第8話 皇家と特別授業

玄関のドアを開けると、自宅前には1台の高級車が停まっていた。傍らには眼鏡を掛けた妙齢の男性の姿。この人物は夏帆付きの執事、朝倉さんである。残念ながら、名字しか知らない。夏帆に聞いても「朝倉は朝倉」という返事しか返って来ない。・・・色んな意味で残念である。


「おはようございます。お迎えに上がりました、秋人様、小春様。それから・・・初めまして、御厨様。夏帆お嬢様がいつもお世話になっております。」


朝倉さんはオレと姉さんに挨拶した後、美冬姉に深々と一礼した。いつもながら、美しいお辞儀である。短い付き合いながらも、すっかり慣れたオレ達はいつも通りに挨拶を返す。だが美冬姉は、若干緊張した様子だった。無理もない。リアル執事など、出会う機会があるはずもないのだ。


「おっはよ〜ございます、朝倉さん!!」

「おはようございます。今日も宜しくお願いします。」

「は、初めまして!皇さんの担任を務める、み、御厨と申します!!」


美冬姉が自己紹介を終えると、朝倉さんの手によって高級車のドアが開かれる。車内に視線を向けると、夏帆が座っていた。全員が挨拶しながら乗車し、着席したのを朝倉さんが確認すると車が動き出した。


この時代の車は空中を進む為、振動は一切無い。超電導物質を利用した、リニアモーターカーのような物と言えば想像出来るだろうか。整備された道と乗り物、そして人工知能がリンクする事で、自在に推進力得て方向転換する事が可能となっている。


クリーンエネルギーを使用している事と、摩擦が無い等の理由により、こちらの方が環境に配慮されている。とは言っても、その為に整備された道が必要となる為、過疎地や山間部では利用出来ない。まだまだ発展する余地は残されているのだろう。自動車メーカーの最終到達地点は、自由自在に空を飛ぶ事だそうだ。その時点で自動車とは呼べないのだが、当然それは禁句である。


窓に映る景色を眺めながらそんな事を考えていると、あっという間に紗花の家に着く。門の前には紗花の姿があった。紗花を回収した後、少し離れた地域に住む彰を拾って夏帆の家に辿り着くと、初めて訪れた美冬姉が玄関前で大きく口を開けている。


「(美冬姉、口開いてるよ!)」

「(はっ!?ここまでの大豪邸だとは思わなかったのよ!)」


小声で耳打ちすると、我に返った美冬姉が言い訳を始めた。外観も驚きだろうけど、中に入ったらもっと驚くはずだ。


「(多分玄関でメイドさん達が出迎えてくれるよ?)」

「(メイドさん!?実在するの!?)」


誰しもが思う事だが、本物のメイドさんがいるとは思わない。物語やドラマの中だけの存在なのだ。そんなメイドさんも、皇家では何十人も目にする事が出来る。彰曰く、この家は異世界である。


朝倉さんに案内され玄関のドアを通り抜けると、目の前には沢山のメイドさんが並んでいた。


「「「「「「「「「「ようこそお越し下さいました。」」」」」」」」」」

「っ!?」


事前の忠告も虚しく、美冬姉は圧倒されてしまったようだ。しかしみんなは、そんな事に気付きもせず挨拶しながら進んで行く。


「おっはよ〜ございま〜す!」

「お邪魔しま〜す。」

「どうも!・・・はぁ、はぁ・・・いい!!」


どうやら1人重病人がいるようだが、医者ではないので見なかった事にしよう。頼むから、こっちを見ながらサムズアップしないで欲しい。


彰から視線を逸らすと、1人のメイドさんと目が合った。オレもメイドさん達に挨拶してから、目が合ったメイドさんに美冬姉を紹介する。


「皆さん、今日は宜しくお願いしますね?それと白井さん。こちらが僕達の担任、御厨先生です。」

「は、初めまして!御厨と申します!!」

「初めまして御厨先生。夏帆お嬢様がお世話になっております。私、この家のメイド長を務める白井と申します。御用の際は、何なりとお申し付け下さい。」


美冬姉と白井さんが深々とお辞儀しながら挨拶を交わすのを見守り、姿の見えなくなった夏帆達の後を追おうとした。しかし白井さんに呼び止められる。


「お待ち下さい。御厨先生は初めてのお越しです。私が屋敷をご案内させて頂きます。」

「あぁ、それもそうですね。ではお願いします。」


恐らくだが、トイレと食堂の場所を説明してくれるのだろう。そうそう、この家には食堂があるのだ。使用人の中には住み込みで働いている人も多く、全員揃っても食事が摂れるようになっているらしい。実際は、全員が揃う機会など無いのだが。


