機械奴隷の魔法使い

橘 霞月

第1話 夏休み前の騒動1

「え〜、それでは最後に大事な部分を説明して行きます。ここは次回のテストに出ますから、しっかりとノートを取るように!」


歴史の先生の言葉に、油断していた生徒達も慌てて筆記用具を準備する。この先生はテスト範囲を細かく教えてくれるので、生徒達から大人気だ。美人なので男子生徒には特に・・・。ちなみに、このクラスの担任でもある。


「授業の終わりまで一気に行きますが、長くなるからと言って油断してはいけませんよ?」


ーーゴクリ。


全員が息を飲む音が聞こえるようだった。当然だろう。まだ授業が終わるまでは時間がある。にも関わらず一気に説明すると宣言したのだ。余裕のある者などそう多くはない。


「まず、全世界で使用されている人工知能には『アリス』『アダム』『イヴ』の3つが挙げられます。初めに『アリス』が開発され、続いて『アダム』と『イヴ』が作られました。


何故3つなのかと言えば、人類が『アリス』に頼り切りとなり、それを危険視した科学者達が警鐘を鳴らした事が原因となります。万が一『アリス』に何かが起こった場合、人類に対処法が無いと言うのが主な理由ですね。」


世界に存在している3つの人口知能は、全人類にとって必要不可欠な存在となっている。有事の際のバックアップとして、そして人工知能同士の監視役として3つの人工知能が稼働しているのだった。


「この三つ巴システムにより、人工知能同士は競うように新たな技術をもたらしました。爆発的な技術の進歩、これを『第1次進化』と呼びます。これにより、人類はナノマシンの実用に至りました。


そしてナノマシンによる、特定人類の限定的な変化が起こり始めます。これが『第2次進化』です。皆さんの中にもいますね?特殊な能力を使える者の事です。


脳の微弱な電力を動力源に活動するナノマシンによって、一定の割合で脳の眠っていた機能が呼び起こされる事が原因・・・って、これはテストに出ないので忘れて下さ〜い。少し待ちますから、ここまでをしっかりノートにまとめるように!」


先生が説明を中断したので、オレが知っている知識を呼び起こす。



この世界では、脳内に入れられたナノマシンによって快適な生活が作られている。人間の5感に働きかけ、VRとARが融合したような環境を生み出してしまった。何の器具も無しに、視界には様々な情報が映し出され、意識する事で操作が可能となっている。


思考のみでの操作も可能ではあるが、実際に指などの肉体を使った方が正確な操作が可能である。肉体を動かす事で、脳内でのイメージが容易になる事が研究によって解明されているそうだ。


兎に角メールやチャット、通話にナビゲーション。画像が見えるだけでなく、音も聞く事が出来る。脳内で活動するナノマシンが、人口知能と通信する事によって可能となっている技術である。


当然、公衆の面前で通話などしようものなら、即変質者の仲間入りである。しかし、そこは人工知能の偉大な所。その人物の情報に『通話中』の表示をしてくれるのだ。


一応、通信デバイスも存在している。いくら表示が出ていようと、手ぶらでブツブツ話している事に抵抗を感じる者も多い。その対策として、一昔前の通信デバイスが人気なのである。


これらAR技術の他に、VR技術も導入されている。その主たる目的がゲームである。特に人気なのがVRMMOだ。実際の景色を使ったゲームの他に、完全な仮想空間を使用したゲームもある。後者は専用の施設に行き、周囲の迷惑とならない状況下でプレイする規則となっている。


まぁゲームの話は追々するとして、最後が『第2次進化』だ。ナノマシンが無くてはならない世界となり、政府は生後間もない赤ん坊にナノマシンの注入を義務付けた。戸籍管理の一貫として、無償で行われている政策である。


その副次作用とでも言うべきか、一定の割合で特殊な能力を有する者が出現している。過去には超能力やスキルと呼ばれた事もあったようだが、現在では魔法と呼ばれている。


その能力には個人差があり、種類や強弱は千差万別である。魔法使いは国によって管理され、有事の際には協力を仰がれる事もあるらしい。発現する環境や年齢も様々で、原因の特定には至っていないとの事であった。



ノートを取りながらここまでを思い出していると、先生が声を上げる。


「時間が無いのでそろそろ再開します。人類に必要不可欠なナノマシンですが、ある評論家が『まるで機械の奴隷ではないか』と言った事から、『SLAVE UNIT』と名付けられました。機密情報を扱う施設では、情報漏洩等の観点から活動を制限しているのは皆さんも知ってますね?」


全員が無言で頷く。そう、実はオレ達が通う高校でも『SLAVE UNIT』の活動は制限されているのだ。これはカンニング防止の意味合いが強い。あとは、授業中のメール等を防止する目的である。


過去には授業中、動画サイトに没頭する生徒までいたと聞く。全くいい迷惑である。そう思っているオレが、大きな事を言える立場に無いのは何処かに置いておこう。


お陰で、現代では古典的とも言えるノートが必要となるのだ。まぁ、ナノマシンの記憶領域は大きくないので、授業内容の記録など到底不可能なのだが・・・。


「以上が今学期最後の授業となりますが、質問はありますか?」

「はい!」


先生の言葉に、1人の女生徒が手を挙げた。学年2位の水川 玲奈。容姿端麗、成績優秀な学級委員長である。オマケに大会社の社長令嬢だと言うから、最早文句のつけようが無い。校内でも3本の指に入る程の人気物件だ。当然狙っている男は多い。


