第4話 利用登録

全員が立ち止まって夏帆にツッコミを入れると、夏帆が心の底から悲しんでいるのが見て取れた。しかし事実だから仕方ない。そうは言っても、全員が皇家の事情に興味津々だったので、話題は当然そちらに向かう。


「何でそんなに小遣い少ないんだ?」

「学生の本分は勉強。お金は必要無いって言われた。」


夏帆が彰の質問に答えたが、そう言われてしまえば形勢が不利になるのはわかる。もし言い返すなら、友達付き合いには金が掛かる、だろうか。それも一蹴される気がするので、下手なアドバイスはしない方がいいだろう。


「ひどっ!!友達と遊びに行く事も出来ないじゃん!?」

「それも言った。でも、遊んでいる時間があったら勉強しなさいって・・・。」

「「うわぁ・・・。」」


もう言ってたのか。というか、そんなに勉強させたいのだろうか?毎日のように放課後遊んでるんだけど、大丈夫なのかちょっと心配になる。


「そんなに勉強させたいなら、お嬢様学校にでも通えばいいよね?それに毎日オレ達と遊んでるけど、叱られたりしないの?」

「前にも言ったよね?私が星城高校に入ったのは、婚約者との学校生活を過ごす為。秋人と一緒なら叱られないから平気。」

「ねぇ夏帆ちゃん?どうしてあっくんが一緒だと大丈夫なの?」


気になった事を、姉さんが聞いてくれた。オレが勉強を教えているとでも思われているのだろうか?


「・・・婚約者の件に関わるから、勝手に言う訳にはいかないの。」

「「「「婚約者?」」」」


話せない事を申し訳なく思ったのか、夏帆が俯いてしまった。オレ達も事情がわからず困惑しているが、全員と目を合わせてから夏帆の頭を軽くポンポンと叩き、そのまま撫でる。


「秋人?」

「単なる好奇心で聞いただけだから、話せなくても気にする必要無いよ。それより、そろそろ行こう?」

「うん!!」


夏帆が笑顔で頷いたので、オレと夏帆は再び歩き始めた。オレは気付かなかったが、この時後ろでは3人が内緒話をしていたのだった。



「夏帆が他の男と一緒にいるトコ見た事無いけど、もう秋人が婚約者で決まりじゃね?」

「それ、私も思った!傍から見たら恋人同士だよね?」

「例え夏帆ちゃんでも、あっくんは譲ってあげないんだから!!」

「でもさぁ、いくら小春さんでも皇財閥が相手じゃねぇ・・・」

「それって逆なんじゃない?皇財閥が一般人の秋人を相手にするかなぁ?」

「あっくんを相手にしないなんて許さないんだから!!」

「「どっちだよ!!」


彰と紗花の声に振り返ると、3人が立ち止まって何やら話し込んでいた。オレのせいとは言え、余り時間も無いので声を掛ける事にした。


「みんな!あまり時間が無いから、早く行くよ!!」


オレの言葉に、3人が時計を確認して駆け寄って来る。そのまま目的地まで移動し、間に合った事で一息ついた。


「つ〜か、ゲームの利用登録くらい、オンラインでもいいと思わねぇ?」

「昔はオンラインだったみたいだけど、そのせいで引き篭もりが増えたらしいよ?」


彰が文句を言っているが、オンラインでの利用登録にして貰える方が楽だ。しかし、主にVRMMOユーザーに引き篭もりが増えた事で、ゲームショップでの登録という予防策が採られている。定期的な更新も必要になる為、引き篭もるにしても時々外出しなければならない。


課金に関しても同様に、実店舗で行わなければならない。あとはプレイ時間に応じてカウンセリングも必要になる。ただし、学生は18時までの利用に限り、カウンセリングを免除される。オレ達が急いでいたのはその為だった。


