第2話 夏休み前の騒動2

自己紹介がまだだった。オレの名前は八神 秋人(やがみ あきと)16歳。都内の高校に通う、ピカピカの1年生。今日は1学期最終日。どういう訳か進路指導室にいる。いや、理由ならちゃんとわかっている。進路指導室なのだから、進路指導の為だ。・・・姉の。


目の前には、5枚の進路調査票が並べられている。氏名の欄には、八神 小春と書かれている。2歳年上の、オレの姉だ。そこまでは問題無い。オレが頭を抱えているのは、その内容にある。


第1志望から第3志望まで『あっくんのお嫁さん』と書かれた紙。あっくんとは多分オレの事だろう。多分と言ったのは、人違いであって欲しいというオレの願望が盛大に含まれているからだ。だが、そう呼ばれている人物を他に知らない。だから、まだ確定ではないのである。


「ちなみに『あっくん』って言うのは、弟さんの事だと言っていたよ。君以外にいないよね?」

「・・・残念ですが、いないでしょうね。残念ですが・・・。」


はい、確定した〜。本当に残念な事に、姉さんにはオレ以外に兄弟はいない。


「2回言った・・・。」

「大事な事ですので。」


つい御厨先生の呟きに答えてしまった。あ、彼女はオレの担任で御厨 美冬(みくりや みふゆ)25歳独身、彼氏ナシ(らしい)。男子生徒の人気ナンバーワン教師だと、クラスメイトが言っていた。


「それで君には説明する必要も無いだろうけど、今日来て貰ったのは小春君の進路についてだ。」

「えぇ、理解しております。あのバカ姉には真面目な進路を書かせますので・・・。」

「あぁ、いや、『就職』なのか『進学か』だけ教えて貰えればいいよ?」

「お言葉ですが、3年生ともなれば流石に真剣に書く必要があると思うのですが?」

「それがねぇ・・・小春君は真剣なんだよ。」


「「は?」」


小林先生の言葉に、オレと御厨先生が揃って声を上げた。ちなみに小林先生に関する情報は持ち合わせていない。


「何度も確認しているから間違いないよ?お母さんとの面談でも確認は取ったし。」

「すみません、若輩の私が口を出すのもどうかと思うのですが・・・生徒が間違った方向に進んでいたら、正しい方向へと導くのも教職者の役目ではないでしょうか?」


オレの生意気な言葉に、教師2人は苦笑している。オレの心象が悪くなろうが、そこは譲れない。


「ははは。確かに正論だけど、間違ってはいないよね?そもそも、君たち兄弟に血縁関係は無いでしょ?」

「え!?」


小林先生の言葉に、御厨先生が驚きの声を上げた。


「小林先生のおっしゃる通りですが、今は姉弟です。そもそも私は16歳ですから、あと2年は結婚出来ません。その間、あのバカ姉はどうするつもりなんですか?何らかの進路を選ぶ必要があると思いますけど?」

「け、結婚するの!?」


御厨先生が勢い良く立ち上がりながら大声を上げた。盛大な勘違い、早とちりである。


「いえ、あくまで仮定の話です。まずはあのバカ姉を論破しなければ、この話は平行線を辿るはずです。・・・と言うか、どうして御厨先生がそこまで驚かれるのですか?」

「え!?それは、その・・・。」

「くっくっくっ。君達姉弟は揃って自覚無しか・・・。いや、それよりも、小春君をバカ呼ばわり出来るのは秋人君だけだろうね。」


御厨先生の考えている事も気になるが、それ以上に小林先生の言葉の意味がわからない。首を傾げていると、小林先生が説明してくれた。


「3年生の事を知らなくて当然かもしれないけど、小春君は入試からずっと学年1位の成績だよ?」

「それは知っています。ですが、それとバカ姉に何の関係が?」

「常に1番の成績を収めている人をバカ呼ばわり出来る生徒は、この学校でも多くはないだろう?侮辱を除いての話になるけど・・・。」

「はぁ・・・。」


小林先生が何を言いたいのか、残念ながら理解出来なかった。すると、御厨先生が説明を引き継ぐ。


「八神君・・・貴方が入学するまで、学校始まって以来の成績で入学した貴方のお姉さんをバカに出来る生徒はいなかったのよ。そのお姉さんを上回る成績で入学した貴方ならではの事、と小林先生はおっしゃっているの。」


流石は御厨先生。オレが理解し易いように説明してくれた。・・・何故か呆れながら。と言うか、そもそも仁入試の成績など聞かされていない。わかるはずないだろ?