「待って!」

「ぐぇ!!・・・どうかしたの?」

「(こんな所で私を1人にしないで!!)」


美冬姉を白井さんに任せて夏帆の部屋に向かおうとしたのだが、突然背後から襟首を掴まれ引き寄せられた。もう少しオレを労って欲しいものだ。とりあえず振り返って事情を聞くと、美冬姉が小声で耳打ちして来た。まぁ、新米教師に異世界はキツイか。


「しょうがないなぁ・・・。白井さん、心配なのでオレも美冬姉に付いて行きますね?」

「美冬姉?・・・失礼ですが秋人様。御厨先生とはどのようなご関係でしょうか?」


オレの言葉に、白井さんの目つきが鋭くなった。気分を害するような事を言ったのだろうか?とりあえず無難に答えておこう。


「どのようなって、お隣さんですけど?」

「秋人君、昨日から同居人でしょ!」

「同居人!?・・・・・既に虫が・・・そうですか。」


否定するように美冬姉が口走り、白井さんが驚愕する。その後、何やら呟いていたが、声が小さくて聞き取れなかった。顔を逸らされたので、唇の動きを読む事も出来ない。


「すみませんが、少し失礼します。」

「え?は、はい。」


顔をこちらに戻して深々と一礼すると、白井さんは他のメイドさん達の下へ行ってしまう。事情を飲み込めないオレ達は、顔を見合わせて首を傾げるだけであった。




メイド達の下へ向かったメイド長は、秋人達に聞こえないように小声で指示を飛ばす。


「秋人様には、既に虫が付いていたようです。ただちに皇家諜報部門に連絡!然るべき対処を!!」

「「「「「「「「「「っ!?かしこまりました!!」」」」」」」」」」


メイド達が慌ただしく行動を開始し、その場に残されたメイド長が独りゴチる。


「あれ程の逸材、やはり世間は放ってはおきませんか・・・。婚約の件も告げられていないとの事。この後すぐにでも、旦那様と奥様に進言すべきでしょうね。その後は、2人の仲を進展させて・・・。」


瞬時に今後の予定を立てると、振り返って秋人達の下へと歩き出した。





「お待たせしました。それでは参りましょうか?」

「いや、ちょっと「宜しくお願いします!」・・・まぁいいか。」


何事も無かったかのように微笑む白井さんに、事情を説明して貰おうとした。しかし美冬姉の言葉に遮られる形となり、諦めざるを得ない雰囲気となったのである。あんなに慌てたメイドさん達なんて、初めて見たんですけど。


何事も無かったかのように案内された事もあり、十数分遅れで夏帆の部屋に辿り着く。この家はデカ過ぎる。少し歩けばメイドさんに出会えるので、迷子になる心配は無いのだが。


ふと美冬姉に視線を向けると、若干放心気味の様子だった。普段であれば白井さんが気遣ってくれるのだが、今日の白井さんはさっさと夏帆の部屋をノックする。やはり何かあったのかもしれない。後で夏帆に聞いてみよう。


ーーコンコン


「お嬢様!秋人様と御厨先生をお連れしました。」

「入って!」


ーーガチャ


中から返事が聞こえると同時に、白井さんがドアを開ける。


「これってウチの玄関より豪華なんじゃ・・・」

「どうぞ、お入り下さい。」


庶民にとって、最も高額なドアと言えば玄関である。しかし、皇家のドアはそれよりも高級そうに見えるのだ。下世話な話だが、案外そういった所に気付いてしまうのが庶民というものである。


そんなオレ達の様子にはお構い無しに、入室を促された。動揺しながらも美冬姉が入って行ったので、オレも後に続いて入室した。


「あっくん達おそ〜い!」

「美冬姉が案内して貰ってたからね。・・・勉強なら始めてても良かったんじゃない?」


姉さん達は着席していたが、用意されたテーブルの上には閉じたままの教科書が置かれている。皆さん、時間は有限ですよ?