ただし、『ちゃんと登校している事』という注意書きが存在する。ゲームの運営には、学校に問い合わせる義務が課せられているらしい。在校しているか確認する目的を兼ねて、出席率のみを知る事が出来る仕組みとの事だった。


そんな事を説明すると、やれやれといった感じで紗花が感想を述べた。


「引き篭もりたくても引き篭もれないだなんて、皮肉な話ね。」

「プレイ100時間毎にカウンセリングが必要になるから、毎週店舗を訪れるプレイヤーもいるらしいよ?」

「ちゃんと働けばいいのに・・・。」


紗花はこう言っているが、誰が何をしようと個人の自由だ。勿論、紗花もみんなもそれがわかっているので、それ以上何かを言うような真似はしない。


そんな話をしている間に、利用カウンターが空いたようだった。他の客が来る前に、さっさと済ませてしまおう。カウンターに向かうと、店員のお姉さんが声を掛けて来た。


「あ!八神君いらっしゃい!!それにみんなも。」

「坂崎さん、こんにちは。」


オレは良くここのショップを利用するので、すっかり顔馴染みとなってしまった。坂崎さんは気さくなお姉さんなので、このショップは人気なのである。週末には人で溢れ返る事もあって、オレは学校帰りに利用している。


「今日来たって事は、例の新作だよね?」

「はい。代金はオレがまとめて支払いますので、4人分の登録をお願いします。」

「4人?」


坂崎さんが首を傾げている。そう言えば姉さんも一緒だった。オレは一応、姉さんに確認を取る事にした。ゲームをするとは思えないのだが、ここで聞かないと後が怖い。


「姉さんはやらないでしょ?」

「う〜ん・・・折角だからやってみようかなぁ?」


予想に反して、前向き発言を頂きました。だが初心者を入れるとなると、事前にレクチャーする必要がある。まぁ、帰ってから教えればいいか。


「続けるかどうかは別として、とりあえず登録しておけばいいと思うわよ?」

「坂崎さんは登録者数を稼ぎたいだけですよね?」

「え?・・・そ、そんな事無いよ〜?」


顔を逸らして口笛を吹く仕草をしている。上手く吹けていないが、ツッコむのはよそう。時間が勿体無い。


「まぁいいですけどね。じゃあ5人分で。それと、姉さんにはVRの登録も一緒にお願いします。」

「まいどあり〜!それじゃあ、みんなに申し込みフォームを送るから、必要事項を記入したら送り返して貰える?それと、お姉さんのVRは八神君がメインでやってるゲームでいいんだよね?」

「そうですね。」

「はいはい、お姉さんにはVRも・・・・・ってお姉さん!?本当のお姉さんなの!?」

「「「「「今更!?」」」」」

「あはは、そういうプレイなのかと思ってたよ・・・。」


どういうプレイだよ。ちなみに坂崎さんは、他の客と接する時にはもう少し丁寧な口調である。オレは常連なので、かなり砕けた接し方をされる。どういう訳か連絡先を交換させられたので、ごく稀にプライベートで会う事もあるのだが、これは当然秘密である。


坂崎さん目当ての客が減ると困るのではないかと思い、オレから提案した。オレとしては、様々なゲーム情報を教えてくれる貴重なお姉さんをキープする為にも、不要な波風を立てない努力が必要なのだ。まぁ、お互いバレても問題は無いので、口止めとかは特にしていない。


全員が記入を終えると、坂崎さんはすぐに手続きを行う。あっという間に全ての手続きが完了し、オレ達は坂崎さんに礼を言って店を後にしたのだった。



普段であればARゲームの為に開放された区画へと足を運ぶのだが、姉さんが一緒という事もあって夏帆がお望みのハンバーガーショップに向かう。明日から夏休みという事もあってか、店内は学生達で賑わっていた。


