうだろうが、そこは長年の雇用関係だろうか。全く気にした様子も無く説明に移る。



「いえ、お嬢様がどうという訳ではありません。お嬢様の婚約者様に関する事です。」


「婚約者?」



メイド長の言葉に、全員が翔悟と優花に視線を向ける。その視線の先を確認し、申し訳無さそうに会長へと告げる。



「差し出がましい事は重々承知しておりますが、出来る限り早急に婚約者様への説明をお願いしたいのです。」


「ん?夏帆には中学卒業前に話したと思うが?」


「「あぁ!!」」



会長の言葉に『しまった』とでも表現すべき表情で、翔悟と優花が顔を見合わせる。そのまま目で会話をしていたが、観念したのか翔悟が口を開く。



「すみません、会長。実は・・・秋人君に話しておりませんでした。」


「・・・何じゃと?」


「中学の卒業式と高校の入学式には何とか顔を出す事が出来たのですが、それ以外は研究所で生活していたもので・・・。」



成人男性の平均身長よりも長身の翔悟であったが、肩身の狭さ故にかなり小さくなっていた。そんな翔悟の様子に、呆れた表情の会長が小言を発する。が、その発言にツッコミを入れる事となるのは、娘である友香梨であった。



「ワシはのぉ、余所の家庭に首を突っ込むつもりはない。他人に説教出来るような親でも無い。だからこそ・・・そういうのは友香梨に任せようと思う。」


「お父様、そこで逃げるのはズルいと思います!!・・・はぁ。まぁいいでしょう。それよりも、今は秋人君の事です。お2人が話していないという事は、婚約について知っているのはこの場にいる者達と・・・朝倉さんと夏帆ですか?」


「お嬢様が誰にも話されていないのでしたら、奥様のおっしゃる通りです。」



友香梨の問いに、メイド長が答える。この場に居合わせた者達は、全員がそれなりの立場にある。当然口も硬いので、誰かに打ち明けるとすれば、未だ未熟な夏帆のみであろう。



「それなら問題無いでしょう。夏帆には他言無用とキツく言い聞かせてありますから。ただそうなると、逆に厄介でもありますね。夏帆に婚約者がいるという話は、入学直後に聞いているでしょうから。どんな顔をして言いに行けば良いのか・・・。」


「それは父親である僕から伝えます。ただ、何時になったら家に帰れる事か・・・。」



翔悟の言い分としては、多くの研究者が研究所に詰めっ放しで頑張っている中、自分だけが帰宅するのは申し訳ないのである。それは当然、妻である優花にも言える事であった。そんな彼らに、メイド長が朗報を告げる。この場合、心の準備が出来ていないのだから、朗報とは言えないのかもしれないが。



「秋人様と小春様でしたら、ご学友の方々と共に夏帆お嬢様のお部屋にいらしています。・・・担任の先生も。」


「本当ですか?・・・美冬さんも?どうして彼女が・・・。」


「御厨先生ですが、どうやら八神様のお宅に居候しているという事でした。」


「「「「「居候!?」」」」」



メイド長の言葉に全員が驚く。未婚の男女が1つ屋根の下で生活を共にするのだから、当然と言えるだろう。小春もいるのだが、そんな事は全員の頭に無い。



「その御厨先生?という方は、秋人君とどういう関係なのです!?」


「まさか教師という立場を利用して、秋人君を狙っているんじゃないだろうね!?」



夏帆の両親が、秋人の両親の下に詰め寄る。爺さんが孫バカなら、両親も親バカなのである。これは周知の事実であり、放っておくと美冬が危険なので翔悟が即座に返答する。



「美冬さんはお隣さんでして・・・彼女のご両親は我々の同僚に当たります。」


「でも翔悟さん?美冬さんも秋人君を狙っていると思いますよ?」



翔悟の言葉に安堵しかけた皇家の面々であったが、優花の言葉によって翔悟に鋭い視線を向ける。



「あははは。まさか・・・・・え?本当ですか!?冗談ですよね?」


「いいえ。私もそう感じました。」


「何じゃと!?白井君!すぐに諜報部門に言って、その教師の情報を集めてくれ!!」



メイド長に絶対の信頼を置く会長は、彼女の言葉を受けて命令を下す。しかし流石は敏腕メイドの白井美奈子。雇用主の行動などお見通しである。



「ご安心下さい。諜報部門には既に指示を出しております。それで翔悟様。情報が揃うまでの参考に、御厨先生がどのような方なのか教えて頂きたいのですが?」


「え?美冬さんですか?そうですね・・・彼女は幼い頃から努力家で、ご近所さんの評判も良かったです。特に悪い噂も聞きませんし、秋人君が望むなら僕が口を出す事も無い・・・というのが本音でしょうか。唯一の欠点は料理が不得意な所だと、彼女のご両親から聞いた事がありますね。」



説明した本人にその意思は無かったのだが、居合わせた者達の感想は違っていた。こうなると、爺バカ・親バカが暴走するのは想像に難くない。


(((((父親公認!?)))))


