第5話 新たな同居人
ハンバーガーショップで暴走した夏帆と姉さんを止める事が出来ず、オレ達の明日の予定が決まってしまった。明日の朝、夏帆が家まで迎えに来てくれると言うので、寝坊さえしなければ問題無い。
ハンバーガーショップを出たオレ達は、その場で解散となった。本物のお嬢様を1人で帰らせる事も出来ない為、迎えを待ってからの帰宅がお決まりとなっているのだが。
夏帆を見送った後、彰とも別れたオレ達3人は家路を仲良く並んで歩く。徒歩20分の道のりを帰る間中、紗花は姉さんにゲーム用語を解説していた。解説と言っても、単語と簡単な使用例を教えるだけである。脳内のナノマシンを利用すれば、オンライン上の見たいデータが視界に浮かぶのだから。
特に口を挟む事も無く、あっという間に紗花の家の前へと辿り着く。紗花に別れの挨拶を告げ、姉さんと肩を並べて家へと向かっていると、姉さんが話し掛けて来た。
「ねぇ、あっくん。VRゲームって言うのは、何か特殊な機械が必要なの?」
「いや、脳内のナノマシンが通信や処理をしてくれるから、特に必要な物は無いよ。ただ、意識が無い状態が不安な人は、家のセキュリティと連動させるけどね。」
「セキュリティと?」
「そう。体に誰かが近付いたりすると、ゲーム内であっても周辺の映像を送ってくれたり、意識を覚醒させたりしてくれるんだよ。」
「なるほど〜。それなら安心だね。」
こういった実際のセキュリティとの連動は、ゲームの開発段階から販売されていた。ぶっつけ本番ではなくゲーム実装前から触れる事で、緊急時の対応を円滑にしようと考えられていたらしい。
オレは生粋のゲーマーなので、当然導入済みである。フル装備なので、同じ家に住む姉さんにも適用されるのだ。そう説明すると、姉さんも安心した様子だった。
そこまで説明した所で、我が家が見えて来た。さっさとご飯の支度を済ませようとして、大切な事に気付く。
「「ご飯当番!!」」
オレと姉さんが同時に声を上げた。どうやら姉さんも気が付いたらしい。八神家では、話し合いで家事をする者を決めている。両親が仕事でほとんど家にいない為、自然と出来上がったルールだ。明日から夏休みという事で、帰ったら決める約束だったのである。
「今日はさっさと終わらせたいからなぁ・・・。」「あっくんからゲームを教わりたいからなぁ・・・。」
「「オレ(私)が作る!」」
どうやら似たような事を考えていたらしく、オレと姉さんが同時に同じような事を宣言した。
「ふふふっ、じゃあ一緒に作ろっか!」
「あぁ、そうだね。」
お互いに考える事は同じだった。1人でするよりも、2人で家事をした方が早いのは当然だ。さっさと家に入ろうとして、ふと隣の家の灯りが目に入る。
「オレは美冬姉に声を掛けて行くから、先に始めててよ。」
「そうね。じゃあよろしく!」
家の前で姉さんと別れ、お隣の御厨さん宅を訪問する。チャイムを押すと、すぐに御厨先生が玄関の扉を開けてくれた。
「あら、秋人君。ひょっとして・・・」
「今から晩御飯作るから、美冬姉も一緒に来て。」
「いつもごめんね?」
「1人増えたってたいして変わらないんだから、気にしなくていいって言ってるでしょ?」
気にしないように言うと、御厨先生は笑って外に出て来る。残念ながら、担任の御厨先生は料理が出来ない。いや、料理自体は出来る。出来るのだが、味の方が壊滅的なのだ。オレと姉さんが何度も教えようとしたのだが、全く改善出来なかった。
現象には必ず理由がある。それなのに、美冬姉の料理の味は説明出来なかった。この世界に存在する、魔法のようなものだろう。ひょっとしたらオレが知らないだけで、魔法の原理は説明出来るのかもしれない。そうなると、いつか美冬姉の料理の原理も・・・。そんな研究、誰もしないか。
