第3話 夏休み前の騒動3
友人達と合流を果たす直前、距離にして20メートル手前だろうか。完全に油断していた秋人は、背後から襲撃を受ける事となる。
秋人の姿に気付いた友人達が手を上げ、名前を呼ぼうとした次の瞬間、彼らは自分達の目を疑う。多くの者達が、背後から悪戯を画策しては散っていったかの宿敵が、為す術も無く飛び掛かられたのだ。
秋人が背後を取られた事に驚き、その相手の正体にも驚く。まだ大勢の生徒が周辺にいた事もあり、現場は騒然となった。
「天使が空を飛んでいる!!」
「なんて眩しい笑顔なんだ!!」
「パパパ、パンツ見えそう!!」
男子生徒達は襲撃者に対して様々な声を上げる。
「嫌がる秋人君も新鮮だわ!」
「誰か!カメラを!!」
「私の秋人君が・・・」
普段は大人しく表情に乏しい秋人が嫌がる姿に、女子生徒達も大騒ぎであった。当の本人達はと言うと・・・。
「あっく〜ん!一緒にか〜えろ?」
「うわっ!!って、姉さん!?ちょ、やめろって!!」
姉、小春が背後から駆け寄り、秋人の背中へとダイブして抱き付いたのであった。全く気付かなかった秋人は、声と抱き付かれた感触から自身の姉である事を悟ると、拒絶の意志をあらわにする。
周囲の目がある事で、手荒な真似の出来ない秋人は対応に苦慮する。どうやって振り解こうかと考えていると、不意に小春の手から力が抜けた事を感じ取る。これはチャンスとばかりに振り返ったのだが、それは小春にとってのチャンスであった。
「隙あり〜!」
「わぁ!ちょっと姉さん!?ここ学校だから!!」
「ん〜、寂しかったよぉぉぉ!」
後ろから抱き付かれている状況から逃れたと安堵した瞬間、今度は正面から抱き付かれたのであった。学校一の人気を誇る小春と秋人の抱擁に、周囲からは悲鳴が上がる。とは言っても、小春が一方的に抱き付き、秋人の胸に顔をスリスリしているのだが。
「「「「「「「「「「あぁぁぁぁぁ!!」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「きゃぁぁぁぁぁ!!」」」」」」」」」」
当然この悲鳴によって、秋人しか見えていなかった小春も冷静さを取り戻す。
「あれ?みんなどうして騒いでるのかな?」
「・・・姉さんが学校で抱き付いて来るからでしょ?」
「そうなの?まぁいっか!だって寂しかったんだも〜ん!!えへへ。」
特に気にした様子も無く、小春は満面の笑みを浮かべる。その表情に、男子生徒のみならず女子生徒までも見惚れてしまうのであった。
「「「「「「「「「「可愛い!!」」」」」」」」」」
八神 小春は重度のブラコン(仮)。全校生徒のみならず、全教師の間でも同じ認識であった。しかし学年が離れていた事もあって、小春と秋人が一緒にいる姿を目撃される事は無かった。その為、只の噂だと思っている者達が多かったのだが、この日を境に共通の認識となる。正真正銘のブラコンであると。
秋人が困り果てていると、校門で待っていた友人達が近寄って来る。その中にいた女神が、救いの手を差し伸べた。
「人前で秋人に抱き付いてると嫌われるよ?小春姉。」
「紗花ちゃん、ホント!?ごめんね、あっくん?」
「気をつけてくれればいいよ。助かったよ、紗花。」
救いの女神こと、八月一日 紗花(ほづみ さやか)。近所に住む幼馴染である。彼女の祖父は剣道場の師範であり、秋人と紗花は幼少の頃に道場で知り合った。以来、ずっと同じ学校、同じクラスという腐れ縁である。
救いの女神とは言ったが、ハッキリ言って女神らしくはない。男勝りの性格で、どちらかと言えば女将軍である。紗花に礼を言ったのだが、その前の気にしていないという言葉に過剰反応を見せたのが姉さんである。
「ありがとぉぉぉ!」
「「「「「「「「「「あぁぁぁぁぁ!!」」」」」」」」」」
再度姉さんに抱き付かれ、またしても周囲から悲鳴が上がる。
「だからいちいち抱き着くな!!」
「まぁまぁ、いつもの事だろ。そんな事より急がないと遅れるぜ?」
「そうだった!ごめん、みんな!!とりあえず急ごうか?」
オレを宥めたのが、四月一日 彰(わたぬき あきら)。こちらは中学で知り合った親友だ。オレと同じ趣味という事で、あっという間に仲良くなったソウルメイトだ。趣味については、追々説明するとしよう。
「遅れて来といて、その言い草は無い。」
「オレが悪かったよ。先生達に呼ばれちゃってさ。何でもおごるから許してくれない?」
「・・・ハンバーガー。」
「わかった。じゃあ、登録が終わったら一緒に行こうか?」
「うん!!」
食い物に弱く、眩しい笑顔でオレに頭を撫でられているのが、皇 夏帆(すめらぎ かほ)。世界に名だたる皇財閥の1人娘。言ってしまえば、住む世界が違うはずのお嬢様だ。そんな彼女が何故この学校に通っているのか。その答えはオレも知らない。彼女が言うには、親同士の決めた婚約者と共に学生生活を送る為、との事だった。