「とりあえず状況は把握しました。帰ったら姉を叱っておきますので、私は失礼してもよろしいでしょうか?」

「いや、折角だから秋人君の事も聞いておきたい。」

「え?・・・今は進学を考えています。具体的な大学は、成績と相談しながら決めるつもりです。」

「あぁ、違う違う。私が聞きたいのは、秋人君と小春君の勉強法だよ。答えてくれたら帰って貰って構わないから。」


なるほど、ウチの家族の勉強法を参考にして、授業や指導に取り入れるつもりなのだろう。しかし、オレ達の勉強法が参考になるとは思えない。思えないのだが、隠す必要も無いので正直に答える事にした。


「姉の詳しい勉強法は知りませんが、わからない所があれば私が教える程度ですよ。私の勉強法は・・・教科書の他に参考書を最低3冊丸暗記ですね。」

「「は?」」


オレの言葉に、御厨先生と小林先生が目を丸くしている。大丈夫、オレが異常なのはクラスメイトに何度も指摘されている。


「参考書3冊って・・・まさか1教科じゃないわよね?」

「勿論1教科につき最低3冊ですけど?」

「「・・・・・」」

「あの・・・もう行っても構いませんか?」

「あ、あぁ・・・時間を取らせてすまなかったね。」

「では、失礼します。あ、御厨先生。それでは後ほど。」

「え?うん・・・またね・・・。」


心ここにあらずといった様子の教師2人を残し、秋人は進路指導室を後にした。残された2人は、秋人の足音が聞こえなくなると我に返って会話をし始める。


「小春君には驚かされていますが、弟の秋人君はそれ以上でしたね。御厨先生も大変でしょう?」

「え?そ、そうですね・・・。ですが、手が掛からないのは昔からですよ。」


御厨先生が苦笑混じりに答えると、小林先生は何かに思い当たったように会話を続ける。


「そう言えば、御厨先生と八神家はお隣さんでしたか?想い人と距離が近すぎるのも考えものですね。」

「そうなんですよ・・・って、えぇぇぇぇ!?」

「あはは。大丈夫ですよ、口外するつもりはありませんから。態々同僚に敵を作るような趣味も無いですしね。」


あまりにも自然な流れに、御厨先生は小林先生のカマかけに乗ってしまい全身を真っ赤にして慌てている。だが小林先生に悪意は無かったようで、口外しない事を宣言してくれた。


「それは、その・・・ありがとうございます。」

「いえいえ。ですが、彼を狙っている者は多いと聞きます。くれぐれも慎重に行動して下さいね?昔は教職者と生徒の恋愛はタブーだったと聞きますし・・・おっと、これは歴史の先生に言う必要も無いですね。さて、我々もさっさと仕事を終わらせて帰りましょうか?」

「は、はい!」


小林先生に先導され、御厨先生が後を追う。その表情は、良き理解者に恵まれた事と今後敵対する者達の事を考えた、複雑なものであった。




西暦2516年。近年の急速な発展により、人間達の生活が一変した時代の真っ只中。科学技術の進歩により、多くの変化をもたらした。その弊害として第1に、出生率の著しい低下が挙げられる。


具体的には結婚率の低下によるものだが、2000年頃から女性の人口比率が徐々に上がり始めた。これは平均寿命の男女比によるものだったが、同時に結婚率も低下するようになった。


これを危惧した世界各国の政府が実に様々な政策を執り行うも、目立った効果はあげられなかった。そうこうしている間に、世界の人口は半数にまで激減したのである。


ある研究チームによって、女性の社会的地位が高くなり過ぎた事が原因であるとの報告が挙げられたのだが、最早歯止めが効く状況でもなかった。そこで世界各国の政府は、2300年代後半に苦肉の策を採る。


それが一夫多妻制である。正確には一夫三妻制で、1人の男性に3人まで妻を娶る事を認める物であった。女性からの反対が出る可能性も考慮されたのだが、それは杞憂に終わる。この時代、結婚を選択する男性は非常に魅力的な者が多かったのだ。むしろそのような男性と結ばれるチャンスが増える事は、女性達にとっては大歓迎だったのである。


逆に結婚出来ない男性からは非難の声が上がったのだが、圧倒的に女性の立場が上となってしまった事で黙殺されてしまう。



しかしこれだけの政策で結婚・出生率が上がる程、事は単純ではなかった。そこで政府は、さらなる法整備を進める。それが、男性も16歳で結婚を認めるというものだった。それはどんな職業であっても例外では無い、との注釈が付く。これにより、人口の減少に歯止めが効く事となった。


つまり、『教師と生徒の禁断の愛』も、この時既に『ただの恋愛』と化していたのだ。しかし、結婚相手によっては授業に支障をきたす場合もある。当然嫉妬により、授業を妨害する生徒や教師も存在したのだ。小林先生は純粋にそれを心配したのである。



ここまでとは別に、特殊な婚姻を認めるケースも存在するのだが、こちらは一般には知られていない。このケースには、かなりのリスクが付き纏う。しかしそのリスクを犯しても、何とか結婚・・・跡継ぎを残そうという者達がいた。


それが『魔法使い』と呼ばれる者達である。圧倒的な力を持つ『魔法使い』の性質は、遺伝する確率が高かった。多数の『魔法使い』を有しておきたい国と、『魔法使い』を絶やしたくない一族の利害が一致した事で、秘密裏に近親相姦を認められるケースが存在していた。


当然、身体に障害を持って産まれる子が多い事から、こういう事例は少ない。



ともかく、そんな事とは無縁だと思い込んでいる秋人は現在、校門前で待つ友人達の元へと急いでいた。

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