オレの両親と美冬姉の両親は研究者だ。同じ研究所で働いている為、美冬姉の両親も家を空ける事が多い。ほぼ一人暮らしの美冬姉にとって、これは死活問題だった。流石に毎日外食するのも良くないという事で、誰が言い出したか美冬姉もオレ達と一緒に食事を摂る事となった。
美冬姉と一緒に我が家へ向かって歩き出すと、美冬姉が今更な事を言い出した。
「私がもうちょっと料理出来れば、2人に苦労を掛ける事も無かったのに。」
「だから気にしてないってば!それに、大勢で食べた方が美味しいでしょ?」
「それはそうだけど・・・。」
声には出さないが、貴女の料理は『もうちょっと』まともになった所で意味を為さない。だからこそ、オレは心配になる。
「美冬姉は、料理の出来る旦那さんを見つけないとね?」
「え?・・・そんな人いるかしら?」
「はぁ。まぁ、美冬姉が結婚するまではオレが作ってあげるよ。」
「ありがとう。(だったら結婚しなくていいかな。)」
笑顔で礼を言われたので、安心して貰えたと思い話題を変える。
「美冬姉は明日も仕事?」
「そうよ?」
生徒が休んでる間も教師は仕事なのか。何だか悪い気がしてくるな。だからこその仕事なんだろうけど。あ、生徒が休みで思い出した。
「休みの間、学食ってどうなるの?」
「え?・・・生徒が休みだもの、当然休みよ?」
「それなら明日からは弁当作ってあげるから、嫌じゃなければ持って行ってよ。」
「ホント!?ありがとう!!(愛妻弁当・・・)」
弁当と聞いた途端、美冬姉の瞳がキラキラと輝きだした。毎日コンビニ弁当じゃ飽きるもんね。弁当の献立を考えながら、玄関のドアを開ける。
「ただいま〜。」
「お邪魔します。」
「おかえり〜。美冬ちゃん、いらっしゃい!」
「うぅ。小春ちゃん!お願いだから、美冬ちゃんはやめて!!」
出迎えてくれた姉さんに、美冬姉が呼び方を変えるように懇願している。姉さんが高校に通う時から、ほぼ毎日しているやり取りだ。オレはちゃんと『御厨先生』と呼んでいるのだが、姉さんは学校でも『美冬ちゃん』と呼んでいるらしかった。
他の生徒の目もある手前、教師としての体裁を保ちたいのだろう。姉さん相手に、その願いは無駄である。ウチの暴走姉さんは、誰にも止められない。
女性2人のやり取りを横目に、オレは自分の部屋へと向かい、着替えを済ませてキッチンに立つ。既に料理を始めていた姉さんを手伝って、テキパキと料理を完成させていく。テーブルに料理を並べながら、美冬姉に声を掛ける。
「料理出来たから、美冬姉はこっち来て座ってよ。」
「わかったわ。」
これはいつも通りの光景。リビングで仕事をしている美冬姉を見て、教師という仕事の大変さを知っている。オレ達の食事に合わせ、美冬姉の帰宅時間は早い。その分、家に持ち帰る仕事があるのだ。
いつも思うのだが、間違っても教職の道は選ぶまい。オレは定時に帰宅し、空いた時間はゲームに費やしたい。そうなると選択肢は公務員の事務仕事、それも隅っこに追いやられるのがベストだろう。最高難易度のミッションとなるが、目指す価値は充分にある。
並べられた料理を前に、席に着いたオレ達は箸を進める事にする。今日は和食だ。
「「「いただきます!」」」
談笑しながらも、3人の箸は休まる事なく動き回る。オレが食べ終えた所で、明日以降の提案をしてみた。
「ごちそうさま。姉さん?明日からの事なんだけど、朝ご飯はオレの担当でもいい?」
「別にいいけど・・・どうかした?」
「なら決まりだね!ついでに美冬姉のお弁当を作ろうと思って。」
ーーバンッ!