それなのに、オレ達と一緒にいていいのか聞いてみたが、構わないと言われたので気にしない事にした。相手が誰なのか気にはなったが、オレ達から聞くのはやめる事にしている。良好な関係に、自分達でヒビを入れる必要も無いだろう。
身長170センチ前後でショートカットの紗花、150センチ前後でセミロングヘアーの夏帆。どちらが好みかと聞かれれば、オレは夏帆と答えるだろう。理由は簡単。オレは小さい女性が好みなのだ。小動物みたいで可愛らしい。
おまけに紗花は兄弟みたいに思っているので、お互い恋愛対象にはならない。ちなみに姉さんは160センチ前後でロングヘアー。小さい頃、好きな髪型を聞かれた時にロングヘアーと答えた結果、何故か姉さんの髪型が決まった。
この件に関して、オレは一切のコメントを控えている。何を言ってもろくな事にならないからだ。だから、姉さんの好きなようにさせるのが我が家の決まり事である。
歩きながら思考が大幅に脱線していると、不意に彰が疑問を口にした。
「夏帆ってお嬢様なんだよな?それなのにジャンクフードが好きで、しょっちゅう秋人に奢って貰うって変じゃね?」
「そうか?人の好みなんて、育ちだけじゃ決まらないだろ?」
「それはそうかもしんねぇけどよ〜、秋人が奢るのだって学生にしたら結構な金額だろ?オレ達も夏帆の事言えないけどさ・・・。」
彰が言うのは、ほぼ毎日のようにオレが皆に奢っている事についてだろう。放課後になると、オレ達は街中に繰り出している。途中で小腹が空くので、何かしらを飲み食いするのだが、その費用は全てオレが支払っているのだ。
ほぼ毎日なので1日1000〜2000円となり、1月で50000円前後だろうか。そんなに小遣いを貰っている高校生は少ないはずだ。しかし、心配ないと姉さんが答える。って言うか、ついて来ちゃったの!?
「あっくんはお金持ちだから、みんなは心配しなくていいわよ?」
「ホント!?」
姉さんのお金持ち発言に、夏帆が真っ先に食いつく。貴女には誰も敵いませんよ?
「えぇ。親の手伝いついでに幾つも特許を取ってるもの。貯金通帳なんて、ゼロがい〜っぱい。」
「「「マジ(ホント)!?」」」
姉さんめ、余計な事を・・・。出来る事なら隠しておきたかったが、この面子なら知られても大丈夫だろう。沈黙しても碌な結果にならない事は、過去の経験から良くわかっている。まずはヒントを出そう。
「まぁ、贅沢しなければ老後の心配は無いかな?」
「ちなみに・・・」
「おいくら万円!?」
彰、紗花の息の合ったコンビネーションが炸裂した。この2人、さっさと付き合ってしまえばいいと思う程に仲がいい。余計なお世話だろうけど。とりあえず、適当に答えておく。
「ん〜・・・ゼロが8つ?」
「いち、じゅう、ひゃく・・・1千万!?」
ーービシッ
彰が指折り数え、間違った所で紗花が頭を叩いた。
「違うわよ!それはゼロの数だから、もう一桁上でしょ!!・・・え?」
「「1億!?」」
紗花のツッコミが入り、彰だけでなく紗花までが驚きに声を上げた。漫才かよ!
「まぁ、大体そんなトコ。言っとくけど秘密だから。誰かにバレたら2度と奢んないよ?」
2人の首が、物凄い勢いで上下に揺れる。ここで夏帆の様子がおかしい事に気付き、全員の視線が夏帆に集中する。すると、タイミング良く夏帆が質問してきた。
「ねぇ!!・・・ハンバーガー何個分!?」
ーーズルっ
全員が盛大にズッコケた。大金持ちのお嬢様が例えるような内容ではない。しかし、珍しく必死な表情をしているので、教えてやる事にした。
「1億円で1個400円のハンバーガーだと、25万個かな?」
「・・・25万割る365は?」
「684.9かな?」
365って、ひょっとして1年の日数かな?まさかとは思うが、毎日ハンバーガーを1個食べる計算じゃないだろうな?
「2人で1日3個ずつ食べても100年・・・。秋人、今すぐ結婚して!!」
「「「「結婚!?」」」」
予想ハズレたぁ!1日3個かよ!!しかも2人って、オレも入っちゃった!?あ、オレの金だ。いや、それよりも問題は結婚である。貴女の感覚、どっか変だよね?
「いやいや、ハンバーガー食わせるだけで夏帆と結婚出来るなら、迫って来る奴なんて腐る程いるんじゃねぇか?」
「彰の言う通りよ?そもそも夏帆なら、自分の小遣いで好きなだけ食べられるでしょ?」
漫才コンビが夏帆の発言に意見を述べた。しかし、誰もが予想していなかった答えが返って来る事となり、何とも言えない空気となるのだった。
「私のお小遣い、1日100円なの。」
「「「「小学生か!!」」」」
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