オレ?残念ながら、火中の栗を拾う趣味は無い。と言うか、オレは既に火中へと立たされている。これ以上の延焼はゴメンだ。その理由は、授業が終わればわかる事だろう。それより今は、水川さんである。どんな質問をするのか、そっちの方に興味がある。


「水川さん、どうぞ。」

「3つの人口知能は、どこに設置されているのでしょうか?」

「・・・中々いい質問ですね。それぞれの人工知能には、メインシステムとサブシステムがあります。サブシステムに関しては、各国の何処かにバラバラに配置されているそうです。詳しい場所は機密扱いですから、私にもわかりません。メインシステムについては・・・」

「先生?」


言い淀んだ先生に対し、水川さんが怪訝そうな表情で尋ねる。


「実は、詳しい事は不明です。ですが、奇妙な噂があるのも事実。いいですか?これはあくまで噂です。テストにも出ませんから、聞き流して構いません。


・・・メインシステムはそれぞれの人工知能によって、開発当初の場所から移設されたらしいのです。」


「は?」


は?水川さんと同様に、内心でオレも呟く。肉体を持たない人工知能が、どうやって特大サイズのスーパーコンピューターを移設したと言うのだろうか。


「機械に明るくない私に聞かれても、詳しい説明は出来ません。ですが・・・ある大学の教授が言うには、様々なロボットを遠隔操作して、新たな母体を建造してからデータだけ引っ越したのではないか、というのが研究者達の共通見解との事です。」


「先生、それって・・・」


ーーキーン、コーン、カーン、コーン


水川さんの次の質問は、授業の終わりを告げるチャイムによって遮られる。クラスのほとんどが開放感から騒ぎ出すが、先生が大声で窘める。


「静かに!明日から夏休みですが、調子に乗って怪我や事故に遭わないように!!」


この学校の残念な所は、始業式や終業式の後も授業がある事だろう。進学に注力しているとしても、最終日くらいはさっさと帰らせて欲しいものだ。


そんな事を考えていると、先生のありがたいお言葉も終わったらしく、クラスメイトが次々と教室を出て行く。オレも荷物をまとめて帰り支度をし始めると、いつの間にか目の前に先生が立っていた。


「八神君、ちょっと付き合って貰えるかしら?」

「先生!生徒に手を出すのは、教職者としてどうかと思います!!」

「ちょ、水川さん!?誤解を招くような発言はやめてちょうだい!私は職員室で話がしたいだけよ!!」

「本当ですか?・・・少しも考えませんか?全く期待もしませんか!?想像すらも??」

「そ、それは・・・」


横から口を挟んで来た水川さんによって、御厨先生がタジタジとなっている。このまま見ているのも面白そうだが、オレにもさっさと帰りたい事情がある。


「ごめんね、水川さん。御厨先生、出来れば早めに帰宅したいのですが・・・。」

「え?あ、あぁ、そうね!じゃあ八神君・・・『2人で一緒に』職員室に行きましょう!!」

「八神君・・・そんなぁ。」


水川さんが何か言いたそうにしていたが、今回はこちらの事情を優先させて貰う事にした。さっさと教室を出て、先生と並んで職員室を目指す。


先生に連れられて職員室に入ったのだが、肝心の先生がキョロキョロし始めた。やがて1人の男性教師と視線を合わせると、オレを連れて職員室から進路指導室へと移動する。


確かあの先生は、小林先生だったかな?3年生のクラスを担当して・・・今後の展開が読めてきた。オレに関する話だと思っていたが、どうやらオレの事ではないようだ。これは嫌な予感がする。出来る事なら関わりたくない。


どうにか逃げようと思ったのだが、御厨先生が着席を促した。どうやら手遅れだったらしい。観念して勧められた椅子に座り、今回の件について探りを入れてみる。


「ひょっとして、姉の事で呼ばれました?」

「う〜ん、まぁ、そうかなぁ・・・。」


ーーコンコン


「どうぞ。小林先生、お待ちしてました。」

「御厨先生、すみませんね。八神君も、態々すまない。ここ、失礼するよ?」


40代半ばだろうか?あまり特徴があるとは言えない、眼鏡の教師。小林先生がオレと御厨先生に詫ながら正面に座る。御厨先生がその隣に座るのを待って、小林先生が切り出した。


「八神君・・・秋人君に来て貰ったのは君のお姉さん、小春君の進路について相談したい事があったからだ。」

「まぁ、何となく姉さんの事だと思いましたが・・・進路、ですか?」

「私は小春君が入学してからずっと、彼女のクラスを受け持って来たんだけど・・・彼女には1つだけ問題があってね。これを見てくれないか?」


姉の担任に、姉の進路を相談される弟など聞いた事がない。一体ウチの姉は何をしたのかと思いながらも、小林先生が机に並べた紙を見る。


「姉さんの進路調査表?え〜と第1志望、あっくんのお嫁さん!?第2志望、あっくんのお嫁さん・・・第3志望・・・小林先生、コレは何の冗談ですか?」

「今君が見たのは最新の物だね。ちなみに年2回提出して貰っているんだけど、横に並んでいるのが1年生と2年生の時の物だ。ここまで1度もブレてない。見事なものだ。あはははは。」



オレが隠し通したかった家庭の事情も、どうやら教師陣には筒抜けだったようだ。帰ったら姉さんにお仕置きしよう。オレは固く心に誓いながら、どうやってこの場を切り抜けるのか真剣に考える事となった。

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