「え〜っと・・・せ、折角のチャンスだし、現役教師の個別指導をして貰おうとしたのよ!」

「それは殊勝な心掛けですね。お望み通り、八月一日さんには特別コースで参りましょう。」

「え?あ、いや・・・通常コースでだいじょうび。」


(((((噛んだ・・・)))))


紗花が動揺しているのを見て、美冬姉が笑いだした。どうやら意地悪したようだ。


「ふふふっ。まぁ、楽しみは後に取っておきましょうか。それでは各自で自主勉強にして、わからない所があれば教える事にします。」

「た、助かったぁ〜。」


安堵した紗花の様子に全員が温かい視線を向け、各々自由に勉強し始める。暫く静かな時間が過ぎていくと、不意に紗花が声を上げた。


「御厨先生?」

「どうしました?八月一日さん?」

「最後の授業で『三つ巴システム』って言いましたよね?」

「・・・えぇ。それがどうかしましたか?」


紗花に視線を向けると、どうやらノートを見返していたようだ。確かに授業でやったが、特に質問するような事も無かったと思うのだが。みんなもそう思ったらしく、全員が手を止めて紗花を見やる。


「システムのメインリンク先って、男性がアダムで女性がイヴですよね?」

「そうですね。絶対とは言えませんが、それが暗黙のルールとなっているのが現状です。それがどうかしましたか?」

「残るアリスはどうなっているんですか?」


中々に鋭い指摘だろう。高校の授業で習う事は無いだろうが、気になる事ではある。オレも様々な本を読んで来たが、アリスに関する記述は見当たらなかった。


「これは面白い質問ですね。ですが、授業の範囲外ですから気にする必要はありませんよ。」

「そうですか・・・。」

「いや、オレも気になるかな。高校の参考書や問題集は全学年一通り暗記したけど、アリスに関する詳細な記述は見られなかったし。」


紗花の質問を躱したつもりだったのだろうが、オレの言葉に美冬姉の表情が険しくなる。少し待っていると、観念した美冬姉が口を開いた。


「全学年って・・・はぁ。仕方無いわね。これは大学の、しかも専門分野で噂されている話だから、あまり口外はしないでね?みんなもよ?」

「わかった。」


軽く口止めをされたので了承すると、全員が頷きを返す。それを確認した美冬姉が、アリスに関する噂を話し始めた。


「アリスに関しては様々な噂があって、どれが真実か不明なんだけど・・・有力なのは次の3つね。


1つ目は、アリスを危険視した過去の研究者によって、全ての機能を停止させられている。


2つ目は、アリスは非生物、つまり機械だけのメインリンク先となっている。


3つ目は、アダムとイヴのバックアップを取り続けている。


これが専門家達の噂よ。」

「えっと、美冬ちゃん?どういう意味か、私にはサッパリわかんないんだけど?」

「安心して。私にもわからないから。1つだけ確かなのは・・・」


これまでの説明、その全てが噂だという事から導き出されるのは只1つ。


「誰もアリスにアクセス出来ない。」

「そう。秋人君の言う通り、専門に研究している者達でさえ、アリスの存在を証明出来ていないの。アリスという存在は、過去の開発結果だけが残されているのみ。・・・と、大学の教授が言っていたわ。」


美冬姉の答えには不可解な点がある。ここで議論しても意味は無いのかもしれないが、気になるので口にしておこう。


「証明出来ないのに『三つ巴システム』と呼ぶのはおかしいと思うんだけど、どうして授業で教えてるの?」

「・・・そう教えるように言われているからよ。」


美冬姉の表情が一段と険しさを増し、声も低くなった。なんだか庶民が首を突っ込んではいけない所に首を突っ込んだようである。みんなもそれに気付いたのか、この話はここまでとなったのであった。



危険な行動や情報はメインの人工知能である『アダム』と『イヴ』に察知され、一定の基準を上回ったと判断された場合、反乱分子として捕らえられる事があるそうだ。一般常識としてオレも知っている以上、この件はネットで検索する行為も控える事に決めたのであった。


調べるまでもなく向こうからやって来るとは、欠片も想像する事無く・・・。

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