「秋人、期間限定・・・。」

「え?あぁ、好きなだけ食べれば?って、晩ごはんに差し支えなければ、だけど。」

「むぅ・・・。テリヤキは外せない。けど期間限定も・・・むぅ。」


オレもハンバーガーは好きだが、夏帆ほどではない。夏帆の場合、3食ハンバーガーでも構わないと豪語しているのだ。その夏帆も、1度に2個は食べ切れないのか、腕を組んで頭を左右に揺らしている。そんな夏帆に、苦笑混じりでアドバイスをする。


「持ち帰って夜食にすればいいんじゃない?」

「流石は秋人!それは名案!!」

「ちょっと!そんな事を言って、夏帆が太ったらどう責任取るのよ!?」


乗り気となった夏帆の様子に、紗花が苦言を呈する。毎日ならマズイだろうが、偶にならいいと思うんだけど・・・。それに、夏帆ならば問題無いだろう。痩せているから、と言おうとしたら夏帆が口を挟んできた。


「私なら大丈夫。ちゃんと秋人が貰ってくれるはず。」

「「「「「「「「「「はぁ!?」」」」」」」」」」


夏帆のビックリ発言に、オレ達より早く周囲で聞き耳を立てていた学生達が揃って声を上げた。驚きながら周囲を見回すと、全員が視線を背ける。良く見ると、店員さん達まで驚いていたようだ。接客中ですよね?そっちも気になるが、まずはこっちだ。


「いや、婚約者がいるでしょ?」

「婚約は解消される可能性がある。だから大丈夫。」

「それ、全然大丈夫じゃないからね?」


ニヤリと笑いながらサムズアップする夏帆に呆れていると、店員さんに呼ばれたので全員が移動する。

それぞれが食べたいメニューを注文し、空いている席に座った。結局夏帆は3個頼んでニコニコしている。何も言うまい。


すぐにハンバーガーが運ばれて来たので、食べながら夏休みの予定を確認する事にした。


「新しいゲームは深夜0時からサーバー開放だけど、予定変更かな。皆には悪いけど。」

「小春姉に説明しないと、だもんね?」

「そういう事。まぁ、帰ってからでもいいんだけど、宿題も終わらせなくちゃいけないし。」

「「「え?」」」


オレの言葉に、姉さん以外が驚いている。何かおかしな事を言っただろうか?


「宿題を終わらせるって言ったか!?」

「夏休み前に!?」

「・・・宿題は最終日にやるもの?」


夏帆さんや、何故に疑問形?彰と紗花も何を言ってるんだ?3人が驚いている理由がわからずにいると、姉さんが説明し始めた。


「みんなは知らなかったんだ?あっくんは昔から、宿題を初日に終わらせちゃうんだよ?」

「「「初日!?」」」

「毎日コツコツやるか、最終日にやる人が多いと思うんだけどねぇ?」


そうなの!?そうか、それが普通だったのか・・・。しかし最終日はダメだ。ほとんどのゲームが終盤戦なのだ。時間が勿体ない。


「最終日はイベントで忙しいだろ?だからさっさと終わらせておく方がいいんだよ。」

「流石はゲーム馬鹿だな・・・。」

「こんなのが学年1位だなんて・・・。」


ゲーム馬鹿は認めるが、紗花に『こんなの』と言われるとは思わなかった。いつか仕返ししてやろう。


「秋人!勉強教えて!!」

「え?それは構わないけど・・・」


夏帆の真剣な様子に圧倒され、オレはチラリと姉さんを見る。オレと目が合った姉さんによって、事態は思わぬ方向へと進んで行く。


「それじゃあゲームの説明は帰ったらする事にして、明日はみんなで勉強会といきましょうか?夏帆ちゃんの家で!」

「流石は小春姉!それは名案!!」



ついさっき聞いたような気がするが、完全に乗り気となった姉さんと夏帆に押し切られる形となった。こうしてオレ達は、異世界へと旅立つ事になる。一般人の住む世界とは異なるって意味で異世界である。召喚とか転移の類ではない。あしからず。

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