第6話 ゲーム説明1

片付けを終えて1階へ戻ると、来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。こんな時間に誰だろうかと不審に思ったのだが、その正体に思い当たり急いで玄関を開ける。


「ごめんね?美冬姉を登録してなかった。」

「ううん。私もドアが開かなくて気付いたから。」


今の時代、鍵という物はほぼ存在しない。体内のナノマシンに登録された生体データと照合する事で、ありとあらゆる鍵が不要となったのだ。仮に脳波が乱れている場合、セキュリティと連携する事で状況を判断する事が出来る。家主を脅迫して強盗が入るような状況も回避するという、画期的なシステムである。


ともかく、オレは美冬姉を招き入れてから、一緒にリビングにある端末へと向かう。セキュリティに住人登録を行う為だ。オレが許可を出し、美冬姉の登録が完了する。


「これで良し。試しに灯りのオンオフをしてみてくれる?」

「えぇ、わかったわ。」


オレの指示に従い、美冬姉が照明を操作する。一旦消灯してから、すぐに点灯した。問題無さそうだ。全ての家電もナノマシンで操作が可能となっている為、現在の生活は非常に快適である。一昔前はリモコン?と呼ばれる器具があったらしいが、オレには想像もつかない。


「大丈夫そうだね?じゃあ、美冬姉の部屋を用意したから案内するよ。」

「ありがとう。暫くお世話になります。」


美冬姉が頭を下げたので、つられてオレも頭を下げる。同時に頭を上げると、変な光景にお互いが笑いあった。1階には何度も足を運んでいるので、説明は不要だろう。そのまま2階へ案内すると、美冬姉が立ち止まった。


「私の部屋・・・秋人君の隣なの?」

「そうなるね。どの部屋も防音はしっかりしてるし、ロックも出来るから。姉さんは向かいの部屋だけど、邪魔される心配も無いと思うよ?・・・オレの隣が嫌なら、他の部屋を開けるけど?」

「だだだ、大丈夫よ!(秋人君の隣だなんて、夜中に押しかけちゃったりなんて・・・きゃっ!!)」


美冬姉が突然両手で顔を隠し、何やらモジモジし始めた。何だか変な事を考えている気がして、オレはジト目で眺めていたのだが、相手にしてはいけない気がしたので構わずドアを開ける。


「この部屋を美冬姉の部屋に登録しておくから、出る時は必ずロックしてね。」

「べ、別に入って来ても構わないけど・・・。」

「姉さんに侵入されると、碌な事が無いから。」

「そうね・・・理解したわ。」


オレが何を言わんとしているのか、美冬姉も理解してくれたらしい。姉さんに侵入されると、間違いなく居座られる。究極の寂しがり屋である姉さんの事だ。部屋の主が戻って来るまで、好き勝手に部屋でくつろがれる。


「じゃあ、自分の家だと思って好きにしていいから。ところで明日は何時に出るの?」

「明日と明後日は休みよ。せっかくの土日だもの、私だってゆっくり休みたいわ。」


そうか。夏休みって事しか頭に無かったけど、今日は金曜日だ。美冬姉の詳しい生活リズムは知らないが、朝はゆっくりしている事だろう。


「それなら朝ご飯と一緒に弁当でも作っておくから、お昼はそれを食べてくれる?」

「何処か出掛けるの?」

「姉さんと一緒に夏帆の家にね。」

「折角だから、美冬ちゃんも一緒にお出掛けしよう!!」

「わぁ!!」


姉さんが勢い良く自分の部屋から飛び出し、背後から飛びついて来た。スキンシップが大切なのはわかるが、美冬姉の前では遠慮して欲しいものだ。


「ちょっと小春ちゃん!そんなに異性とベタベタしない!!」

「いや、これでもオレ達は姉弟ですけど?」


美冬姉がプンスカしているので、事実を言ってみた。しかし美冬姉は納得出来なかったようだ。


「異性には変わりありません!」

「美冬ちゃんのケチ〜!・・・美冬ちゃん、もしかして妬いてる?」

「なっ!?そそそそ、そんな訳ないでしゅ!!」

「「(噛んだ・・・)」」


動揺したのか、真っ赤になりながら姉さんをポカポカ叩いている。プライベートの美冬姉の、こういう所は可愛いと思う。学校では凛々しい分、そのギャップが凄いのだ。まぁ、オレと姉さんにしかわからないだろうけど。


「そんな事より、美冬姉も連れて行くの?」

「そうよ?教師が一緒なら、勉強も捗るでしょ?我ながら名案だと思うわ。」


まぁ、確かに実現すればこれ以上無い程の名案である。しかし、折角の休日まで仕事をするはずがないと思うのだが。


「美冬姉だって迷惑でしょ?無理言っちゃダメだって。」

「秋人君がどうしてもって言うなら、私は構わないけど・・・。」


いいのかい!しかし、それだと本当に申し訳ない。何かお礼を考えよう。けど、美冬姉が喜ぶ物って何だろう?


「ホント!?それなら夏帆ちゃんに連絡するね!」

「あ・・・。全く!!美冬姉もごめんね?お詫びに何か出来る事はある?」


姉さんは勝手に話を進め、自分の部屋に戻ってしまった。自由過ぎるだろ・・・。


「え?別にそんなの・・・・・。じ、じゃあ!日曜日、買い物に付き合ってくれる?」

「買い物?そんな事でいいの?別にいいけど・・・。」

「ホント!?約束よ!やったぁぁぁ!!」

「あ、ちょっと!」


どうやらここにも自由人がいたらしい。美冬姉は、何やら嬉しそうにしながら部屋に入って行った。ここに立っているのも考えものなので、今日やり残した事を済ませる事にした。


ーーコンコン


「姉さん?そろそろ始めようと思うんだけど、今いいかな?」


ーーガチャ


「準備オッケーだよ!早く入っちゃって!!」


返事をする間もなく、姉さんに手を引かれて部屋の中に引き込まれる。数年ぶりに姉さんの部屋に入ったが、普通の女子と同じ・・・じゃねえよ!!