「白井さん!すぐに秋人君を連れて来て頂戴!!」


「友香梨さん、秋人君だけだと良くない。全員に話をすべきだよ!」


「落ち着け2人とも!!・・・白井君、全員に飲み物を頼む。それと、午前の予定はキャンセルじゃ。」


「かしこまりました。直ちに。」



深々と一礼してメイド長が退室する。メイド長がすぐに戻って来る事をわかっている皇家の者達は、八神家の2人と共にソファーへと移動する。作戦会議である。



「それでお父様?どうなさるおつもりですか?」


「うむ。まずは、同居するに至った理由を確認したい。」



会長に視線を向けられ、翔悟が少し思案してから推測を述べる。



「美冬さんには朝晩のご飯を振る舞っていると聞いていますから、一緒に暮らした方が楽だったのではないでしょうか?」


「だとすると、言い出したのは間違いなく小春ね・・・。」


「「「「「あぁ・・・なるほど。」」」」」



この場の全員が小春の性格を良く知る人物という事もあり、優花の言葉に納得する。そして全員が頭を抱える。小春を良く知るが為に、どう対応すべきかわからなかったのだ。答えに窮する者達は、とりあえず用意されたコーヒーを口にする。


一体いつ入って来て、いつの間に用意したのかわからない程、メイド長の行動は洗練されていた。喉を潤す事により、百戦錬磨の会長の思考が冴え渡る。



「下手に口を挟むのは危険じゃな。小春ちゃんを敵に回すのは愚策じゃろう。」


「そうなると同居の解消は難しいですが・・・」


「ふむ。智和君の言う通りじゃ。そしてこんな時は、発想を逆転させるのが良いじゃろう。」



会長の言葉に、全員が首を傾げる。その様子に、会長はニヤリと笑みを浮かべて説明を続けた。



「小春ちゃんを味方に付ける。」


「それは賛成ですが・・・具体的にどうなさるおつもりですか?」


「智和君、わからんか?夏帆を八神家に預けるのじゃよ。」


「「「「「なっ!?」」」」」



完全に予想外の提案に、全員が驚愕する。当然だろう。皇家の跡取りである1人娘を、一般庶民の家に放り込もうと言うのだ。普通であれば、到底容認出来る内容ではない。しかし、この会長と娘夫婦には、一般的な権力者の常識は通用しない。


大事な跡取りの小遣いを1日100円にしてしまうような者達である。限りなく庶民寄りの思考であった。だが、当然反対する者達もいるだろう。しかし会長はそれも踏まえて作戦を練る。



「五月蝿い外野も現れるじゃろう。そこで頃合いを見て、秋人君の功績を表沙汰にする。」


「会長!」


「翔悟君の言いたい事は理解しておる。だからこそ、公表する前に秋人君の許可を得るのを忘れてはならん。最も敵に回すべきではないのが誰なのか、忘れる訳にはいかんからな。」



秋人は目立つ事を嫌う。その為、これまで取得した特許に関しても、出来る限り隠していた。隠した所でバレるのだが、そこは皇家がガードして来たのだ。秋人もそれは理解しているので、当然皇家には恩を感じている。会長はその貸しを、可愛い孫の為に精算しようというのである。



一見損をしているようにも見えるのだが、理にかなった策であった。普通であれば、その貸しを使って新たな技術を開発させる。それにより、半永久的に秋人の協力を得られる。しかし半永久に見えて、実際は期間限定なのだ。秋人が自身の存在を公表すると言った場合、その後の協力は見込めないのだから。



秋人が目立つのを嫌うというのは、本人の性格なのだと大抵の者達が思い込んでいた。しかし実際は違う。未成年である内は、保護者に迷惑を掛けるというだけの理由なのだ。この事実に気付いているのは、小春と会長のみである。会長の場合、ある取引をして小春から聞き出したのだが。



「残る問題は小春ちゃんだが・・・。」


「お父様?初めから小春ちゃんが一番の問題だと思いますけど・・・。」



会長を除く全ての者達の中で、1番敵対すべきでないのは小春であった。感情表現豊かな小春の性格上、その敵意もまた豊かなのである。



「何じゃ?友香梨はその程度の認識か?・・・やれやれ。仕方ない、教えてやろう。良いか?小春ちゃんの開放的な性格故にそう判断したのなら、それは間違いじゃ。真に恐ろしいのは秋人君じゃよ?」


「私にはそうは思えないのですが・・・。」



やはりまだまだ家督を譲る事は出来そうにない。そう思う一方で、まだまだ若い者には負けないと思う自分に笑いが込み上げて来る。しかしすぐに気持ちを切り替えて説明を続ける。



「くっくっくっ。まぁ小春ちゃん程度ならば、皇の力でどうとでも出来よう。しかしのぅ、秋人君、彼はダメじゃ。彼はまだ爪を隠しておる。秋人君がその気になれば、皇家でも手出し出来ん状況に陥る。そして彼は、口では色々と言っておるが姉想いじゃ。その姉の為ならば、躊躇無く世界を敵に回すじゃろう。比喩ではなく、本当にな・・・。」




会長の説明に、その場にいた全員が固唾を飲む。会長の言う世界、その言葉の意味する物が何なのか。全員が理解してしまったのだ。本来なら敵対すべきではない、魔法使いという存在が含まれている事に・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る