姉さんが両手でテーブルを叩きながら立ち上がる。行儀が悪いなんてもんじゃない。
「あ、愛妻弁当!?」
「ブフゥ!!」
「姉さん行儀が悪い!美冬姉も!!」
味噌汁を飲んでいた美冬姉が、盛大に吹き出した。口を付けていたお椀が盾となり、正面のオレに被害は無かった。しかし当の本人は自爆している。味噌汁まみれだ。オレはおしぼりを片手に席を立つと、美冬姉の近くに向かう。
「こ、これは小春ちゃんが変な事を言うから!」
「わかってるからじっとしてて!あぁ、もう!!味噌汁でビショビショじゃないか。」
美冬姉の顔を拭いてから、視線を服へ向ける。下手に拭くより、洗った方が早そうである。と言うか、拭く訳にもいかない。夏という事もあり、薄着の美冬姉の素晴らしい胸が破壊力を増している。濡れた事で服が張り付き、目のやり場に困るのだ。
「美冬ちゃんズルい!誘惑禁止!!」
「そそそ、そんなつもりは!?」
オレの視線に気付いた2人が変な事を言い出した。早めに止めなければ、被害は拡大の一途を辿る。
「美冬姉はお風呂入って来て!姉さんは美冬姉に着替えの用意!!サイズは一緒でしょ?」
「いつの間に美冬ちゃんのサイズを!?まさか2人は!」
「まだそういう関係じゃないから!」
「うるさい!さっさと行く!!」
「「はい!!」」
叱られた2人はバタバタと駆けて行った。まったく、姉さんにも困ったものだ。それに美冬姉も『まだ』って何だよ。まぁ、やっと静かになったし、今の内に片付けてしまおう。
途中から姉さんも加わり、後片付けも終わりという頃になって美冬姉が戻って来る。風呂上がりの美冬姉を見たのは初めてだが、思わず見惚れそうになる。大人の色香すげぇ!
美冬姉を意識しないようにしながら、さっさと片付けを済ませる。小春姉をリビングに向かわせ、オレはコーヒーを入れる。リビングに3人分のコーヒーを運んでソファに座ると、暴走姉さんが変な事を言い出した。
「美冬ちゃんがお風呂入ってる時に考えたんだけど、毎日美冬ちゃんを呼びに行くのって面倒よねぇ?」
「・・・ごめんなさい。」
「あ、そういうつもりじゃないのよ?ただ、もっと近ければいいかなって話。」
確かに雨の日なんかは億劫になる。しかし、バカ姉は何を考えている?お隣さん以上に近い存在など無いだろうに。
「だからぁ・・・。キリッ!ビシッ!!」
姉さん、キリッ!っていう効果音は、自分の口で言うもんじゃないからね?ビシッ!!っていうのも同じね?
凛々しい表情をして指を指して貰えれば、勝手に想像してあげるから。オレの想いは伝わらなかったようで、姉さんは構わず美冬姉を指差して告げる。
「美冬ちゃんには、この家で暮らして貰います!」
「「はぁ!?」」
「あっくんは、美冬ちゃんと同棲するのは嫌?」
「嫌じゃないけど・・・」
「美冬ちゃんは、あっくんとひとつ屋根の下って聞くとどうかなぁ?」
「それは・・・チャンスが増えるわね。」
美冬姉、チャンスって何さ?半目で睨んでいると、姉さんが勝手に進めて行く。
「私達も保護者が家にいると心強いし、決まりね!じゃあ、美冬ちゃんは荷物を運んでおいてね。私達はゲームしてるから。」
「え?手伝わないの?」
「荷物って言っても着替え程度だから、自分でやるわよ?毎日取りに行っても構わないし。」
美冬姉にもっともな事を言われ、納得したオレは美冬姉が使う部屋の準備をしに2階へと向かった。とは言え、特に散らかっている訳でもなかったので、片付けはすぐに終わった。
今更ながらに思うのだが、本当にこれで良いのだろうか?
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