「・・・ねぇ?・・・部屋中に貼られた写真は、一体何なのかな?」

「これは私とあっくんの、大切な思い出の数々だよ!」


部屋中に所狭しと飾られた、オレと姉さんのツーショット写真。ハッキリ言って落ち着かない。出掛ける度に記念撮影と称して一緒に撮ってはいるが、まさかこうなっているとは思わなかった。


「飾るなら2、3枚にしてくれる?断るならもう一緒には写らないから。」

「えぇぇぇ!?いいでしょ〜!?減るものでも無いんだし!!」

「オレの精神力が減るんだよ!」

「わかったわよ〜!(飾り方を工夫すれば大丈夫よね)」


ブーブー文句を言いながらも、最後には納得してくれたようで安心した。思っていたよりも時間が遅くなってしまったので、オレは姉さんに準備するよう促す。


「それじゃあまずは、今日登録して貰ったパスを用意して。中はARMMOとVRMMOに別れてるでしょ?」

「え〜っと・・・あった!」

「『Victim of Eden』って名前のARMMOが、明日以降に遊ぶ予定のゲーム。全世界の事前登録者数が5000万人を超えたっていう人気作品だね。略称は『VoE』で読み方が『ヴォー』。で、今からやるのがVRMMOの方。『インフィニティワールド3』って名前でしょ?こっちは『IW3』って略称。」

「うん。この『IW3』を開けばいいのね?」

「ちょっと待って!IW3はフルダイブ型って言って、遊んでる間は眠ってる状態になるから。やる時はベッドの上でやる事!」

「それって、あっくんがゲームしてる時は無防備だったって事!?もっと早く知ってたら・・・。」


驚いたと思ったら、ブツブツと呟きだした。姉さんの考える事などお見通しである。大分前から対策済みだ。


「我が家はセキュリティと連動する設定だから、自分の部屋でやる分には安全だよ。誰かが近付いた時はゲーム内に通知が来るし、設定次第では強制的に覚醒してくれるから。」

「前にカメラなんかにお金掛けてたのはそういう理由かぁ。あ〜、残念。」


何が残念なのかは気になるが、姉さんを一瞥して説明に戻る。


「ゲームが始まったら好きな名前を付けて、種族や見た目も自由に決めていいから。長く続けられそうならしっかり決めた方がいいと思う。で、チュートリアル・・・簡単な説明を受けたらゲームスタート。最初の街の入り口で、アルスって名前のキャラクターのオレが待ってるから声を掛けて。」

「わかったわ。」


姉さんがベッドに横になり、ゲーム内にダイブしたのを見届けてから戸締まりを確認する。チュートリアル終了まで15分程度だったはずなので、余裕で間に合うはずだ。


姉さんの部屋を出て、ドアにロックを掛ける。この家の住人ならば、どの部屋もロックを掛ける事が出来る。開ける場合は許可を持っていないとダメなのだが。


明日の準備を済ませ、いよいよオレもゲームにログインする。ベッドに横になってから、視界に浮かぶウィンドウを操作する。視界が一瞬真っ暗になり、目を開けるとそこは建物の中だった。


このゲームは2年程続けている為、自分達の建物を所持している。ゲーム内で募った仲間が集うクラン。今の時間はメンバー全員がクエストを受注しているはずなので、誰もいない。


と思っていたのだが、2人食堂にいたので声を掛けておく。


「ミーナ、サラ!お疲れ様!!」

「あ!アルスだ!!」

「もう!遅かったじゃない!!」


サラは遅かったと言うが、今日は来ないと言っておいたはずだ。メンバー同士の詮索はご法度となっているので詳しくは知らないが、この2人はおそらく社会人だ。


「今日は来ないって言ってありましたよね?」

「そう言いつつも、結局後からインして1人でプレイするの知ってるよ〜?」

「ミーナの言う通り。私達もさっき来た所だから、アルスを待ってる事にしたの。」

「他人の事は言えないけど、週末の夜にゲームって・・・。」

「「うっさい!!」」


気心の知れた仲という事もあって、このような会話をしても本気で怒るようなメンバーはいない。


「折角だけど、ちょっと先約があるから行かないと。今度埋め合わせするから!!」

「あ!ちょっとぉ!!」


2人に謝りながら転移する。そろそろ姉さんが到着する頃なので、相手にしている余裕など無いのだ。



「怪しいわね。女かしら?・・・こっそり後を付けてみる?」

「いいねぇ!でも何処行ったのかなぁ?・・・・・いた!始まりの街『イリウス』だって。」


サラが推測し、下世話な提案をする。ノリノリのミーナがマップでアルスの位置を特定すると、2人は揃って転移した。



イリウスの街に設置されているポータルの前から、急いで街の入り口へと向かったオレはわかりやすい場所に立って姉さんを待つ。暫く待っていると、ウサギの獣人女性が声を掛けて来た。


「あっくん、お待たせ〜!」

「ちょっと姉さん!あっくん言うな!!」

「「姉さん!?」」



聞き覚えのある叫び声に振る返ると、口を大きく開けて驚くミーナとサラの姿があった。まさか後を付けて来るとは・・・。嫌な予感しかしない。

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