第五章 人間と妖怪
それは突然だった
「言おうか言わまいか迷っていたのじゃが、これを機に言っておこうかと思う。ツクモノよ、お主の前世は火事に巻き込まれて死んだ」
帰り際に天狐さんはそんな事をおっしゃってました。後々調べた事なんですが、彼女の持つ神通力と言うものには、他人の前世を見透かすものもあったみたいです。故に天狐さんの発言の信ぴょう性は、ほぼ確実なものでした。
その時、私は初めて自分の過去について知りたいと思いました。心紡ぎの宿で、私は自分の過去に縛られないように生きようと思っていたのですが、いざ自身の人間だった時の死因を聞かされると、どんな人間だったのか気になってしまったのです。
多分私が市松人形に取り憑いた霊だと知った直後から、天狐さんはこうなる事を見透かしていたのでしょう。だからこうしてあの時、彼女は去り際にそのような事を言い残したんだと思います。
それからと言うもの、私はインターネットで私の生前について調べてみようと試みました。とは言え、私は今も自分が生きている者と捉えていますから、生前と言う言葉には多少ばかり違和感を覚えていましたけどね。轆轤首さんには悪いですけど、その呼び方はあまり好きではありません。
しかしいざ調べ始めると、ある問題に直面しました。それは何処で、いつの火災事故で死んだのか、と言う事です。一応天狐さんは十代の女性だったとおっしゃってましたが、何せ情報が少な過ぎるーー。これでは調べようにも調べられません。
轆轤首さんも「職場でもちょっと聞いてみる」とおっしゃってくれましたが、結局それらしい情報は見つからず、立ち往生でした。
こうして日にちは一日、二日と過ぎていき、ついに一週間程の日数が経過した今日、そんな迷走した流れを一気に断ち切るぐらいの出来事が、突如として訪れます。
それは轆轤首さんが仕事から帰って来て、しばらく経った午後七時半頃。滅多に鳴らない家のチャイムが鳴って、気怠そうに轆轤首さんが玄関へと向かったすぐ後の事でした。
「ア、アンタは!?」
いつものようにパソコンをいじっていると、玄関の方から轆轤首さんの叫び声が聴こえてきたのです。何事かと思い、すぐさま私も玄関の方へと向かいました。
もし強盗などが押し寄せて来たのであれば、当然私なんて何の役にも立ちはしません。なのでそっと壁の端から覗き込むようにして、玄関で何が起こっているのかを確認します。するとどうでしょう、そこには棒立ちしている轆轤首の背と、見覚えのある顔をした方の姿が見えているではありませんか。
「お爺さん!」
長い頭に黒みがかった紺色の着物を着たその姿。正しくあの時私とお話ししたお爺さんが、今目の前で皺をいっぱいにして笑顔を作っています。
「久しぶりだね、ツクモノちゃん」
お爺さんはこちらに視線を保ったまま少し頷くと、聞き覚えのある声でそう言いました。
もう一度お爺さんと会ってお礼がしたいとは思っていましたが、まさか向こうからこうしてその機会を作ってもらえるとは、私としても歓喜のあまり飛び跳ねてしまいそうになりますよ。
しかし轆轤首さんの方はと言うと、せっかくお知り合いが来たと言うのにまだ小刻みに震えながら立ち尽くしています。一体どうしたんだろう。彼女の行動に疑問を抱いていると、お爺さんは彼女の肩に手を置いて言いました。
「奥でゆっくりとお話しをさせてもらえると助かるな」
轆轤首さんは何も言わず、静かに頷きました。
いつもの白いテーブルが置かれている部屋へ場所を移すと、お爺さんが床に腰を下ろした途端に、轆轤首さんは「少し待ってろ」と言って台所の方へと向かいました。珍しいお客さんだからか、彼女もお茶を入れてくるみたいです。
「お気遣いなく」壁で姿が見えないからか、お爺さんは轆轤首さんに聞こえるように声を張りました。
「あの、お爺さん……」
「なんだい? ツクモノちゃん」
ずっと感謝の言葉を言えないまま、しばらくの時が経ってしまいました。それは妖怪としての生涯の日数としては、大した事のない日数かも知れません。ですが私からすればその大した事ない日数でも、間が空いてしまった事に変わりはまりませんでした。なのでこうしてお爺さんと出会い、お礼が言える日を、どれ程待ち望んでいた事か。
早速私はお爺さんに、溜まりに溜まった感謝の念を、出来るだけ簡潔に、尚且つ感情を込めて伝えました。
「あの時は、どうもありがとうございました。おかげ様で轆轤首さんとの仲も、こうしてしっかりと保ったまま過ごせています」
するとお爺さんは、私の感謝の言葉を一言一句頷きながら聞き届けます。そして今度は首を横に振りました。
「いいや、それはワタシのおかげではないよ」
「で、でも……」
「ワタシは単に君の気持ちを後押ししただけさ。全ては君の選んだ道、ワタシの影響力なんて所詮、大した事はない」
何処までも謙虚なお方です。彼の心意気に、私は心を打たれました。多分この人はこの言葉を言い慣れている、だからこそ言葉の意味を誰よりも知っているんだ。そんな曖昧な想像でも、お爺さんの発言にはそれを確信させる程の、十分な重さが込められていました。
「ほら、最近買った茶葉だから上手いと思うぜ」
「すまないね」
「気にすんな」
お盆の上に湯気の立つ湯呑みを乗せた轆轤首さんは、その湯呑みをお爺さんの前に置いて、私の隣に腰を下ろしました。いつもの彼女の表情と言ったら、何処か強気で自信に満ちているものですが、今日は普段よりも落ち着いている様子です。それはまるで心紡ぎの宿の、私へ昔話をした時の顔に酷似していました。
「……前にもこの家に来てたらしいな」
「ああ。その時は勝手にお茶をいただいたよ」
「アタシの大福も、だろ。全く、そん時も言ってくれりゃあ仕事も休んだのに」
「それはいけない。労働の対価を払ってもらっている人間に、君も迷惑は掛けられないだろう」
「ごもっともだな」
しばらく沈黙が続きました。誰も、何も切り出さない時間。別に空気としては重苦しくはないけども、何処か口を開いては負けみたいな、あの雰囲気が部屋を満たしていました。
いい加減誰か喋ったらいいのにーー。なんて事を思っていると、私はまたもその表情を表に出してしまっていたようです。
「君は相変わらず自分を偽る事が苦手なようだね、ツクモノちゃん」
「はっ、ごめんなさい。私ったらつい……」
「気にする事はないさ。ワタシも大方同じ事を考えていたよ」
少し表情を崩して、お爺さんはまた微笑みかけてきました。それに対し轆轤首さんも、呆れたような口ぶりで言います。
「ふん、結局口を開かないアタシが悪いみたいじゃねぇかよ。なら単刀直入に言わせてもらうぜ……」
前々から思ってましたが轆轤首さんって、やっぱり野鎌さんと口調が似ていますよね。単刀直入って切り出し方も、口調が似通っているからか同じように聞こえてきましたし。
ただ、決定的に違うのは彼女が、性格的にキザに成りきれていないところでしょうか。その点で言えば轆轤首さんも、荒々しい話し方をなんとかすれば、もっと印象が変わってくるのかも知れませんね。ーーって今はそんな話、どうでもいいです。
「ーー今日は一体何の用件なんだ、ぬらりひょん」
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